妖姫歌(6)
「…っ…」

身体中が痛い。けれど、誰か人を呼ばないと。痛みで息が止まりそうになりながら、腕を伸ばす。と、その腕を伸ばす先に誰かが立った。その人物の、月影に隠れて見えない顔を見上げ、目を細める。

「…たす…け…て…」

小さく呟いて、降旗は意識を手放した。まだ、まだだ。まだ、立ち止まるわけには、いかない――――――――――



「…ん」

日向が目覚めると、そこに広がっていたのは馴染みの宿屋の天井だった。

「気が付いたか」

声の聞こえるまま首を横へ向けると、頬に大きな布を貼った伊月が安心したように微笑んでいた。彼の姿が横向きに見えていて、そこでやっと自分は寝かされていることに気が付いた。途端に、甦る記憶。

「黒子…っ!」

起き上がろうとした日向はあまりの苦痛にそれを阻まれ、呆れた伊月によって布団を被せられた。

「馬鹿か。他人より自分の心配しろ」
「…るせ」
「…オレを庇うからだ」

伊月は唇を噛み締める。

「…オレの為に誰かが死ぬのは嫌だ」
「けどその為にオレは在る」
「嫌なんだ。そういう役目とか、身分とか」
「お前が否定してもそれは在る。お前はこの国にとって必要な人間なんだぞ―――――日向」

伊月は吐き捨てるように言うと、荒々しく音を立てて部屋を出ていった。

「……本当に、そうなのか……?」

日向は掌を見つめ、グッ、と握りしめた。



火神は宿屋の裏口に座り込み、呆然と空を見上げていた。身体中に巻かれた白い包帯。別に痛みは感じない。吸血鬼の血が、回復を早めているのだ。何時ものことなので、恐れは感じない。寧ろ真に恐るべきなのは―――――

「…っ」
「火神くん」
「!」

突然声をかけられ、火神は文字どおり飛び上がった。裏口から出てきたらしい黒子は、無表情に頭を下げる。

「大丈夫ですか?」
「ああ…」

ふと目に映った、首に巻かれた白い包帯。火神は思わず目を逸らした。彼の視線に気が付いたのか、黒子はああ、と頷いて首を手で押さえた。

「気にしなくていいですよ。…慣れてますんで」
「…は?」

火神が思わず聞き返すと、黒子は彼の隣に腰を下ろして空を見上げた。

「ボク、どうも魔族の類いを惹き付けやすいらしくて」

彼らは言った。お前の血が、魔族の力になるのだ、と。

「それを飲んじゃったんです。正気を無くしても仕方ないです」

火神は口をつぐんだ。違う。そんなことを、言いたかったのでは、ない。のに。言葉が見つからなくて、火神はまた、目を逸らした。代わりに、水色の頭を撫でてやる。
静かな其処を、一陣の風が吹き抜けていった。



「ホントに…よかった…」

言い終えぬうちに込み上げる涙に耐えきれず、降旗はシーツに顔を埋めた。そのシーツのかかるベッドに寝ていた福田は、上半身を起こして、彼の頭を叩くように撫でた。

「平気だって」
「そーそ。オレら、頑丈なのが取り柄なんだからさ」

隣のベッドに寝そべる河原も同意する。二人の額や頬、腕は包帯で白くなっていた。魔族との戦いの傷は、浅いものではない。
鼻を啜って、降旗は顔を上げた。二人の笑顔に安心するも、やっぱり包帯の白が目について、目頭が熱くなる。誤魔化す為に福田にタックルをかけて抱き付いた。

「仲良いな」

呆れて溜息を吐いて、それでも優しい眼差しで、福田は降旗の頭を撫でる。その様子に苦笑しつつ溢された言葉に、河原も苦笑を返した。

「いつもッス。…それより、ありがとうございました、コガ先輩」

河原が頭を下げると、窓辺に立っていた猫目の青年―――小金井はうんにゃ、と手を振った。

「たまたま迷ってたら、お前ら見つけたってだけ。ぐーぜん」

旅をしているという彼は、この近くの山で迷ってしまった。あちこち小さな傷を作りながらやっと街に降りたところ、倒れている降旗達を見つけたというのだ。到着の遅い伊月を心配して探しに来ていた土田と出会い、今に至る。

「けど、助かりました」

ありがとうございます。河原は折った膝に拳を乗せ、深く頭を垂れた。



「ホントに良かった…」

日向の包帯を取り替えながら、土田は沁々と呟いた。

「大袈裟だ」
「そんなことはない。お前がいなくなったら困るよ」

土田の言葉に、日向は眉間に皺を寄せた。



「さて」

黒子は立ち上がった。彼を目で追って、火神は囁くように訊ねた。どうかしたのか、と。その、決意を秘めた空色に。

「決めたんです」

少し悲しげに目を伏せて、けれどしっかりと、黒子は言った。

「この国を、出ます」
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