20171228
・お題「夢」
・深層心理で尾白としっかり向き合いたかった心操

目を開けると、赤い鳥居が作る道の上に立っていた。
「ここは……」
日が傾いた森の中か、山の中か。少なくとも、心操に覚えのある場所ではない。なぜこんなところにいるのか、とんと検討がつかなくて、心操は思わず頭を掻いた。自身の恰好は無地Tシャツと短パンという、ラフなもの。寝ぼけてもこんなところへやってくる服装ではない。
「りん」
鈴の音。視界の端で白い尾が翻る。ハッとして心操が顔を上げると、尾は隠れるように鳥居の影へ引っ込んだ。慌てて心操は尾の隠れた鳥居へ駆け寄り、後ろを覗きこむ。しかしそこには何もおらず、木から剥がれた葉が一枚、落ちているだけだった。
「今の……」
狐、か。そう思ったのは、鳥居があるという先入観からだ。少し黄色の混じった白い尾は、心操を誘うように動いていた。
「狐に化かされたのか……」
思わずそんな言葉が零れた。それに否と返すように、また鈴の音がした。心操はハッとして振り返る。白い尾が、揺れていた。
「残念でした」
白いTシャツに淡いブラウンの短パン。靴下すら履いていない素足で、小石だらけの地面に立っている。見たことある、背格好だった。顔には歌舞伎や祭事で使われていそうな猿の面で隠されていて、見得なかったが。
「さる……」
くすくすと笑い声が聞こえる。それと一緒に鈴が何度もリリンと鳴るから、まるで鈴が笑っているようだ。猿面は尻尾を振って踵を返すと、道の奥へ駆けだしていく。
「あ、おい!」
心操は慌てて後を追う。裸足で歩くには小石が多すぎる道だ。靴を履いていないのは向こうも同じ筈なのに、まるで羽根でもついているようにピョンピョンと飛び跳ねていく。
「くそ、本当に猿かよ!」
悪態をつきながら、心操はぎこちない走り方で必死に後を追った。
「はは」
やがて猿面は坂の上で立ち止まり、下の方にいる心操を見下ろした。心操は足を止め、肩を上下させて呼吸を繰り返した。
「お前……誰だ」
「誰だなんて。分かっているくせに」
「……なんでアンタがこんなところに」
「俺の夢に出てくるのかって?」
心操は口を噤んだ。これが自分の夢だということは、薄々勘付いていた。何処とも知れない山の中、裸足で立っているなんてあり得ない状況だ。明晰夢という単語が、心操の頭の中をグルグルと回っていた。だとしたら、今目の前に立つあの猿面は。
「さる……」
心操が掠れた声で呟くと、猿面は少し微笑んだように雰囲気を和らげた。それから手で面を少し持ち上げて、口元を覗かせる。
「違うだろ、心操」
言うべき言葉は、言いたいことは、それではない筈だ。
「何を……」
戸惑う心操を余所に、とった猿面を宙へ放る。くるりくるりと回転するそれを、心操は思わず目で追った。
「お前がそう望んだんだろう、心操」
今になって気づく。彼は、そんな声ではなかったと。

「っ」
悪夢からの目覚めは、息が詰まる。まるで高い処から放りだされたような浮遊感と、水から引き上げられた息苦しさに身を縛られながら、心操は飛び起きた。時計を見れば、時刻は深夜3時を回ったところ。大きく息を吐いて、心操は立てた膝へ額を擦りつけた。汗が気持ち悪かったが、動く気にもなれなければまた眠る気にもなれない。
「……なんて夢だ」

「ははあん、それはつまり恋、ですか!」
びしり、と突きつけられたスパナ。心操はスと指でそれを横へ動かし、冷え切った目を向けた。しかし相手はまん丸と開いた目を動かすこともせず、カラカラと笑って動かされたスパナを手元の――彼女曰くベイビーへと振り降ろした。
「言いたかっただけです!」
「そうか……」
心操が彼女、発目明と知り合ったのは体育祭だ。曰く「ヒーローたちから注目された普通科のあなたにベイビーを使ってもらえたら、私のベイビーたちの注目度が一層上がります!」ということらしい。心操はあまり気のりしないが、たまに無理矢理工房へ連れ込まれ、こうして新作を見せつけられる。
「もういいよ」
今日の新作は、と意気込む発目へ水を差し、心操はポケットへ手を入れた。
「普通科の俺を相手するくらいなら、もっとヒーロー科に力入れてやれよ」
渡されたガスマスクのように口元へ取りつけられる拡声機を置き、心操は発目へ視線を戻した。彼女は、彼女自身にしては本当に珍しく顔を顰める。その崩れ具合に、心操は思わず肩を揺らした。
「分かってない、分かってないですねぇ!」
発目はすぐにいつもの笑顔と瞳の奥にギラリとした光を宿して、心操の眼前へ指を突きつけた。
「別にいいんですよ、あなたがヒーローになろうがなるまいが。あなたが普通科のままなら、私のベイビーは一般人用の護身用具として世に名を広めるでしょう! ヒーローになれば一般人をヒーローへ導いた立役者として注目されるでしょう!」
発目は大きく腕を広げる。工房の隅の方から、「うるさいぞ」と呑気な声が聴こえた。しかし彼女は気にせず、ズズイと心操との距離を詰めた。
「それに私は確信しています。あなたを軸にしてもっと多くの人にベイビーを広めることができると」
「は……?」
「普通科には勿論のこと。実はヒーロー科にもまだ、自分の戦闘スタイルには不要だと、サポート科の技術を断る方がいましてねぇ。卒業後のためにも、その数人を取り合っている最中なのです」
在学中からパイプを作るという意味で、ヒーロー科もサポート科も繋がりを持ちたいと思うのは自然だ。発目はそのパイプ作りに心操を利用していると言う。そんなことをしなくても、既に飯田や緑谷という上客を捕まえていると聞くが、野望高い彼女は満足しないのだろう。
「……だから、俺はいいって!」
「いいじゃん、物は試しだよ」
外から騒がしい声が聴こえてくる。心操から身体を離し、発目は「おやおや」と興味深げに扉を見やった。
「こんにちはー! ヒーロースーツの改良をお願いに来ました!」
「だから俺は……」
勢いよく扉を開いたのは女子制服――を着た透明人間。お陰でその背後にいた困った様子の男子生徒がよく見得た。
「……あ」
心操が声をかける間もなく、男子生徒は踵を返し全速力で駆けだす。
「尾白くん!?」
「おやおや?」
「……悪い、発目。また来る」
おざなりに声をかけて、心操も後を追った。
夢とは違い平らなリノリウムの床を、上靴を履いた足で走る。しかし相手は格闘技を主戦法にするほどの体力自慢。止まりかける足を何度も叱咤して、心操は走った。少し見得ただけの相手の顔が、網膜に焼きついて離れない。目元が、少し黒ずんでいた。
「……――っ」
ぱし、と手を掴めたのは本当に偶然で、滅多にない奇跡だった。たたらを踏んで尾を支えにする彼は、ビックリした顔を心操へ向ける。
「……やあ、どうかした?」
何事もなかったように目元を緩めて、尾白は笑う。やっぱり、その目の下にはパッと見て分かるほど黒ずんでいた。
「……っ」
心操は呼吸の苦しさに耐え切れず、上体を丸めた。手を離さないよう、そこへ力だけはこめて。
言いたいのは、言わなければならないのは。
「――尾白」
心操が掠れた声で呼ぶと、尾白はピクリと身体を揺らし、自由になっている腕で顔を覆った。心操はやっとストンと何かが落ちた心地がして、口元を緩める。
「尾白」
遠くで、鈴が鳴った。正解だと、笑うように。
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