手を繋ごう
(日黒)



「帰るか」

部活終了後、時計の針音と、鉛筆の走る音と、ページを捲る音だけの部室に、その声はやけに大きく響いた。僕は読んでいた文庫本を閉じて、はい、と答えた。彼は先に鞄を肩から下げて、部室の扉を出て行った。










手を繋ごう









主将と、所謂恋人同士になって、一月程。部長の仕事で最後まで残る彼を、二人きりの部室で待つのが、習慣になっていた。日誌を書き終えると、彼は一言発して、ボクを待たずに部室を出て行く。僕は本を鞄にしまって、日誌を提出しに行った彼を、靴箱で待つ。早歩きで戻ってきた主将は、僕に何と無く目配せして。僕も何と無くそれを受け取って、二人並んで、歩き出す。

藍色に染まった夜空は暗くて。人気の少ないこの道は、星と蛍光灯によって照らされている。僕はちらりと隣を歩く主将の横顔を見上げた。大きく欠伸をして、ガシガシと頭をかく。ふい、と脇に筋肉のついた腕が垂らされる。僕はわざと歩幅を縮めて、彼の半歩後ろを歩いた。

足を進める度、前後に揺れる手。自分のそれより大きい手。ゆっくりと手を伸ばす。揺れているから、捕らえにくい。ぎゅっ、と手を握る。掴んだのは、空気。予行演習だ、と何回目か分からない言い訳を、心の中で呟いた。掴んだ空気は冷たくて、僕は気恥ずかしさを誤魔化しながら、グーパーと手を開いたり閉じたりした。

彼と、手を繋いだことはない。同性同士だから、人前ではダメだ。お互い相手の世間体や自分の臆病を気にしてしまうから。けど、人気の無いところなら。なんて思っているのは、自分だけなんだろうか。互いに想いを伝え合っても、触れるか触れないかの距離でボクらは歩く。この15センチメートル程の距離は、中々埋まらない。

一際冷たい風が、ボクらに氷のように突き刺さる。僕がマフラーに口元を埋めると、彼は白い息を吐いて、寒、と小さく呟いていた。その言葉に同意を返して、空気を掴んでいた手の指先に息を吐きかけた。じんわりと暖まった指は、すぐに風によって冷やされてしまう。

「冷えてる?」

彼の声がやけに近くで聞こえた。ふわり、と冷たい指先に彼の、マメだらけで固くなった掌が覆い被さった。冷たいな、なんて言って、そのまま前を見て歩いて行く。手を引かれているから、僕も歩幅を大きくして、彼の後を追った。はぁっ、と吐いた息は湯気みたいに冷たい空気の中へ溶けて消える。

寒いから主将の耳は赤いんですね、なんて。言ったら、貴方は怒るだろうか。お前も赤い、なんて返されるかもしれない。

溢れる笑みをマフラーの下に隠して、僕は熱くなる指先に力を込めた。この0センチメートルの距離を、離さないように。





2011.01.26
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