XX1 胡蝶のユメ
衝撃。破壊音。身体の芯を走っていた感覚が解けて、力が抜ける。ふわりと、宙へ放りだされる。浮遊感は比喩ではなく、本当に自分の身体が浮いているためだと、数秒遅れで理解した。ヘルメットが外れ、視界が明瞭になる。
青い空。回転。青い液体。回転。崩れた何か。そして。
「――イクノ!!」
私の名前を呼んでこちらへ伸びる、誰かの、手。
「―――っXXX」
自然と口が、名前を叫んだ。
暗転。



「――そこまで」
低い声とビーと脳を揺らす警報音。ハッと意識が浮き上がった。
真っ先に頭へ浮かんだのは、ここは何処かという疑問。辺りを見回すと見知った部屋。閉じられていた機械の蓋が開いて、ぐしゃぐしゃに顔を歪めた少年と少女が姿を現す。
「ここは……」
「コード016、コード703――落第だ」
「!」
その台詞と周囲の状況、イチゴたちの表情で理解する。私――コード196、通称イクノ――は、過去にいると。

昔、胡蝶になった夢を見た男がいた。男は手に入れた羽根を使って、気ままに飛び回った。やがて何度目かの胡蝶の夢から覚めた男は、疑問を抱く。己は本当に人間なのだろうか、と。ちっぽけな胡蝶が、人間になっている夢を見ているのではないのか。人間が、胡蝶の夢を見ているのか。答えはでぬまま、男はまた今日も胡蝶の夢を見る。
それに似ていると、思った。今追体験している過去の世界は、未来の私が見ている夢なのか。それとも未来の世界こそ、今まで私が見ていたただの夢だったのか。
前者であると、願いたい。
だってそうだろう。夢だったら、この後の世界がどう動くか分からない。今が夢で過去だと信じるからこそ、私はやりたいことが――変えられるものが、あるかもしれない。
「……あの」
最終試験後、他のコドモがいなくなったのを見計らって、ナナとハチに声をかける。
「どうかしたの? イクノ」
ヒロがつけてくれた名前を、彼女は否定することもなく呼んでくれる。それが嬉しいことなのだと、今は分かった。左手首に添えた右手に、力が入る。
「……お願いが」
「何?」
「……パートナーを、変えてほしくて」
ナナは少し驚いて目を丸くしたが、すぐに表情を引き締めて理由を訊ねた。
「私とミツルのパートナー適正は、やっぱり低いと思って……」
「確かにあなたは不安定なところがあるけれど……初めのうちはよくあることよ。慣れてくれば安定して、」
「でも」
少し声を荒げてしまった。思わず顔を俯かせ、私は左上腕に手を持って行く。
「……きっとミツルに、私は合わないから」
「……なら、誰となら合うと言うの?」
「……ココロ、とか」
少しの間の後、ナナの溜息が聴こえた。
「ミツルやココロの許可はとっていないでしょう」
「でも、きっとその方が数値は安定する筈。ミツルも、私とパートナーを解消したがっていたし」
「イクノ」
ナナはもう諦めたようにまた溜息を吐いた。
「分かったわ。けれど、パートナーシャッフルは他の三人も当事者なのだから。しっかりあなたから話をしてちょうだい」
「……はい」
きっとミツルは了承してくれる。ココロは彼を気にしていたから、こちらが強く勧めれば断ることはないだろう。問題はフトシか。
ココロのような暖かさも可愛さも優しさも、柔らかさもない。そんな私とパートナーを組むことは、フトシだって首を縦に振らないだろう。あのときはココロが決めたから、泣く泣く了承したのだ。
「……食べ物でなら、つられてくれるかな」
難しいだろうな。でも、何とか説得して、私とパートナーを組んでもらわないと。
きっと私の見ている夢だから、事は都合よく運んでくれるだろう。

予想通りだった。ミツルは少々不満げに顔を歪め、ココロは不安そうに眉を顰め、フトシはあからさまに顔を顰めた。
「パートナーシャッフルって……つい昨日、最終試験を終えたばかりですよ?」
「でも最終試験でだって私とあなたの数値は安定しなかった……ならいっそパートナーを変えた方が良いでしょう? 実践前に」
ミツルは腕を組み、とんとんと人差し指で腕を叩く。不機嫌そうなその瞳を、私は正面から見据える。
「あなただって、パートナーシャッフルを望んでいたじゃない」
「イクノちゃん……」
「ココロとなら、あなたも数値が安定すると思う」
「ちょっと待ってよ!」
ストップをかけたのはフトシだ。フトシは頭の整理が追いつかないのか、両手を広げてキョロキョロと視線を動かす。
「ココロちゃんとミツルがパートナー……ってことは、僕とイクノがパートナーになるってこと?」
「……そうなるわね」
ごめんなさい。それしか言えなかった。フトシはそれ以上何か言おうとしていた口を噤んで、手を下ろした。ココロも不安そうな顔に、少し笑みを浮かべている。彼女の慈愛の浮かぶ視線は少し居心地悪くて、視線が揺れた。
「……試しに乗ってみれば、分かると思う」
「イクノは、それで良いんだ?」
私は答えなかった。ココロはふわりと微笑んで、フトシとミツルを見やる。
「良いよ。パートナーシャッフル、してみよっか」
フトシはしょうがないと言うように頭を掻き、ミツルはそっぽを向いた。ココロのお陰で、話がうまく転がった。彼女のような人当りの良さのない自分が、嫌になりかけた。
その後、正式に私とフトシ、ミツルとココロのパートナーシャッフルは決定したのだ。
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