20171202
・お題「忘れ物」
・ヴィラン尾白、ヒーロー心操。捏造というか趣味満載。
・書きたいものを繋げた感じです。

筋肉の繊維が千切れ、心臓が高鳴り、身体中の熱があがる。それでも構わず、心操は走った。何度か角を曲がり、建物の隙間を抜けた先、ようやく求めていた背中と尾が見得た。乾いた口を唾で潤し、心操は叫んだ。
「尾白ぉ!!」
ぴくり、と肩が揺れ、彼が――尾白が振り返る。「心操」と、その口が名を呼んだ。残り数メートル。心操はまた唾を飲みこみ、腕を伸ばした。
「来い!」
びっしょりと汗をかいた、傷だらけの不格好な手。顔も汗まみれで余裕の欠片もない。なんて無様なのだと、頭の片隅でまだ冷静な自分が笑った。足がもつれそうになる心操を見て、尾白は笑わなかった。あ、と自分の声が出たことに少し驚いたようで、しかしすぐにくしゃりと顔を歪めた。
「なんで、個性、使わないんだよ」
少し泣いているような、声だった。そのまま黒い扉の奥へ消えていく尾白を、心操は見送るしかなく、手が触れる前に扉も霧とかき消えた。



黒のチャイナ服は組織のタイプと己の立ち位置を鑑みて用意したものだが、いまだに着慣れない。少々恰好つけすぎたのではないかと不安になる。肩が張っているような心地がして、尾白が何度も肩を揺らしていると、突然、アジト内へ警報が鳴り響いた。
「何だ!」
ざわつくアジト内。走り回る下っ端を一人捕まえて事情を聞けば、ヒーローたちの襲撃にあったと言う。まさか、と尾白は心から叫んだ。『まだ時は早すぎる』――。立ち尽くす尾白の腕を払って駆けだした下っ端は、角を曲がった途端「ぐえ!」と叫んだ。次いで何かが倒れる音がし、尾白は身構える。
「ダセェ恰好してんな」
気絶した下っ端の身体を蹴り上げて現れたのは、爆豪だ。思わず「ばくご、」と呼びそうになって、尾白は慌てて口を噤んだ。今彼はヒーロースーツ姿であるし、そもそも尾白はヴィラン側である。爆豪勝己としてではなく、ヒーロー爆心地として接しなければ。爆豪はしかし舌打ちをして尾白を睨むと、その隣を通り過ぎて行った。あまりに自然な動作で、尾白も見送ってしまう。
「待てよ、爆心地!」
烈怒頼雄斗まで来ているのか。尾白は顔を歪めた。砂ぼこりのついた顔を見せた彼は、尾白を見つけると、驚き、少し安心したように微笑んだ。それから少し後ろを向き、こちらだと誰かへ声をかけている。
「俺は爆心地を追うから」
あとはよろしく! と切島は誰かへ言い捨て、爆豪と同じように尾白の横を駆け抜けて行く。尾白は嫌な予感と冷や汗が止まらず、彼らの後を追うように踵を返した。
「待てよ」
ヒクリと喉が震え、足が止まった。返事をしていないから、個性にはかかっていない。立ち止まってしまったのは、尾白の精神的な問題だ。
「こっち向けよ。個性は使わない」
こつ、とすぐ後ろで足音が止まる。渋々腕を下ろし、尾白は振り返った。
「……心操」
「よお」
口元へ取りつけた拡声機を首へずらし、心操は襟足のあたりを掻く。尾白は努めて平静を装うと、顔を引き締めた。心操はじろりと尾白の恰好を頭から爪先まで見回し、「ほんとダセェ恰好」と呟く。
「……それを言いに来たのかよ」
あのときの心操だって、ダサい姿をしていた。尾白がそう揶揄すれば、違いないと心操も同意する。
「それだけじゃないけどな」
「……俺を倒しに来たんだろ?」
口端を持ち上げ、尾白は腰へ手をやる。心操は肩にかけていたバッグを下ろし、口を開くと中身を尾白へつきつけた。
「!?」
視界へ迫る白いそれに思わず目を細め、尾白は尾で払い落そうとするが、寸前で思いとどまった。『それ』が何か、分かったからだ。ぽすり、とそれを尾白の胸へ押し付け、強張る手に無理矢理握らせる。
「忘れ物」
尾白の、ヒーロースーツだ。部屋のものは殆ど片付けたが、これだけはどうしても捨てることができなかった。微かに震える唇を噛みしめ、尾白はぐいと心操の胸へそれを押し返した。
「俺は、今、ヴィランなんだぞ」
「知ってる」
「だから」
「あんたがそうしなきゃいけなかったことも、全部知ってる」
心操の言葉に目を丸くし、尾白は彼を見つめ返した。心操は相変わらず少し眠そうな顔で、ドクドクと血液が流れて熱い手で、尾白の手を握りしめた。
「スパイなんて、あんたのガラじゃないだろう」
擬態が得意なヒーローも、そもそも透明なヒーローもいる。彼女らの方が、よっぽどスパイ向きだ。尾白は大きく息を吐いて、ズルズルと座りこんだ。尾白の手を握っていた心操も、つられてその場へ座りこむ。
「なんだよ、そこまで知ってんのか……」
ガックリしたように息を吐く様子は、いつもの尾白だ。緊張を緩め、尾白は心操を見やった。
「爆豪たちもだよな……障子が喋ったのか?」
「俺が問い詰めたんだよ」
そっか、と尾白は残念そうに、しかしどこか嬉しそうに呟く。
始まりは、尾白と障子が遭遇したとあるヴィラン組織の幹部からの誘いだった。障子は気絶した振りをし、複合腕をこっそりと伸ばして様子を伺っていた。腕を怪我した尾白は、慎重に言葉を重ね、ヴィランの気を引いていた。そんな尾白の何を気にいったか、ヴィランが誘いをかけてきたのだ、こちらの組織へ入らないかと。新設のため名だたる犯罪組織と規模も脅威も劣るが、その残忍さはいつか平和を脅かす存在へ昇華してしまうのではないかとの懸念されていた。だからこれはチャンスだと、尾白は思ったのだ。動こうとする障子を押さえつけて、諜報の技能など得意ではないにも関わらず、尾白は頷いた。
その経緯は既に事務所や昔馴染みの警察署員へ伝えている。ヒーロー側の情報を欲しがったヴィランの信用を確固たるものにし、また攪乱方法や細かい計画を立ててから、尾白はあの日図らずも心操の目前で姿を消したのだ。
「馬鹿みたいじゃん俺……」
「汗だらけで走り回った俺の方が馬鹿みたいだろ」
「……ていうか、計画聞いたなら、放っておいて欲しかったんだけど」
ジト目を向けるが、心操はサラリとそれを受け流した。組織の構成、各人の個性、アジトの見取り図、目的――尾白は十分な情報を既に手に入れ、ヒーロー側へ流している。これ以上、こんなところにいる理由もないだろう、と心操は事も無げに言って立ちあがった。正論だが、計画ではもう少し留まり、内部を混乱させる予定だったのだ。それを、心操は爆豪たちを連れ、こんなに滅茶苦茶にしてくれた。
「計画どうこういうタイプか、アンタが?」
「俺だって頭脳戦もやるよ」
本分ではないが、と小声で付け加えて、尾白も立ち上がる。いつの間にか心操から渡されたヒーロースーツは、尾白の手に握られていた。
「さっさとそれに着替えろよ」
「はあ?」
「アンタはヒーローだろ?」
心操は拡声機を付け直し、耳へかけたゴムを弾いた。
「その服、似合ってないぜ」
心操は少し口早に言うと、尾白へ背を向け歩き出す。意外な言葉に目を瞬かせた尾白は、手にしたヒーロースーツへ目を落とす。
「……ま、しょうがないか」
すっかり諦め、尾白は苦笑した。

「しかし意外だったよな」
「あ?」
「心操だよ、心操」
あんなに熱い奴だとは思わなかった、と切島は煤けた頬を手で拭う。ボ、と汗腺を爆発させ、爆豪は足を止めた。
――頼む、手を貸してくれ。
「……クソナードばかりだろ」
「はは、相変わらずだな、爆心地」
「うっせ」
爆豪たちの姿を見て、敵の一人が逃げ出す。それを追いかけていく背を見送っていると、切島の視界の端で白と黄色の何かが横切った。それが何かすぐ分かった切島は苦笑する。
「やっぱりそっちの方が向いてるぜ、テイルマン」
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