20171125
・お題「勇気」
・だんだんよくわからなくなってきた

勇気とは度胸。いつか、尾白はそんなことを言って、握った両拳を腰のあたりで構えていた。踏み出す一歩、飛び上がる一押し、伸ばす一瞬。それは大きく影響する、と。そのときは適当に相槌を打って聞き流していた。
身の丈に合わない勇気は、無謀だ。己の力量を見誤って飛び出しても、救えるものなどなに一つない。馬鹿な無謀者。心操は包帯でベッドに縛りつけられた尾白を見下ろし、切々と説教した。普段の彼らしくない饒舌さに、尾があるためうつ伏せになっていた尾白は、さすがにまずいことをしたなと反省していた。尾白の手足は勿論、尾も頭も包帯で巻かれており、その上固定されているので、彼の動かせる関節と言えば首くらいのもの。何とか枕へ左耳を埋めるように動かして、「ごめん」と一言。
心操は息を吐いて言葉を止め、「……分かればいい」と椅子へ腰を下ろした。心操の饒舌は、不安の象徴だ。ヘマをしたのは完全に尾白の力量不足で、心操の説教に反論はない。だと言うのに、怪我をした当人よりも心操の方が傷ついた顔をするのだ。それが少しおかしくて、尾白は小さく笑った。心操は目敏くそれを見つけて、更に説教を続けようとする。尾白は慌てて「ごめん、ごめん」と言葉を重ねた。
「あんたのその勇気は、俺は嫌いだ」
膝の上で手を握りしめ、心操は呟いた。尾白はそんな彼の少し俯いた顔を見つめたまま、前はそうでもなかったよと、心の中でだけ返した。忘れもしないUSJ襲撃事件では、一人火災ゾーンでヴィランたちに囲まれた。あのときは他のメンバーも一人にさせられたと思いこんでいて、けれど目前の敵を一掃して手助けに駆けつけようと思えるほど、自分に自信はなかったし、博愛でもなかった。この場を乗りきればプロヒーローが助けてくれると、ひたすらヒットアンドランを繰り返していた。それが今はどうだ。あの頃は自身の実力とそれに見合う行動を測れていたのに、今は相性の悪い個性相手に勝算もなく立ち向かって、結果このざま。飯田たちが駆けつけてくれていなかったら、危なかった。そんなことになったのは緑谷たちの影響が少なからずあるのだが、無謀なことをしてしまったのは一重に焦っていたからに他ならない。経験、個性――少しずつ、他のA組メンバーから遅れをとっている、そんな気持ちになったからだ。
ぐるぐるとそんなことを考えながら、手土産を机へ並べる心操を眺める。するとこちらの視線に気づいた心操が、ぎょっとした顔をして慌てたように尾白の頬へ手を伸ばした。
「何で、泣いているんだよ……」
心底困惑した声だった。痛むのかと聞きながら、心操は尾白の目尻へ指を滑らせる。尾白は「え」と溢して動かない指の代わりに表情筋を少し動かした。視界が僅かに歪んで、生温かい何かが頬に触れる。それを、心操の指が拭った。
「なんでだろ……」
「俺が聞いているんだよ……」
心操は「ええー……」と声を漏らして手を引くと、今度は少し乱暴にハンカチで頬を拭う。摩擦で、少しヒリヒリとした。
「俺は、臆病で、弱い、から」
思わずそんな言葉が口から零れていた。心操ははっきりと、意味が分からないと言いたげに顔を顰めた。
「それは、いまだにあんたに体術で勝てない俺への嫌味か?」
「そういうつもりじゃ……」
「あんたは強いし、臆病なんかじゃないよ」
ぽふ、と額を手の平が覆う。少しカサついた手の温もりに目を細め、尾白は口を曲げる。どこかがと言いたげな顔だ。自分の実力を信じて、それ故プライドが高い。体育祭での所感は、そんなところだった。己の力を過信していつか自滅するタイプだと、そのときの心操は思っていた。しかし尾白は自身の実力と状況を秤にかけることができる、ある種諦めやすい男であると後から知った。それが最近では食いついて足掻こうとしているのだ、良い傾向なのではないだろうか。
「焦るなよ。俺に告白したときの方が、よっぽど勇気に溢れていたと思うけど」
心操はニヤリと笑って、耳元へ流れた尾白の髪を指で少し掬う。撫でるような仕草と悪戯っぽい笑みに、尾白の顔へカッと血が昇った。尾や手でポカリと殴りたいのに、固定された身体ではそうもいかない。真っ赤な顔で震えるだけの尾白を見やり、反撃の心配もなく動けない彼をからかい尽くすこの状況が、中々に楽しめるのかもしれない。そう思い至った心操の心に、ムクリと悪魔の角と尾が生える。
「……目覚めそう」
「何にだよ!」
お前も変わったよ、と真っ赤になった顔で尾白は噛みついた。可笑しな方向に吹っ切れてしまうとは、誰も想像できまい。
「勇気は度胸なんだろ?」
「そんなことに踏み切る勇気は要らないと思う」
顔を横に向けたうつ伏せの状態の尾白。心操は彼が唯一動かせる首元を手で抑え、そっと身をかがめる。
「しんそ」
そして、まだ可愛げのないことを言いたげな口を、その言葉ごと吸いこんだ。
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