強奪者
(月黒←高)
フワリと。同年代にしては小柄な体を、胸に抱き締めた。
「高尾、くん…?」
見上げてくる空色の瞳と、ベビーブルーの髪から覗く耳を手で塞ぐ。余った耳は、強く胸に押し付けて、心音しか聞こえないようにした。そうして黒子の視覚と聴覚を奪って、高尾は底意地の悪い笑みで、正面に立つ人間―――伊月を見つめた。伊月は穢らわしいものを見ているように、その端正な顔を嫌悪で歪めた。
「黒子を離せ」
「嫌ですね」
笑って高尾が言えば、伊月は更に眉間の皺を深くする。高尾に対する不快感は露にしても、激昂しないまでの冷静さはあるようだ。腕を組み、呟くように毒を吐き捨てる。
「道化が」
自覚していることなので、笑みを深くするだけで、高尾は何も言い返さなかった。
「黒子を離せ」
もう一度発せられた命令に、高尾は応えず、状況が理解出来ずにいる黒子の肩に顎をのせた。黒子が、不安そうに名を呼ぶ。
「…あんたに、黒子の何が解るっていうんすか」
伊月の柳眉が、僅に動いた。黒子の肩から顎を離して、高尾は彼を睨み付けた。口元に浮かんでいた笑みは、消えていた。
「…どういう意味だ」
「そのまんまッス」
黒子のか細い声が、彼の名を紡ぐ。
嗚呼、その名を呼ばないで。そんな奴の名前なんか。
「黒子が悩んでいるとき、何も解らなかったくせに」
黒子を抱き締める腕に、力がこもる。
「その時、黒子の傍にすらいなかったお前に、言われる筋合いは、ない」
「あるね。俺が傍にいれば、黒子の悩みはすぐ解った」
あんたの眸より、性能良いから。そう呟いて細く笑めば、伊月は苦々しく舌打ちをする。優越感が、高尾の心に広がった。
「そうでしょ?伊月サン。俺なら、黒子を見失ったりしない。黒子を、独りなんかしない」
そう言って見つめる高尾の瞳は真剣なもので。返す言葉も無くて、伊月は口をつぐんだ。
「…伊月、先輩…?」
不安で揺れる黒子の声。それが紡ぐ名前は、高尾が望んだものではない。聞こえない振りをして、悔しさで顔を歪める伊月を嘲笑った。
「…ね?だから、」
黒子を俺に下さいよ。
伊月は答えない。許可も拒否もしない。彼は賢い。己の力量を解っている。解った上で、黒子の幸せと、大切なものを奪われる悔しさを、天秤にかけている。相手のことを考え過ぎるから、強引になれない。ある意味、一番幸せで、一番愚かな組合せだ。こちらにとっては、都合良いが。
にんまりと、口元に弧を描いて、高尾は全てを見通す眸に伊月を映した。
「―――さぁ、どうします?」
2011.02.19