2017231
・お題「二人だけの秘密」

砂藤は悩んでいた。彼は自身の個性を伸ばす特訓の一つとして、菓子作りを日課としていた。それは寮生活初日にA組メンバー周知の事実となり、今では女子を中心に週一ティーパーティー――言葉ほど綺麗でお洒落なものではなく、ただ砂藤作の菓子と八百万セレクト紅茶を用意して世間話をしているだけだ――を行うほど。悩みとは、次回のティーパーティーの菓子についてだ。初日に振る舞ったシフォンケーキは評判が良かった。あれをアレンジするか、新しいものに挑戦するか。季節に合わせたものでもいい。
「この時期だと、カボチャか?」
パンプキンパイはハロウィンのときに作った。自身の甘味欲追求のためにも――あと少しの見得のためにも――新しいレパートリーを増やしたいところだ。
というわけで、砂藤は今学校に設備された図書館を訪れていた。自分のような体格の良い男が料理本コーナーを覗く気恥ずかしさは、材料や道具を購入するとき既に払拭済みである。
雄英の図書館は一般校のそれより大きく、蔵書も多い。料理本もそれなりに揃っているのだ。まあ借りる生徒は少ないようで、コーナーは館の隅、人気もない場所にある。窓辺にはソファと勉学用の机が並んでいるが、辞書や参考書コーナーからも入口からも遠い場所のため、試験期間中でなければ使う生徒はいない。
と、思っていたのだが。
「あれ、尾白」
「砂藤」
日光がほどよく当たる部屋の隅、四人用机の一辺で座る尾白を見つけたとき、向こうも心底驚いたような顔をした。砂藤が歩み寄ると、尾白は右の方で開いていたノートをそっと閉じた。
「勉強か?」
「うん、ちょっと課題を終わらせて行こうと思って」
「今日の課題って古典だろ? あっちの辞書コーナー、席空いていたぞ」
砂藤の言葉に尾白は曖昧に頷いて、頬を掻いた。少し困ったような様子の意味が分からず、砂藤は首を傾げた。
「砂藤は?」
「俺は、ちょっと料理本を探しに」
「! 週末のお茶会用か?」
「ああ」
「葉隠さんが絶賛していたよ。いいなぁ、今度貰いに行ってもいいか?」
「別に男子禁制ってわけじゃないし、大丈夫だろ。瀬呂や上鳴なんかは適当に摘まんでいくぞ」
「そうなんだ」
クスクスと笑って尾白は尾を振る。そこで砂藤は、自身の鞄に入っているもののことを思いだした。ゴソゴソとポケット部分を探り、何をしているのだと疑問符を浮かべる尾白の前へラップに包んだそれを置いた。
「クッキー。試作品だけど、良かったら」
「良いのか?」
「勉強にも糖分は大切だからな」
グッと親指を立てれば、尾白はまたクスリと笑った。
「ありがとう、いただくよ」
「本番も是非食べてくれて構わないぜ」
「うん」
ではまた寮で、と砂藤は手を振って尾白と別れた。そのまま彼は壁際に並んだ本棚へ向かった。
「ん?」
本を取って適当にページを捲っていた砂藤は、ふと顔を上げる。尾白が座っていた机は、今砂藤が立っている場所から本棚に遮られつつも、僅かに見得た。尾白はどうやら向いに座った誰かと談笑しているようである。図書館という場所がら、無声音で会話しているのだろう、言葉は聴こえないが、表情から楽しいということは伝わって来る。
誰だろうと思ったのは自然な流れだった。A組の誰かだろうと思っていた。砂藤はヒョイと身体を動かして、本棚に遮られていた机を見やった。
「!」
日に柔らかく照らされる紫色の髪。心操人使の顔と名前は、あの体育祭で砂藤の記憶にしっかりと刻まれていた。思わず砂藤は口を手で覆い、本棚の影へ身を滑らせる。まさか心操と尾白が、仲良さ気に顔を突き合わせて勉強しているなんて。こんな人気のない場所を陣取っていたのも、この様子を見られたくなかったからなのだろうか。
(別に、友だちならそう言えば良いのに……)
あの一件があったからと、心操を目の敵にする者はA組にもいない。さすがに尾白本人へ心操への印象を改めて聞く者はいなかったが、気にしていないだろうとは思っていた。今の状況を見るに、砂藤たちの見解は外れていないようである。
(俺らに遠慮でもしているのか?)
がしがしと頭を掻いて、砂藤はもう一度二人を見やった。
心操が、机の上に置いた尾白の手へ、自身のそれを重ねた。それに気づいた尾白は動かしていたペンを止め、チラリと心操を見やる。どことなく優し気に目を細めて、心操は重ねた尾白の指を持ち上げて、絡めるように指を組んだ。尾白は少し頬を染めて、口元を緩めた。
すとん、と砂藤の胸に納得の二文字が落ちた。周囲の目を気にする理由は、砂藤が考えていたものとは全く別のところにあったのだ。
(そりゃ、誰にも見られたくないか)
小さく吐息を漏らして、砂藤は手に持ったままだった本を棚へ戻した。あとは自室でネット検索してレシピを見繕うことにした。
二人だけの秘密の場所を知ってしまった詫びとしても、尾白には特別甘いケーキを作ってやろう。そう心に決め、砂藤は忍び足でその場を離れた。
後日完成したレモンのパウンドケーキは、大変好評だった。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -