20180407
・寮の私室に小さい冷蔵庫くらいあるといいな

気が付くと、カレンダーのとある日付に紫の丸がついていた。何かの記念日なのかと訊ねると、冷蔵庫の中を探っていた尾白は少し手を止め、開いた扉の影から顔を出した。
「なに?」「これ」と心操が卓上カレンダーを指さす。冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターのペットボトルを二本と菓子パンを抱え、尾白は首を少し伸ばした。それから心操の指し示すものを確認すると、何故か顔を赤くした。
はた、と心操は硬直する。尾白はどさどさと腕に抱えていた食料を机に置くと、きびきびとした動きでカレンダーを取り上げ、壁とベッドの間にできた隙間へ放りこんだ。
「ちょっと……」
「気にしなくていいから」
「いや、気になるって」
そんな反応をするから余計に。尾白はこれ以上何も言うまいと意志を示すように唇を引き結び、どかりと胡坐をかいて座った。机の山からメロンパンを取り上げ、袋を開けて頬張る。何かを誤魔化しているとありあり分かるその様子に、心操は唇をへの字に曲げながらペットボトルの蓋を捻った。
「誕生日、じゃないよな」
「……」
「テスト? いや、アンタはそれだったらしっかり教科名も書くよな」
定期試験にもまだ少し早い時期だ。心操の独り言に似た追求にも、尾白は口を開かない。
「デートの日? 違うか。まだ次の予定立ててないもんな」
「っ心操!」
机の端に頬杖をついていた心操は、尾白がバンと机上を叩いたのでジンとした痺れを感じた。思わず声を荒げた尾白だが、すぐ我に返り握った拳をそっと膝へ降ろす。
「……別に、気にしなくて良いよ」
「俺に関係ないことじゃないんだろ?」
そうだったら、初めからそれを言い訳にしている筈だ。
「……」
予想通り、尾白は口を噤む。すると尾が床を撫でるように少し動いて、膝の辺りで止まった。
心操はミネラルウォーターを一口飲んで口内を潤すと、蓋を閉めたペットボトルを床に置いた。それから床に手をついて身を乗り出し、尾白との距離を縮める。ヒクリと引き攣って身を反らす尾白の腕をとって引き止め、鼻先が触れる距離で止まる。
「……っ」
尾白が小さく息を飲んで、細い目をきゅっと閉じた。心操は少し目を細めるだけで閉じることはしないまま、目と同じように引き結ばれた唇をちろと舐める。ぶわ、と尾白の尾の毛が逆立ち、針金でも刺したようにピンと伸びた。
心操はククと笑い、少し距離を離した。
「アンタ相変わらずだね。ほんと、初めてのときから変わらない……」
そこで心操は言葉を止めた。立ちあがろうとする尾白の腕を強く掴んで止め、心操はベッドの向こうに消えたカレンダーを見やる。
逃げることを諦めたのか、尾白は足や尾から力を抜いた。空いている片方の手で顔を隠し、尾白は「いっそ殺せよ……」と泣きごとをぼやく。
心操は尾白へ視線を戻し、隠れ切れていない耳が赤くなっているのを見つけた。思わず、口元が弛む。
「アンタ、」
「言うな」
「ほんと可愛いな」
「筋トレが趣味の男に言う台詞じゃないっ」
腕を離せと尾白は尾を振り回して心操の顔を叩く。しかし心操はグイと腕を引き、自分の膝を跨ぐように尾白を膝立ちにさせた。尾白の項を手の平で押し、上向けた自分の顔に彼の顔を引き寄せる。
「『はじめての日』、あんな風に印つけてたんだ? 記念日にしてたの?」
「……女々しいのは自覚してる。何とでも馬鹿にしろ」
「何でだよ。可愛くて、俺は良いと思うけど」
心操がニコリと笑うと、尾白は頬を染めて少々不満げに顔を顰めた。そんな顔にもまた愛しさがこみ上げてきて、心操は柄にもなく口元が弛み切るのを自覚しながらも、そっと尾白の頬へ手をふれた。
「またアンタの『はじめて』見れたし」
心操の手に自分のそれを重ね、尾白は目を閉じた。
「なんだよ、それ」
呆れと照れと、ほんの少し愛しさがにじみ出た、そんな声色だった。
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