好きの気持ち
・15話のヒロゼロ公開告白を受けてのイクノのメイン回妄想。
・2119と3219風味。

「大好きだ! ダーリン!」
通信機が繋がっていることも忘れ、心の底から叫び、湧きあがる力のまま叫竜を一掃する赤い背中。思わず顔を上げ、走り抜けるその姿に見入った。
周囲の存在も忘れ、互いだけを見つめる視線。
あんな風に傍目も気にせず叫べるほどの感情は、なんだろう。自分が持つ、イチゴへの感情は? 彼らが叫ぶ「好き」なのだろうか? それとも、憧れから生まれたただの好意なのか?
「分からない……」
「どうかしたの?」
背後に座るフトシが声をかけてくる。何でもないと言葉にする代わり首を振って、私は顔を俯かせた。
あのとき二人を見て抱いた感情の名前を、私は知らない。



ハッチに戻ったクロロフィッツから降りた途端、軽く眩暈がした。いつもより力が入っていたから、疲れがでたようだ。足がもつれ、身体が傾く。たたらを踏んだ私の身体を、フトシが支えてくれた。
「ありがとう」
「いや……」
少し上にあるフトシの顔を見上げ、礼を言う。フトシは少し微妙な顔をして頷いた。その反応が少し気になったが、早く操縦服を脱ぎたくて私はさっさとロッカールームへと向かった。
一人残ったフトシが、私の肩を掴んだ自分の手をじっと見つめ、何かを考え込んでいたことなど知らずに。

「安定してきたね」
ロッカーを閉じると、隣から声をかけられた。イチゴが、嬉しそうに微笑んでこちらを見ている。それだけで胸がトクンと鳴った。
「パートナーシャッフルして、案外正解だったのかもね」
「……そうだね」
イチゴの顔が見られない。しかし彼女はそんなことなど気づかず、私の顔を覗きこむようにして隣を歩く。
「フトシはピスティルの力をコントロールするの、上手だよね」
「……そうかもしれない」
確かに、フトシとのコネクトはミツルのときよりも容易だ。それに戦闘時の指示も的確で、私の暴走をセーブしてくれる。それはココロにも通じることで、フトシとココロはだからこそ、安定してフランクスを起動できていたのだろう。私とミツルは、二人して熱くなりがちだった。きっと初めからフトシと私、ミツルとココロの組み合せであれば良かったのだ。
「……もっと早くこうしていれば、良かった。フトシにも、嫌な思いさせたかな」
口元が自然と弧を描いた。隣を歩くイチゴが足を止める。私も足を止めて、少し後方になった彼女を振り返った。
「イチゴ?」
「……私、パートナーシャッフルは正解だったと思ってる。ミツルだけでなく、イクノのためにもなったと思う。でも……」
イチゴが言葉に詰まる。私は思わず手を伸ばして、彼女の頬に指先で触れていた。
「ありがとう、イチゴ。あなたが私のことを思ってくれていることは、分かるよ。それがすごく、嬉しい」
頬が弛んだ。私はとてもだらしない顔をしているという自覚があった。イチゴが私の顔を見て、驚いたように目を丸くしている。私は構わず、指先だけでなく手の平で彼女の柔らかい頬を包んだ。
「……私、イチゴのこと……」
「イク、ノ……?」
青い光を持つイチゴの瞳が揺れる。私は言葉を飲みこみ、パッと手を放した。
「……私、少し疲れちゃった。もう部屋に戻るね」
「あ、うん……」
何か言いたそうなイチゴを残して、私は少し足早にその場を離れた。向かう先は部屋じゃない。誰も来ない、一人になれる場所へ、行きたかった。

以前ミクが逃げ込んだ、前十三部隊の使用していた部屋。前任部隊が全滅したという事実を怖がって、ここを訪れる者はいない。この部屋の存在を知ってから、私の秘密の隠れ家だ。
薄暗い部屋の中、ベッドに座って開いた本の頁を捲る。目で文字を追うけれど、中々頭には入って来ない。パパたちに頼んで貰ったプレゼントなのに、勿体ない。
「……」
膝を抱え、そこへ顎を乗せる。先ほどのイチゴの表情が何度も脳裏を過って、その度に胸がツキリツキリと痛んだ。
「……何なんだろう、これ」
幾ら文字を追っても、幾ら架空の人間の心情を追っても、それを自分のものへ落としこむことなどできない。自身の胸に宿る感情の名前を探そうとしても、見つからない。
「分からない……」
「何が?」
「!」
思わず肩が飛び上がった。手にしていた本が滑り落ち、床とぶつかって派手な音を立てる。顔を上げると、真っ赤な角が目に入った。ゼロツーだ。型破りな彼女には、全滅部隊の部屋という呪いも通じなかった。
ゼロツーは後ろで手を組んで、私を興味深そうにジロジロと見てくる。驚きでバクバク鳴っていた心臓へ落ちつけと念じながら、私は頬へ垂れた髪を掬って耳へかけた。
「ゼロツー、何でここに?」
「もう夕飯だって」
「……嘘。あんたがそんなことで、私を探す筈ない」
バレタか、とゼロツーは舌を見せた。私はイチゴに疲れたから休むと言ったのだ。優しい彼女なら、起そうとする者がいたら止める。まぁ、ゼロツーならそれも無視しそうだが。
「ふーん。相変わらず、何か隠している味だね、君は」
「……あんたほどじゃない」
「はは。それもそーだ」
ゼロツーは笑って、私の向いにあったベッドへ腰を下ろした。長らく放置されたため柔らかさは全くなくて、ゼロツーはそのことに唇を尖らせる。コロコロと変わるその表情を見ていると、ますます胸の内を占める感情が湧き上がった。これは分かる、惨めというものだ。
「……変わったね、ゼロツー」
「うん。ダーリンのお陰」
「……ヒロのこと、好きなの?」
「ああ。僕はダーリンが大好きさ!」
声高に叫んでゼロツーは立ちあがると、腰を曲げて私と顔を近づけた。
「羨ましい?」
吐息が触れるほど近くで囁いて、ゼロツーはサッと顔を離した。
「羨ましい……?」
「あ、意味が分からないって顔してる」
その通りだった。ゼロツーは長い髪を踊らせるようにクルクルと回り、私の方へ手を伸ばした。
「羨ましいんだ、君は。僕とダーリンが」
「……私は、別にヒロのことなんて何も」
「そうじゃないよ――本当、人間て面倒だね」
面倒と言いながらも、ゼロツーの表情も口調も、全然面倒と思っていないようだった。ゼロツーは勝手に満足したようで、さっさと部屋を出て行こうとする。私は思わずベッドから降りて、彼女の背に声をかけていた。
「何で、ここに来たの」
「別に。ただ、僕も変わったからさ……ダーリンのお陰でね」
ヒラリと、手が揺れる。廊下へ消えていく赤い彼女を追って、足が勝手に動いた。
「!」
「おっと」
廊下へ出た途端、大きな身体にぶつかる。フトシだった。彼は何かが詰まったような紙袋を抱えており、私とぶつかった衝撃で零れ落ちそうになる中身を慌てて抑えていた。
「フトシ……」
「良かった、やっと見つけた、イクノ」
ニッコリと笑い、フトシは紙袋の中身を見せてくれる。そこにはパンやお菓子など、食べ物が詰まっていた。言葉を失う私の手を掴み、フトシは片手で紙袋を抱え直した。
「一緒に食べよう」
その笑顔に、断る言葉が出てこなかった。

パートナーになって暫くして、フトシはココロに限らず基本的に女子には優しいのだと気づいた。ただココロが好きで彼女がパートナーだったからという理由が大きすぎて、彼女以外の女子へそれが向かなかっただけで。けれど私にその優しさは、ちょっと重い。
手渡されたパンを弄る私の隣で、フトシは幸せそうに別のパンを頬張っている。なんで、こんな状況になっているのだろう。
「……別に良いよ、フトシ。パートナーだからって必要以上に構わなくて」
「え……」
「ミツルとだって、訓練や戦闘以外で話すことは少なかった」
食べる手を止めてこちらを見つめるフトシの手に、パンを返す。
「アンタとなら数値は安定するみたいだし、心配しないで」
「イクノ……」
「ごめんなさいね、私のせいで、あのときは嫌な思いをさせて」
パンをフトシの手に置いて立ちあがろうとする。しかし私の手首は強い力で引き止められ、床に落ちたパンが乾いた音を立てた。フトシが食べ物を粗末にするなんて珍しい。掴まれた手の熱さよりも、その驚きが先に立った。
「……イクノ、俺は確かにココロちゃんが好きで、あのパートナーシャッフルはすごく……辛かった」
グッと顔を歪め、フトシは顔を俯かせる。
「でも、イクノが謝る理由なんてないだろ。寧ろ謝るのは、あのときココロちゃんのことしか考えていなかった俺の方だ」
パートナーだったのに、とフトシは申し訳なさそうに頭を下げる。
「……しょうがないよ、フトシは本当にココロのことが大切だったんだから」
「ありがとう、イクノ」
フトシは膝の上に置いていた紙袋を脇に置いて、立ちあがった。私の手は掴んだまま、フトシはじっと私の顔を見つめた。真っ直ぐな瞳に気恥ずかしくなって、私は彼の視線から逃げるように俯いた。
「さっき、ミツルと約束してきた」
「……ミツルと?」
「うん」
ココロとパートナーを組んでから、ミツルも少し変わった。声をかけてきたのは向こうの方だったが、先に提案したのはフトシの方だったらしい。
「……何を、約束したの」
「イクノを絶対に守るって」
「はあ?」
私は恥ずかしかったことも忘れ、顔を上げた。
「ミツルも、俺に約束させたかったらしいんだ」
けれど彼は、代わりにフトシと結ぶ約束を思いつかなかった。ココロを守るという約束は、彼女とジェニスタに乗るための対価だと思っていたらしい。そういうところは、真面目なのだ。
「だから俺から約束した」
フトシがあまりにも普通に笑うものだから、私はますます自分が惨めになった気がした。
「……私は、守ってもらうほど弱くも可愛くもない」
泣けてきた。
「私は、フトシやミツルに守ってもらう必要なんて」
「イクノ?」
捕まれた手でドンと胸を叩き、髪が垂れるほど俯く。ミツルが私に対してそんなことを思うようになったなんて、知らない。フトシが私に謝罪する必要も、私のためにそんな約束をする必要も、どこにも。
「ない。だって私、ずっとずっと、」
謝らなければいけないのは、私で合っている。ずっと、一人の女の子しか、私は見ていなかったから。
「――イチゴが、好き」
言葉と一緒に、涙がこぼれた。視界はぐしゃぐしゃに歪んで、頭を振った衝撃で眼鏡が床に落ちた。
驚いたフトシが手を離してくれた。私はストンとその場に座りこんで、顔を手で覆った。
「好き、好き……大好き。ずっと、ずっと大好きだった……っ」
喩え彼女がヒロを好きだとしても、私を仲間だとしか思っていなかったとしても。嗚呼、やっと理解したよ、ゼロツー。私はあんたとヒロが羨ましかった。あんな声高に好きを叫べる二人が、叫べる好きを持った二人が、羨ましかった。
「なんで、女の子同士じゃ、ピスティル同士じゃ、だめなんだろう……なんで私じゃ、だめなんだろう……」
「イクノ……」
必死に抑えたつもりだったけど、どうしてもしゃくりあげる度に身体が揺れる。醜態を晒したくなくてできるだけ小さく丸まって、嗚咽を飲みこんだ。フトシがそっと、膝をついたことが気配で分かった。そっと頭を撫でてくれたと、温もりで分かった。
そうやって彼は、私が落ちつくまでずっとそこにいてくれた。

私が落ちつく頃には日もすっかり落ちて、フトシはしまいこまれていたランプをとりだしてそこへ火を点けた。
「……ミツルも、ヒロとフランクスに乗りたがっていたの」
「え」
「小さいときの話らしいけど。そう約束していたんだって」
ぐす、と鼻を鳴らす。目を何度も拭っていると眼鏡が邪魔になったので、今はポケットにしまっている。膝を抱えてベッドの上に座る私の隣へ、フトシはゆっくりと腰を下ろした。
「私も、イチゴと一緒にフランクスに乗りたかった……似た者同士だったんだよ、私たち」
私は、ミツルと同類にされることが嫌だった。あいつは約束を忘れたヒロを恨んで拗ねて、自分の気持ちを無視していた。本当は、ヒロに認められたかっただけなのに。あいつが恨んだのは約束を忘れられたその一点で、同性同士ではフランクスに乗れなかった事実じゃない。私と違って、ミツルは現実がよく見得ていたのだ。
「……」
冷えるからとフトシがくれた毛布を体に巻きつけ、私はそれにそっと鼻を寄せる。カビ臭い匂いが、鼻の奥を突いた。
「じゃあ、俺とも似た者同士だ」
「……え」
顔を上げると、口の周りに食べかすをつけたフトシが、目を細めるようにして微笑んでいた。
「俺もココロちゃんに失恋した。イクノはイチゴに失恋した。失恋同士だ」
「……私は、まだイチゴに失恋したわけじゃない」
「はは。そっか」
フトシは袋から取り出した果物を模したパンを頬張る。何個目なんだろう。あまりにも良い食べっぷりだからか、先ほどまでなかった食欲がムクムクと頭を上げ始めた。
「……一つ頂戴」
「良いよ」
フトシがくれたのは、手の平に乗るサイズの丸パン。一口齧る。もっちりとした歯ごたえが楽しい。
「……おいしい」
「良かった」
「……フトシ、さっきのミツルとの約束だけどさ」
「うん」
「別に無理して守ろうとしなくて良いよ」
「無理じゃないよ」
フトシはまた別の菓子パンを頬張っていた。
「俺が君を守るって決めたんだ」
「……そうなんだ」
私は肩から掛けた毛布を手で掴んでマントのように翻し、ベッドからぴょんと降りた。ふわ、と毛布の裾が浮き上がる。大分弛んでいた髪留めを取ると、項を髪先が擽った。
「でも私、ココロみたいにお姫様系の女じゃないから。大人しく守られてやんない」
くるりと、フトシを振り返る。薄暗く眼鏡がない視界、先ほどよりも距離をとったことで、フトシの輪郭が柔らかくなった。
「私も、あんたのこと守るよ」
「お、俺だって!」
張り合うように声を上げて、フトシは立ちあがる。すると膝に乗せていた紙袋が床へ落ち、残っていた食べ物が散らばった。
「あああ!!」
フトシは頭を抱えて叫ぶ。
「ちょっと、何?」
「イクノ見つかった? ……って」
フトシの叫びから一分も経たないうちに、場所を探り当てたミクとイチゴが入口からひょっこり顔を出す。イチゴは室内の様子を見ると、ぎょっと目を丸くした。
「ちょっとイクノ、泣いてるの?」
「え」
「目が赤い」
イチゴは私のもとまで真っ直ぐ歩み寄ると、毛布を掴んでいた手を取って顔を覗きこんでくる。間近に迫った彼女の顔に耐えきれず、私は思わず目を逸らした。その反応を見て何を思ったか、イチゴはキッとフトシを睨む。
「フトシ……?」
「お、俺じゃないよ! いや、俺……?」
「えー! フトシがイクノを泣かしたの?!」
ミクの声はそれなりに大きく、何だ何だとゾロメたちも集まって来る。フトシは慌てて、あらぬことを吹聴せんとするミクを止めるため、廊下へ飛び出していった。
「フトシに何言われたの?」
イチゴがあまりに真剣な顔で勘違いしているから、私は可笑しくて思わず笑ってしまった。
「大丈夫よ、イチゴ。本当に世間話をしていただけ。フトシのせいで泣いたんじゃないの」
イチゴの手を握り返し、私は柔らかく微笑む。
「ありがとう、心配してくれて。――イチゴのそういうところ、私、大好き」
その言葉は存外するりと、口からでてきた。イチゴは少し照れたように頬を染める。
「あ、当たり前じゃん。仲間だもん」
「……うん、そうだね」
「ほら、イクノ。お風呂入ろう」
私の手を引き、イチゴは歩き出す。いつかもこうして、私を導いてくれた。変わらない、昔から大好きなイチゴのままだ。今日は口元がにやけてばかりだ。
ミクたちに詰め寄られているフトシの間を通り過ぎ、イチゴと共に階下へ向かう。縋るようなフトシの視線に、肩を竦めて詫びだけいれた。
「あ」
階段を降りていると、昇って来るミツルと鉢合わせた。毛布を肩から掛け、髪留めも眼鏡も外した私と、そんな私の手を引くイチゴ。聡い彼なら大体の状況を察しただろう。目を細め、ピクリとミツルのこめかみが引き攣った。
「あのデブ……」
「ミツル」
何だか不穏な言葉がミツルの口から聴こえた気がしたが、私はそのまま通り過ぎてしまいそうになる彼を呼び留めた。
「……フトシから聞いた。らしくないわね」
「今のあなたに言われたくありませんよ」
その通りだ。私は思わず口を噤む。ミツルはしてやったりと言う風に笑って、ミクたちの声が聴こえる方へと消えていった。
「……イクノ?」
「……何でもない。お風呂行こう」
イチゴは不思議そうな顔をしていたが、私の言葉に頷いてくれた。

誰かを大好き。そう大きな声で叫べる彼らが羨ましかった。
彼らを比翼の鳥と、オトナの誰かが呼んでいた。まだぎこちなさの残るあの二人は、連理の枝のようだとも言っていた。ならばあの子たちは鴛鴦で、諍いのたえない彼らは水魚のようだ。
私と彼の関係は、どんな名がつくのだろう。つかないかもしれない。それでも今は、彼と――みんなと出会えた、それが嬉しい。
私はその日初めて、イチゴ以外の人間も好きになりたいと、そう思った。
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