「みどり」
お題「みどり」
※登場する花は千陰の独断で決めています。

「デートへ行こうか」
卒業試験、入所試験、人によっては入学試験と、三年生になってますます忙しさを増す日々。連休など存在しなくて、用意された僅かばかりの休日も、酷使した身体を休めろという意味合いが大きい。
そんな折、どちらからともなく言いだした先の提案。クラスでわいわい騒ぐのも良いけれど、たまには。
メッセージアプリに届いた遊びの誘いに断りの文句を打ちこんで、尾白は通知を切った。
「さあ、どこへ行こうか」
インターネットで『デート おすすめ』と検索して見つけたのは、季節の花が有名なとある場所。見つけ方も見つけた行き先も、少しこそばゆい。尾白がそう言うと、心操も自覚があったのか少し目を逸らされた。
思い立ったが吉日とばかり家を飛び出し、電車に揺られること一時間弱。
「……」
「……こうなるか」
思わず、苦笑がこぼれた。
時候は初夏。今年は暑い日が続いていて、初夏だというのに本日の気温は真夏日に近い。例年なら見ごろの花も、盛りが終わっていた。目の前に広がるのは清々しいほどの緑。写真で見た金色はどこにもない。
しかし近くに走り回れる広場があり、フリスビーを楽しむ学生グループやピクニック気分の家族連れが多く、全く人気がないわけではない。心操の視線の少し先には、地べたに座りこんで揺れる草とその先についた白い花をマジマジ見つめる少女の姿があった。ぽん、と彼女が合わせた手を開くと、金色の花が零れ落ちる。
「……」
「ちゃんと調べて来れば良かったな」
心操が広場から視線を隣へ戻すと、尾白は既に花の落ちた木を見上げて腰に手を当てていた。心操も木を見やる。瑞々しい緑に、少し目が眩んだ。
「……フリスビーでも、持って来れば良かったな」
「心操がフリスビー?」
少し驚いたように尾白は目を瞬かせた。
「俺だってアクティブな遊びはやるよ」
「ちょっと意外」
「アンタにフリスビー投げて取ってきてもらう」
「俺は犬じゃない!」
心操の口元が柔らかく綻んだ。それを見つけた尾白も目元を緩め、くしゃりと笑った。
「きゃー!!」
喉かな風景を斬り裂いたのは、その悲鳴がきっかけだった。条件反射で悲鳴の聴こえてきた方向――広場を見やり、二人は目を見開いた。
一言で表すなれば、それは巨人。高さは一戸建ての家ほどだろうか。太い腕とずんぐりした体型のそれは、草花の茎や葉でできているようだ。所々に赤や白の花が咲いていて、可愛らしさも見せる。首は見当たらず、頭頂から角のようなものが伸びている。一見するとファンシーなマスコットといった風体だが、それも周囲へ危害を加えなければの話だ。
人一人握りつぶせそうなほど大きな手を腕ごと振り回し、緑の巨人は広場にいた人たちを追い回している。人々は突然のことに驚きつつも、慌てて逃げ出していた。
「ヴィランか?!」
「分からねぇ!」
広場から逃げ出す人波に逆らって、二人は駆けだした。逃げ出した大人の一人が、まだ年端もいかない二人へ向けて、危険だと叫ぶ。二人は少し足を止め、常に携帯しているパスケースをとりだした。
「大丈夫です、俺ら、ヒーロー志望ですから」
「仮免もある」
驚く大人に小さく会釈し、尾白たちは広場へ急いだ。
緑の巨人は地面を削るように腕を振り回し、時折グルリと身体ごと回転している。逃げ回る人々を直撃している様子はないが、いつ怪我人がでても可笑しくはない。
「スピーカーは?」
「一応」
心操はポケットから取り出したチョーカーを首に巻く。それは発目特製、小型スピーカーが内蔵されたチョーカー。ヒーロースーツを持ち歩いていないもしもの時の護身用にと、心操が作製を依頼したものだ。
尾白は肩にかけていた鞄を投げ捨て、羽織っていた上着を脱いだ。ティーシャツ一枚になったことで、多少動きやすくなる。パスケースのカニカンをベルトに引っかけ、準備完了だ。
「仮免ヒーローです。俺たちに任せて、広場の外へ逃げてください」
個性を使わず、心操が戸惑う人々に届くよう声を張り上げる。スピーカーの効果も手伝って、それに気づいた人々は多少足を縺れさせながらも走りだした。避難誘導を彼に任せた尾白は、緑の巨人へ向かう。その途中、殆どぶつかるようにして女性に引き止められた。
「大丈夫ですか?」
「……いないんです、私の娘が……! みどりの……!」
顔を青くした女性は、足の力が抜けたようで座りこんでしまう。言葉すらでてこなくなったようで、身体が小刻みに震えている。尾白は慌てて彼女を抱き上げ、心操のもとまで後退した。
「先に逃げたのかもしれないし、逃げ遅れているのかもしれない。広場は俺が探します」
地面に下ろした女性と目線を合わせ、安心させるように尾白は自身の胸に拳を当てた。ボロボロと泣き出していた女性は、懇願するように深く頷く。尾白が立ちあがると、心操は少し距離を詰めて耳元で囁いた。
「プロヒーローに通報はした。十五分後には到着するそうだ」
「分かった。それまで何とか足止めするよ」
尾白はニッと笑い、緑の巨人へ向けて駆けだした。尾を利用して跳躍し、緑の巨人の頭上をとる。丸い頭に飛び乗ると、緑の巨人はピクリと動きを止めた。尾白は尾を撓らせ、後頭部を力強く叩いた。パラ、と枝葉が散り、巨人の頭が削れる。
「中は空洞か……」
ずずず、と周囲の草が伸び、空いた穴を塞いでいく。自己修復能力はあるようだが、スピードが遅い。この速さならば、自己修復も追いつかないうちに破壊できそうだ。
尾白はググ、と尾の毛束をまとめるよう意識し、バク転するように飛び上がった。尾と身体を撓らせ、斬り裂くイメージで尾を叩きつける。巨人の手はボトリと落ち、背中に大きな切れ目が入った。
「よし! ――!?」
着地し、巨人の方を見やった尾白は目を見開く。そんな彼の目の前で、ずずず、と斬り裂かれた手や背中を修復するために草が伸びていった。
「避難は終わったぞ」
「……心操」
駆け寄った心操は、固い表情の尾白を見て眉を顰める。
「……女の子だ」
「は?」
「巨人の中に、女の子がいた」
「!」
ぽっかりとした空洞の中、身を抱きしめるように縮こまる幼い少女。萌黄色の髪には個性由来なのか、ポツポツと小さな花が咲いていた。水分をたっぷり含んだ翡翠の瞳と目があった瞬間、尾白の背筋に緊張が走った。
「捕まっているのか?」
「いや、髪の毛が巨人と繋がっていた。あの子の個性なのかも。茨みたいな」
「暴走か」
厄介だと心操は舌を打つ。無理矢理巨人を倒してしまえば、少女に何の影響があるか分からない。
「けどやるしかないだろ」
尾白はニヤリと笑う。心操も小さく笑った。どちらからともなく差し出した拳を合わせ、二人は同時に動き出した。
二人の足音を聞き、巨人は威嚇する様に身体を震わせ、音にすらならない咆哮を上げる。びりびりと肌を刺激する感覚に耐え、心操は真っ直ぐ巨人へ向かった。巨人の手や身体から蔓が伸び、心操を叩こうと動く。びしっ――尾白は尾や身体を撓らせ、蔓を一本ずつ叩き落とす。心操は怯まずに進む。辺りを飛び回りながら、尾白が巨人の腹を尾で引き裂く。心操は躊躇わず、開いた空間へ飛び込んだ。
「!」
「いって……」
受け身は取ったが、背中から着地してしまった。己もまだまだだと独り言ちながら起き上がると、隣に座りこんでいた少女がビクリと肩を飛び上がらせる。狭い空間でしゃがみ、心操はできるだけにこやかな笑みを――それでも若干引き攣っていた――浮かべた。
「もう大丈夫――救けにきた」
歩み寄ろうとするが、少女はズリズリと後退る。受け身以外に、笑顔の練習も必要かもしれない。
「……プリティガールズ」
「!」
「好きなんだろ」
少女はコクコクと首を振った。心操は小さく口元を緩めた。
「何だっけ、この前登場した緑色の……」
「プリティテール!」
漸く答えてくれた。ピタリと少女の動きが止まる。心操はホッと息を吐いた。
巨人の形に、心操は既視感があった。日曜日の朝に放映されている、幼女向けのアニメ番組に登場するマスコットキャラクターだ。目覚まし代わりに取敢えずテレビをつける習慣がある尾白に、少しは感謝するべきか。
「ゆっくりで良い。草花と髪を切り離すんだ」
個性が暴走状態にある子どもに説明しても、コントロールは難しい。心操の『洗脳』で少々無理矢理にでもこちらが動かしてしまう方が早いのだ。
ぶちぶち、と髪の毛に繋がった蔓が切れていく。やがて全ての蔓が少女から離れたところで、ガクンと辺りが揺れた。宿主が切り離されたことで、巨人の活動が停止したのだろう。ベッドから落ちた時のような軽い浮遊感が起こり、心操の身体はゴロリと転んだ。少女の身体も飛び上がり、心操の上に乗る。その衝撃で、少女にかけていた心操の個性が解けた。
状況に頭が追いつかず、目を瞬かせる少女の頬に、一筋の光が射した。ハッとしてそちらを見やる少女と共に、心操も顔を上げる。
卵の殻が割れるとき、内部から見るとこんな感じなのだろうか。または、幼い葉が土を突き破るよう。草で覆われた壁が、ざっくりと割り開かれた。
「――助けにきた」
白い光を背負い、金の輝きを帯びた髪と尾を揺らした尾白が、外界の入口から顔を覗かせる。明順応のせいで目を眇めた心操の腕を掴み、少女は目を丸くしていた。
「……プリティテール……」
伸ばされた尾白の手に持ち上げられた少女は、小さい声で呟く。それは少女を尾白へ渡そうとしていた心操にしか聞こえないほど、小さなものだった。

母親は少女を抱きしめ、号泣した。母の温もりに触れた少女も緊張が解けたのか、わんわんと泣き出し、収集が付かなくなる始末。仕方なくあとのことを駆けつけたプロヒーローや警察に任せ、尾白たちは現場を離れた。詳しい事情聴取は、後日になったのだ。
「……げ」
「うわあ……」
人気のない林までやってきて、漸く一息吐いた二人は、携帯をとりだして顔を顰めた。小さな騒ぎだったがニュースにでもなったのだろう。どこから聞きつけたのか、クラスメイトや先輩たちから、安否を訊ねる着信とメッセージが鬼のように画面を埋めていた。
心操はうんざりとして、携帯をポケットへしまう。心配かけては申し訳ないと、尾白は軽くメッセージへ目を通して無事収集がついたことを伝えていた。
「……どうせ帰ったら事情聴取されるだろ」
「でも、それまで心配かけていたら悪いだろ……え」
苦笑しつつ指を動かしていた尾白は、ピタリと動きを止める。どうかしたのかと心操は、彼の携帯画面を覗きこんだ。
メッセージは帯電個性のA組生からだった。動画サイトから引っ張ってきた動画と、舌をだしたイラッとさせる表情のキャラクタースタンプ。携帯を持つ尾白の手が、小さく震えていた。
動画は素人が携帯で撮影したのだろう、画質もそこそこ、手ぶれが酷い。青々とした芝生と新緑を生い茂らせた木々を背景に、白い影が動いている。カメラがズームアップし、白い影の詳細を捕える。陽光に照らされて金を帯びる髪と毛先――全体的に白を纏った尾白だ。緑を背景に――迫り来る蔦を避けるため――地面を蹴って腹を反らすように一回転。
緑と白のコントラスト、そして金の差し色が絵画のように調和していた。
「……成程、これが動画サイトに出回って、ニュースになったわけか」
「……っいつの間に!」
カッと尾白の頬に朱が指し、彼は携帯を潰さんばかりに握りしめる。有名税とはよく言うが、仮免ヒーローに対してはグレーゾーンか。
「まあ、雄英が何とかしてくれるだろ」
「だと良いけど……」
尾白は大きく息を吐いて肩を落とした。そんな彼の力なく垂れる尾を掴み、心操は絡まっていた葉を取りながら毛を指で掬う。赤い頬へ手を当てて冷ましていた尾白は、チラリと心操を見やった。
「……何、心操」
「いや……さっきの動画のアンタ、ポスターにしたいくらい俺の好み」
「……え、急にどうした?」
小さな擦り傷のできた心操の頬を撫で、尾白は疲れたのかと首を傾ぐ。「……そうかも」尾の毛先に顎を埋め、心操は尾白の肩へ額をつけた。
「……」
よしよし、と尾白は心操の背に腕を回して、あやすように撫でる。さすがに恥ずかしくなって、心操は口をへの字に曲げた。
「……アンタ、意外と緑が似合うな」
「そう?」
「爽やかくんだし……さすが夏男」
「なんだよそれ」
カラカラと笑って、尾白は空を仰いだ。日はまだ空に昇っており、青も澄んだままだ。
「やろっか」
「なにを?」
「デートのやり直し」
は、と心操は驚いて尾白から身体を離す。尾白はするりと心操の腕から逃げて、ニヤリと笑った。彼の背後で、ふわりと風に吹かれた木々が揺れる。やはり、尾白に緑は似合う。それに先に気づいたのが名も知らぬ一般人だという事実が、少し悔しい。
心操の隣に立ち、尾白はそっと彼の顔を覗きこみながら手を伸ばした。向かう先は、心操の手。
同意しようと乾いた口を開いたところで、ヴヴ、と心操の携帯が震えた。きゅっと口を引き結んで携帯をとりだす心操を見て、尾白はクスクスと笑った。
「先に連絡入れておいて良かっただろ?」
するりと絡まった指が熱くて、それが頬にまで駆け上るよう。心操は肩と共に息を落とした。
「あー……無事だったってメッセージ返しとく」
「その方が良いよ」
これ以上、デートの邪魔をされないように。そうだな、と返し心操はふと顔を上げる。
目当ての花は既に姿を消し、辺りは新緑一色。しかしその中で飛び跳ねる白と金は美しく、赤が滲んだ今でもそれは変わらない。隣に立つ彼に、緑が似合うことが知れたのは良かった。
ちょっとした満足感に口元を緩め、心操は絡めた指を強く握りしめた。
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