20170103
・お題「待ち合わせ」

(あ)
まただ、と口の中で呟いて、常闇は窓辺へ寄りかかった。夏休みが明け、秋の入りも深くなろうとしている頃。外は冷たい風が泳いでいて、長時間滞在するのを遠慮したい環境だ。なのだが。
「寒くないのだろうか」
遊戯用グラウンドの片隅、ボール防護用のネットに背を預けるようにして芝生へ座りこむ姿が一つ。背とネットの間に挟まれながらも、見慣れた白い尾は器用に揺れている。尾白猿夫は、しばしばそこに座って、昼休みを過ごしていた。
勿論、クラスメイトに誘われれば学食でも購買でも二つ返事でついていくので、付き合いが悪くなったわけではない。都合があえば、と言った風に尾白はあそこへ向かっていた。まるで誰かを待っているようだ。そう常闇が思い始めたのは、そこで一人座る尾白の背中をぼんやり見つめて一週間ほど経った頃だ。
常闇が尾白を見つけるのは、学食へやってきて、更に窓際の席を陣取れたときだけで、それも毎日ではない。時間が遅いと学食の席はなく、仕方なく購買で見繕って教室や屋上で食べることもしばしば。角度が悪いのか、そういうときは不思議と尾白を見つけられないのだ。
尾白の背中を見た事実も、誰かを待っているのかという疑問も、尾白どころか他の誰にも言っていない。
「ん?」
誰を待っているのだろうと、密かに観察し続けて更に一週間。ある日尾白の姿はそこにはなく、代わりに逆立った紫の髪が風に揺れていた。意外だと素直に思った。彼も、ああいうところで昼休みを過ごすのか。もしかしたら今グラウンドで遊んでいる団体のどれかは普通科の面々で、無理矢理連れだされた彼は座ってその様子を眺めているだけかもしれない。そんなことをつらつらと考えて、常闇はズズとスムージーを啜った。

ある日、尾白はまたそこにいた。座っているだけでは寒さも堪えられない季節になってきたからか、首にはマフラーを巻いていた。ブルブルと微かに肩が震えている。さすがに気の毒になってきて、今日は声をかけようかと思った。そんなときだ。
「んん?」
常闇の若干裏返った声に、隣で座っていた上鳴は驚いて肩を飛び上がらせた。文句をぼやく彼を宥めるのは切島に任せ、常闇は目を凝らしてもう一度外を見やる。
一人座って震える尾白へ、声をかける生徒がいた。あの紫の髪は間違いようもない、心操人使だ。彼は一言二言尾白へ声をかけると、その傍らへ腰を下ろした。二人とも顔を見合わせるようなことはせず、ときたまチラリと視線をくれるだけ。それでも楽しそうに会話をしていると常闇が分かったのは、尾白の尾や肩が笑うように揺れていたからだ。
カチリと常闇の中でピースがハマった。この数週間眺めていた景色は、ただの待ち合わせのそれだったのか。きっと明確な約束などしていないのだろう、場所と時間帯だけ決めて、都合がつくならそこへ向かい、運が良ければお互いが出会って話をする。そんな、小さな約束の時間だったのだ。
「ドウカシタノカ?」
箸を止めた常闇へ、ブラックシャドウが声をかける。彼へ心配するなと手を振り、常闇は持ちあがる口角を必死に手で抑えた。
(ああ、なんて!)
なんてむずがゆくて、少し胸やけのする話だろう。
特に上鳴は騒がしくなりそうだと呑気に考えながら、他にこの事実に気づく者が現れるまでそっと胸のうちにしまっておこうと、常闇は決意した。
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