20171223
・お題「ありがとう」
・迷走はいつものこと。(震える声)

「ありがとう」
脈絡もなく告げられた言葉に、心操は思わず手を止めて彼を見返した。何の前置きか、布石か。悪い方向へ思考が動いてしまうのは、染みついてしまった性質故だ。心操の疑心など知らぬ存ぜぬ様子で、言葉を告げた尾白本人はのんびりとこたつで暖を取っている。
「……いきなり何」
木椀へは蜜柑が山となり、もう詰めそうにない。足元の段ボールにはまだ半分ほど残っているが、今はこれで良いだろう。心操は折っていた膝を伸ばして、尾白の傍らへ腰を下ろした。でんと積まれた蜜柑を見て、尾白は少し顔を歪めたが文句は言わず一つをとって皮を向き始めた。そこで心操はピンとくる。
「……ああ、蜜柑のことか」
「は?」
かし、と一房へ前歯を立てた尾白が、心操を見やる。吹き出した汁が指を濡らしていた。心操も一つ蜜柑を手に取って、皮を向いた。
「いきなりありがとうなんて言うから、何かと思った」
適当に半分に割って、二房ほどまとめて口へ放りこむ。染みるような酸味に、顔が歪んだ。実家から送られてきたものは、少しまだ青かったらしい。じゅ、と指に乗った汁を吸った尾白が、「ああ」と納得したように声を漏らす。
「蜜柑のことじゃないけど」
何のことか答えず、尾白はもしゃもしゃと蜜柑を頬張りながら尾を揺らした。心操はまた手を止め、テレビへ集中しているらしい彼の横顔を見つめる。
「……じゃあ、なんだよ」
何だか焦らされているようなジリジリとした疼きを感じ、心操は眉を顰めた。少し膨らんだ頬を動かしながら、尾白は口元を指で拭う。
「何となく」
「はあ?」
意味が分からない。心操が心からそう呟くと、尾白は何が面白かったのかケラケラと笑って、尾でカーペットを叩いた。
「どういうことだよ」
心操が重ねて聞いても尾白は答えず、ゴロリと寝転んだ。
「おい!」
たん、と手をついて寝転ぶ尾白の顔を覗きこむ。仰向けになった尾白の顔には心操の作った影が落ち、瞳や髪の色を暗く見せた。苛立ちや焦燥感とは違う何かが、心操の胸をジリリと焼いた。
「だから、何となくだって」
クスクスと笑って、尾白は心操の頬へ手を伸ばす。ちょん、と指の腹で触れ、それから割れ物を包むように手の平を添える。耳元へ垂れた紫の髪を指で弄り、尾白は目を細めた。
「何となく?」
心操は頬へ添えられた手を包み、外すわけでもなく尾白の好きにさせた。尾白は頷く。
「雄英に入学して、心操と出会って……体育祭では一杯食わされて」
「……謝らないぞ」
「別に良いよ」
尾白はクスクスと笑うが、心操はバツが悪そうに小さく顔を顰めて視線を逸らした。
体育祭後は他者から確執めいた関係だと囁かれることも少なくなかったが、いつの間にかこんな仲になるなんて、春には想像すらしなかった。
「体育祭の後、文化祭、夏休み……心操と一緒にいたときのことを思いだしていたら、何となく言いたくなってさ」
「……前からうすうす思っていたけど、アンタって高校生らしくないところあるよな」
「どういう意味だよ!」
ぽすぽすと、尾で心操の後頭部を叩く。心操は添えられていた手から手を外し、尾白の少し膨らんだ頬を撫でた。尾白は少々腑に落ちない様子だったが、薄く頬が赤くなっているからまんざらでもないのだろう。す、と皮の厚くなった指で目元をなぞると、擽ったそうに身を捩る。
「俺も……」
「え?」
尾白に訊ね返され、心操は僅かに口を噤む。それから顔を寄せた。
「俺も、」
「おーしろ!」
集合だ集合だ、映画を見よう!
そう騒がしい音を立て、部屋の主の許可も得ず扉を開いた無礼者が、甘く溶けかけた空気を蹴り飛ばした。
「……」
「あ、えっと……」
「へ?」
びし、と映画のパッケージを突きつけた上鳴は、予想だにしなかった風景に、先ほどまでの勢いは何処へやら、目を丸くした。心操は舌を打ち、尾白は乾いた笑い声を漏らす。上鳴の足元で腕を組んだ峰田が顎を撫でながら、
「もう姫始の準ぐは!」
「お邪魔しました!」
峰田の顔面にクッションがクリーンヒット。上鳴は慌てて扉を閉めた。素早い動きで起き上がってクッションを投げた心操が、肩を上下させて呼吸をしている。身体を起した尾白は、どう言葉をかけたら良いかわからず、小さく笑いながら頬を掻いた。
「はは……賑やか、だろ?」
来年も楽しそうだ。呑気にそんなことを呟く尾白。心操は唇を噛んで膝を叩いた。
「ああ……いろんな意味で心配なほどにな!」
遠くで、鐘の音が鳴り始めていた。
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