No.4
いつの間にかいなくなった尾白を探して、緑谷たちは辺りを歩き回っていた。その途中、携帯の画面を見た心操が、怪訝そうな顔をした。
「どうかしたの?」
「いや、アイツからメッセージが来たんだが……」
困惑した様子の心操は画面を緑谷へ見せる。位置情報だけの簡潔なメッセージ。心操は意図が読めないようだったが、緑谷には覚えがあった。以前緑谷が、A組グループへ送ったメッセージと似ていたからだ。
「緑谷?」
こちらにはいなかったと言いかけた轟は、携帯画面を凝視する緑谷を見て首を傾げた。共に戻ってきた葉隠も、何事だと緑谷の手元を覗きこむ。
「ここから五分……」
「緑谷?」
「急ごう、轟くん」
「どこへ」
「ここから五分の噴水公園」
リュックサックを道路の脇へ置き、緑谷は靴ひもを固く結び直した。バチリ、と足へ意識をやる。轟も察し、肩にかけていた鞄と緑谷のリュックサックをまとめて心操へ押し付けた。
「ちょ、おい」
「荷物を頼む。お前はまだ仮免とってないだろ」
「は、まさか、おい!」
心操の制止を聞く前に、緑谷はフルカウルシュートフォームを発動し、勢いよく地面を蹴った。轟は別方向を探していた爆豪へ連絡を入れながら、葉隠と共に緑谷を追う。一人残された心操は押し付けられた荷物へ視線を落とし、ぐしゃぐしゃと頭を掻いた。

「尾白くん! 蛙吹さん!」
そういったわけで公園へ辿りついた緑谷は、現状を見てすぐに排除すべき敵と守るべき対象を判別し、行動を起した。地面を蹴り、まずは鯨男へ飛びかかる。意識を右足へ集中させ、思い切り振り降ろす。
「邪魔」
「!」
何か、薄い膜のようなものに阻まれた。かと思えば、緑谷の身体は後方へ吹き飛ばされた。キュィィン、と空気を捩じるような音がして、喉が僅かに詰まった。唇を噛みしめ、緑谷は空中で回転すると、両足で地面へ着地した。キッと顔をあげ、握った拳を構える。
敵は二人。地面に倒れる人々の中無傷で立ち、ぐったりとした級友二人を捕まえている様子から、それは明らか。ここは一般人の安全を確保しつつ、仲間の救出を――
「なんだ、お前」
「!」
ず、と眼前に迫るボンベをつけた顔。目を見開き、身を捩る間もなく、緑谷の身体は死角からやってきた巨大な何かに吹き飛ばされた。
(動きが早い! それに今のは何だ! 初めに聞いた音も……!)
身体の四肢が痺れ、動きが鈍い。麻痺させる個性なのだろうか。受け身を取ろうにも、痺れが邪魔をして身体を捻るくらいしかできない。進行方向に灰色の電柱が見得て、緑谷は顔を歪めた。
(ぶつかる――)
「ぐえ」
電柱でぶつかる直前、ぐいと襟首を掴まれ、更に首がしまる。
「ダセェな、クソナード!」
「ぐ、かっちゃん……くるじい……」
「もー、緑谷くん、足速すぎー」
「あれがヴィランか」
掴んだ緑谷を傍らへ放り、爆豪は手の平の汗腺を爆発させた。鯨男は現れた彼らを見て、目を細める。蛙吹を肩に担いだ少女が、モップを構えながら鯨男の隣へ駆け寄った。
「どうするの?」
「面倒だ……」
鯨男は口を覆うボンベへ手を伸ばす。少女の眉がピクリと動いた。
タン、と緑谷たちのものではない足音が、煉瓦を叩く。
「蒼井さん!!」
少女の冷静な瞳が丸く開いた。声のした方を、緑谷たちも見やる。そこにいたのは、三人分の荷物を持って息を切らした心操と、彼よりも大きく呼吸を繰り返しびっしょりと汗を掻いた菊地、そして手足を地面につけて犬のような体勢になったトイトイだった。
菊地は立ち止まると膝に手をやって上体を曲げ、肩を揺らして息を吐いた。それからグッと何かを飲みこむように顔をあげた。
「見つけた……っ」
「……」
少女はもう目を細め、冷静にこちらを見つめる少年を見定めているようだった。ぐるる、と喉を鳴らしてトイトイが駆けだした。四足で地面を軽やかに蹴り、牙を剥いて鯨男へ飛びかかる。
「鈴木の仇!」
しかし男はボンベへやった手でトイトイを、虫でも払うように地面に叩きつけた。
「トイトイ……!」
「一般人は下がってろ!」
駆け寄ろうとする菊地を押し留め、爆豪は手の平の汗腺を爆発させると、その勢いで飛び出した。トイトイの身体を蹴り飛ばし、男は心底苛立ったように顔を歪める。
「ウジ虫がわらわらと……」
きぃん、と耳鳴りのような音の波が爆豪たちを襲った。またか、と緑谷は顔を顰め、両耳を手で覆う。爆豪や轟たちも膝をつき、顔を歪めた。
そのとき、別の音波が緑谷たちの背後から飛び出し、鯨男の音波をかき消した。
「!」
「へえ……」
意外そうな顔をして、鯨男は目を細める。ざ、と緑谷の傍らに黒く大きな気配が現れ、バシャと水を自身へかけた。
「やっと見つけたぞ、伊佐奈」
「ギャングオルカ!」
葉隠が思わず声を上げる。ヴィランっぽいヒーローランキング三位、陸にいても鯱でお馴染み、仮免試験では轟たちを圧倒したヒーローがそこにいた。何が可笑しかったのか鯨男が引き攣った笑い声を上げる。
「良い名で通っているじゃないか、シャチ」
「でらめんどくせぇが……今の俺はギャングオルカというヒーローだ」
「ヒーロー! お前が! 出世したもんだ」
肩を震わせ、鯨男は笑いを止めない。全く状況についていけないが、どうやら二人は顔見知りだったらしい。目を白黒させる緑谷たちを余所に、少女が鯨男の脇を突いた。その意図を察し、鯨男はようやく笑い声を止める。
「今お前の相手をするのはこちらも本意じゃない。今日はここで帰らせてもらう」
「待て。せめてその手に抱えている子どもたちは置いていけ」
「優しいなぁ、さすがヒーロー」
「伊佐奈」
冷たい声を発し、ギャングオルカはグワリと鋭い歯の並んだ口を開く。ぎょろりとした目が、伊佐奈を睨んだ。彼の本気を見て取って、鯨男は肩を竦める。
「こちらにも事情がある。こいつらは必要な素材なんだよ」
尾白の身体を少女へ渡すと、彼女は蛙吹と尾白を軽々肩へ担いだ。怪力の個性か、元からの性質か、緑谷には判別できない。二人はそのまま、軽い足取りでスタスタと歩き出した。緑谷は思わず「待て!」と叫ぶ。飛び出しかけたが、それはギャングオルカに阻まれた。
「お前がギャングオルカなら……そうだなぁ、俺はキュレーターだ。そう呼べ」
「……ズーキーパー」
キュレーターは背中から鯨の尾を出して見せると、バシャリと噴水の水を巻きあげた。津波のようなそれが緑谷たちを襲い、視界を隠す。ギャングオルカが緑谷たちの前へ立ち、鋭い手刀で波を斬り裂いた。
ぱしゃぱしゃと小雨のように水が落ちる公園。未だ昏倒する一般人たちはそのまま、キュレーターとズーキーパーと名乗った二人と、尾白・蛙吹の計四人の姿だけが、そこにはなかった。
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