20171227
・お題「キスがしたい」

キスの合図。例えば相手の服の裾を少し引くとか、唇を舐めて見つめるとか、そっと抱きつくとか。恋愛を冠にした話によく登場する。それは得てして、少女の憧れとなることが多いわけで。
「やっぱり顎をこうクイと上げる、でしょうか。往年のラブストーリーでは鉄板ですわね」
「あー、王子様とお姫様でよくやってそう! 私は、壁ドンかなぁ。この前映画見ちゃって、超ドキドキした!」
そんな女子のキラキラとした会話が聞こえてきたのは、とある日の夜。早い者は既に風呂を終え、ベッドに潜りこんでいるだろう。丁度風呂から上がった尾白は、まだ若干湿っている髪にタオルを宛がいながら、ふと足を止めた。
「何の話?」
「お、尾白も興味ある?」
ラフな恰好をした芦戸が、ソファの背凭れへ後頭部を乗せるように尾白を見上げる。八百万は下ろした髪を肩へかけ、少し恥ずかしそうに頬を染めた。
「芦戸さんが貸して下さった少女漫画に、恥ずかしながら夢中になってしまいまして……」
「こってこてのラブストーリーなんだ。それで、どんなきっかけでキスされたらドキドキするかなって話しててさ」
「それはそれは……」
ちょっと男の身としては甘すぎる会話に首を突っ込んでしまったかもしれない。身を引きかける尾白を逃がさないとばかり、芦戸は身を反転させると、背凭れの上へ腕を置いた。
「尾白はどう? どんなシチュエーションでキスされたい? したい?」
「え、えっと……」
八百万までキラキラとした目を向けてくる。勘弁してくれ! と叫び出したいのを何とか堪え、尾白は引き攣る頬で笑みを作ると宿題がまだ残っているからと足早に部屋へと戻った。
「少々、失礼でしたでしょうか」
尾白の背中を見つめながら、しゅんと八百万は項垂れる。気にしない気にしないと笑い飛ばして、芦戸はソファへ座りなおした。
「案外今頃、自分の身に置き換えて考え直しているかもよ」
ニヤリと笑う芦戸に「まぁ」と八百万も頬を赤らめて口元へ手をやった。

キスの合図。思えば、心操とそういった仲になったものの、明確な合図はなかった。
(どうやってしていたっけ……)
放課後、心操の部屋で課題をやりながら、問題集へ集中する心操の横顔を見つめ、尾白はそっと頬杖をついた。暫く心操の横顔を見つめていると、自然と視線は口元へいってしまう。同時に生々しい感触まで蘇ってきて、心操が顔を上げると慌てて、尾白は手元へ視線を落とした。
「……なに」
「いや、ごめん。ちょっと集中力切れた」
真面目にやるよ、と手の平を向けて、尾白は問題集の文字を目で追う。心操は不思議そうに少し赤くなった尾白の顔を見つめた。尾白は問題に悩んでいるのか、眉を顰め、シャープペンシルを揺らす。やがて下唇を押し上げるように、シャープペンシルの尻を押し付けた。
「……」
ふにふに、と薄い唇が形を変える。この頃にはすっかり尾白の雑念も消え、彼は問題を解くことに集中していた。だから頭に影が落ちたことにもすぐには気付かなかった。肩へ手を置かれ、「おい」という声で集中が切れ、尾白はキョトンとした顔で心操を見上げる。
「……」
何かを言いたげに心操の口が小さく開く。しかし何か言葉が聴こえる前に、心操の唇は尾白のそれに噛みついた。
「……!」
何も反応を返せなかった。ポカンとしたまま、尾白は離れて行く心操の顔を見送った。ペロリと自分の唇を舐め、心操は居住まいを正す。
「……何、急に」
「したかったから」
「……そう」
何だか、拍子抜けだ。己のやましい心を見透かされたのかと思ったし、そんなことを悶々と考えていた自分が馬鹿みたいだ。大きく息を吐いて尾白は机へ頬をつける。そんな彼を不思議そうに見ながら、心操は頬杖をついた。
「それにアンタ、キスして欲しいとき、唇弄るだろ」
つん、と心操の人差し指が尾白の唇へ触れる。尾白はカッと頬へ血が昇るのを感じながら、顔を上げた。
「うそ!」
「なくて七癖ってな」
「じゃあ、心操のキスの合図は?」
「何だよキスの合図って……」
詰め寄る尾白に溜息を吐いて、心操は彼の鼻を軽く摘まんだ。ふが、と音を立てて尾白は顔を顰める。
「そんなの、見つければいいだろ」
あ、とまた口を開き、心操は尾白へ顔を近づけた。
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