20180107
・お題「君の好きなもの」

体育祭終了後、夏も本番になるだろうという時分。相澤先生に連れられて訪れたトレーニングルームには、
「げ」
俺を見るなりそんな顔をした、尾白猿夫がいた。彼は条件反射だろう、すぐに顔を背ける。他に人はいなかったが、真面目なヒーロー科さまのことだ、一人でトレーニングをしていたのだろう。体操着姿の彼は複雑そうな心情露な顔をして、相澤先生へ歩み寄った。
「何で心操が……」
自分の担任が別クラス、それも普通科で体育祭では煮え湯を飲まされた相手と一緒なのだ、そんな顔もするのは自然。しかし、この場で大きな勘違いをしていたのは、俺一人だったのだ。相澤先生は頷き、尾白は苦虫を噛み潰したような顔で俯く。やっと俺は少々状況がおかしいことに気づき、首をかしいだ。
「心操。お前の個性は使い方によっちゃ充分ヒーローとして通用する。だが緑谷に一本背負いで負けたように、一年前期で既に自力の差ってやつが出ている。勿論個性を伸ばすことも大切だが、身体ができていないヒーローが生き残れるほど甘くはない」
それは理解できる。成程、話が見えてきた。
「資本作りまで面倒見るほど俺は暇じゃないし、大体合理的じゃない」
そこでと言葉を切って、相澤先生は尾白の肩を押す。
「個性を伸ばす特訓以外の基礎トレーニングは、尾白に監督してもらう」
互いに驚いた声は上げなかった。尾白はまだ顔を顰めたまま「何で俺が」と相澤先生に問う。
「砂藤や緑谷の方が、パワーは上です」
「あいつらは強化型の個性だからだ。お前の個性は尻尾が生えているということだけ。入学試験を勝ち抜いたのも、USJ襲撃の際一人で生き残ったのも、お前の自力だ」
相澤先生の言葉に尾白は些か納得しかねるようだったが、最後には指示に従って頷いた。
「よろしく」
「……ああ」
俺の能力を警戒して、というよりは気まずいというように尾白は短く頷いて、手を握った。今こいつは嘘をついている。それが分かった。
それから放課後はトレーニングルームで尾白と二人、筋力作りに励んだ。尾白はよそよそしくも、根が真面目故かしっかり俺にアドバイスをしてくれる。ライバルを増やすとか考えないのだろうか――等と思案してしまう辺り、自分の性根の悪さが透けて見える。
「……」
黙々と柔軟を続ける尾白をそっと横目で見つめ、俺はペットボトルの口を噛んだ。

「仲良くなる方法?」
これは決して慣れ合うためではない。俺と親しくするのは、向こうだって望んじゃいないだろう。しかし幾ら嫌われる道を選んだ俺といえど、あの空気は堪えられない。ビジネスライクの付き合いまで何とか持って行けないものか。試しに普通科のクラスメイトに訊ねてみると、彼らは腕を組んで首を傾いだ。
「猫なら、心操の方が詳しいんじゃないの?」
「いや、猫じゃないっていうか……猿?」
「このコンクリートジャングルのどこで猿と出会ったの……」
「動物なら、食べ物で一発だろ」
男子生徒の言葉に、他のやつらも頷いた。
「好きなものあげたら?」
「好きなもの……」
アイツの好きなものって、何だ。

「尾白くんの好きなもの?」
で、聞く相手がコイツしか思いつかない時点で、俺も大概友達が少ない。ヒーロー科と普通科で親しい者がいる方が珍しいか。緑谷は突然の問いをすごく不思議がっていたが、腕を組んで真面目に考えてくれた。
「前、武術って言っていたかな……」
「武術……」
「身体を鍛えるのが好きみたい。ほら、高校一年生にしては結構鍛えられた身体しているし」
緑谷が教室で実践していた空気椅子に関しても、熱く語っていたらしい。脳筋かな。
「あー、じゃあ、食べ物とか、は?」
「んー、食事見る限り、好き嫌いがあるようには思えないけど……」
どこまでも普通で地味な男だ。
「何の話をしているのかしら」
「蛙吹さん」
「梅雨ちゃんと呼んで」と言いながら、顔を出した蛙吹はケロリと舌を覗かせた。緑谷が話の流れを勝手に説明している。ここまで来たらもうどうにでもなれという気分になる。すっかり場を離れるタイミングを逃した俺は、溜息を吐いてポケットへ手を入れた。
「尾白ちゃんの好きなものねぇ……それを聞いてどうするのかしら?」
緑谷よりは勘が鋭いらしい。トレーニングのことを本人のいないところで説明するのは憚られ、しかし他にうまい説明も思いつかなくて、俺は言葉を濁した。何を察したのか、蛙吹はそれ以上言及せず、「そうねぇ」と顎へ手を当てた。
「事情は分からないけど、仲良くなりたいと思うなら気持ちを伝えれば良いと思うわ」
「気持ち……」
「私も言葉でうまく伝えるのが苦手なの。でも、本当に伝えたいことは時間がかかっても言葉で伝えるべきよ。尾白ちゃんなら、ちゃんと聞いてくれると思うわ」
緑谷も「そ、そうだね」と頷いている。俺は思わず眉間へ皺を寄せてしまって、それを見て何を思ったのか、蛙吹は困ったように首を傾けた。
「どうしてもと言うなら、あなたの好きなものを選んだら? ……私のオススメはこのゼリー。美味しいのよ」
「ぼ、僕はかつ丼。学食の美味しいよ!」
コロンと手へ乗せられた一口サイズのゼリーと学食の割引券。他のA組の奴らが嗅ぎつけて騒ぎ始めたので、俺はさっさとその場を去ることにした。俺の好きなもの――そんなものでアイツのご機嫌を取れるとは思えなかった。

「ほらよ」
コンビニの袋を渡すと、尾白はとても不思議なものを見るように顔を顰めた。それでも素直に受け取り、中を覗きこむ。俺も自分の分を探りながら、隣に並んで座る。俺の様子を見て、尾白もおずおずとしながら座りこんだ。尾白が取り出したのは、俺がコンビニで買って来た猫の形をした肉まん。丁度この時期限定で販売していた。俺が猫好きなのもそうだが、単純に食べやすく腹が膨れるものだと思ったからだ。
猫の顔を見て、尾白は丸くした目をこちらへ向ける。俺が気にせず耳からガブリと噛みつくと、尾白はまた肉まんへ視線を戻した。
「……ぷ」
変な音がした。半分齧って首をそちらへ回すと、立てた膝の間に顔を埋めて、尾白はフルフルと肩を震わせていた。笑っている、らしい。
「ククク……悪い、つい……」
顔をあげ、尾白は口元へ手をやる。やっと崩れた顔を見れたことに胸の奥がじんわりとするが、少々気恥ずかしさがある。
「……似合わないかよ」
「いや、ごめん。意外だなって思っただけだよ」
ありがとう、と礼を言って尾白も肉まんへかぶりついた。「美味しい」と呟く彼へ、「そうだろ」とぼやき返す。
「……」
「……」
「猫、好きなの?」
「……まあな」
「へえ、意外。動物苦手だと思っていた」
「……よく言われる」
「あはは」
全て平らげ、尾白は指を舐めた。先に食べ終えていた俺は、膝に肘を置いて頬杖をつく。尾白もこちらを見て、初日より随分柔らかい笑みを浮かべた。
「心操は、俺と仲良くなりたくないと思ってた」
「は……?」
「だってそうだろ、俺みたいなタイプ、心操嫌いじゃん」
確かにあまり好まない人種だが、そう断言されると逆に腹が立つ。しかも何だ、その言い方だと俺に気を使ってあまり歩み寄ろうとしなかったのか。何だそれ、馬鹿らしい。お互い、お互いを嫌っていると思いこんで、そんな勘違いで俺は今まで気まずい空気を吸わされていたのか。
「……別に嫌いじゃないし、ベタベタしなければ親しくしたいと思っている」
「そっか」
尾白から顔を背け、頭を少し掻く。尾白はまた柔らかい声で笑った。むず痒さに口元が歪んで、それを見られないよう腕で覆う。
今日のトレーニングを始めようか。尾白はそう言って立ちあがる。俺はやっと奴の方へ視線を向け、頷きながら立ちあがった。
「また教えてくれな、嫌じゃなければ」
「は?」
「お前の好きなもの」
少しこちらを振り向いて、尾白はニコリと笑う。頬がほんのり赤くて、奴も慣れない恥ずかしさで痒いのだと分かった。何かを誤魔化すように、俺は首を掻いた。
「良いけど……お前も教えろよ」
「え?」
何を、と聞いてくるのは、さすがに鈍すぎやしないか。本当、ヒーロー科は呑気でお人好しが多い。
「お前の好きなもの」
そう言って隣に追いつくと、尾白は照れたように頬を掻いた。
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