20180106
・お題「おねがい」

「お願い、尾白くん」
A組の教室の前へやってきたとき、心操の耳にそんな声が届いた。休み時間の喧騒に混じった中、その単語がなければ気にも留めなかっただろう――ということを自然と考察してしまい、若干の自己嫌悪に陥る。丁度特別教室への移動途中だった心操は、開け放たれていたA組教室の扉から中を覗きこんだ。声の主と名前を呼ばれた生徒は、教卓の前にいた。
尾白は少し困ったように笑って、頬を掻いた。
「えっと……何で?」
席に座る彼の視線の先に立ち、麗日は合わせた手の平を擦り合せていた。
「いや〜気になって……モフモフが目の前を行ったり来たりしてるんだもん」
「分かる分かる。俺なんかつい、授業中に触っちゃうもん」
尾白の後ろの席へ座っていた上鳴が、ガシリと尾を掴み、自分の方へと引っ張る。
「上鳴はたまに枕にして寝ているだろ……相澤先生に睨まれるのは俺なんだからな」
「合理的チョップを受けるのは俺だから安心しろ」
「授業は真面目に受けよう、上鳴くん」
さすがの麗日も若干冷めた目だ。上鳴は机に尾を敷くと、その上に組んだ腕を乗せた。麗日が、「狡い!」と拳を上下に振る。
「瀬呂も?」
「いや〜、そこまで熱弁されると、ちょっと興味沸く」
麗日の傍らに立った瀬呂は顎を撫でており、様子から尾白をからかっているのだと分かった。
「麗日は、日直のときに散々弄ったじゃないか!」
前に立っているときに触られてとても大変だったと、尾白は上鳴から尾を回収することを諦めて麗日を見やる。麗日は「てへ」と舌を出した。
「でも、あれから全然触ってないし、最近尾白くん尻尾も鍛えているから更にムキムキしているから……」
「……麗日って、筋肉フェチだっけ?」
「ガンヘッドのところ行ってから目覚めかけている」
そんな力強く親指を立てられても。尾白も困っているじゃないか。しかし尾白は強く出ることができず、三人の勢いに圧されている。だんだん心操の腹底が何やら苛々と揺れてきて、彼は思わず教室の中へ足を踏み入れた。
「おい」
「ん? ……!」
返答に応じた上鳴はピクリと硬直し、尾から手を離した。それを確認してから、心操はこちらに気づいていない尾白の腕を引いて席から立たせる。驚いた尾白はしっかり二本足で立つことができずよろめいて――いきなり掴まれていた尾も開放されたものだから、更にバランスを崩し――心操の身体へ凭れかかった。自分より筋肉のついた尾白の身体を支えることができず、心操はよろめいて後ろの机に腰をぶつけた。
「……〜」
「あれ、心操」
尾白は慌てて体勢を正し、痺れる痛みを耐える心操へ手を貸す。
「どうしたんだ?」
「いや……その……」
尾白の背後から顔を覗かせる麗日たちの視線を受けるのも気まずく、心操は思わず目を伏せた。言い淀む彼の顔を覗きこみ、尾白は首を傾ぐ。そのとき、授業開始を告げるチャイムが鳴る。
「あ」尾白が声を上げるとほぼ同時に、教室の扉が勢いよく開き、「授業を始めるわよ!」とミッドナイトの声が高らかに響いた。遅刻決定の瞬間であった。

「何の用事だったんだよ」
放課後、尾白の部屋で行われる恒例の勉強会中。思いださなくても良かったのに。パキンと折れたシャープペンシルの尻をカチカチと押しながら、心操は顔を苦く歪めた。
「別に……」
「何だよ」
尾白は小さく頬を膨らめる。ユラリユラリと尾が揺れていた。心操は意を決してシャープペンシルを置き、尾白の方を見やった。尾白も背筋と尾を伸ばし、緊張したような面持ちになる。
「……尾を、」
「え?」
「……尻尾……触らせてほしい」
チクタク、チクタク。
「ぷ」
時計の針の音がやけに五月蠅かった。その静寂を壊すように聞こえたのは、尾白の吹き出す声。心操の顔が羞恥で熱を持ち、思わず顔を背けた。
「ごめんごめん、ちょっと意外で」
「……アイツらには触らせていただろ」
「あいつら? ああ、上鳴たちのことか。殆ど不可抗力だよ」
勝手に触ってきたのだと弁解しながら、尾白は背を向けてしまった心操の肩を叩く。
「心操が来てくれたから、あのあと話も流れたし」
「……触られるのは嫌いなのか」
「くすぐったいから好きではないかな……まあ、一言言ってくれれば良いけど」
「ふーん……」
ぽす、と心操の頬に柔らかい毛玉が触れる。少し首を動かして視線をやると、顔を覗きこむようにしていた尾白と目があった。
「良いよ、触る?」
「……」
目で頷いて、心操は毛玉をわしづかんだ。ふわふわとしているのは毛で覆われた先だけで、あとは肌と同じように滑らかだ。確かに触れると筋肉質だということがよく分かる。筋繊維をなぞるように指を動かすと、擽ったかったのか尾白はピクリと肩を揺らした。
「……成程」
「〜わざとか!」
「俺のお願い聞いてくれるんだろ」
「触るのは良いって言っただけ!」
ほんのり赤い頬で言い返す尾白だが、心操の手を振り払おうとはしない。口元に笑みを薄く浮かべると、「すっげぇ悪い顔している」とぼやかれたので、望みどおりにしてやろうかと心操は掴んだ尾を引いて尾白の身体を転がした。
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