20171111
・お題「プレゼント」
・息をするように捏造していく(=趣味を捻じ込んでいく)スタンス
・たぶんつきあってない

「これ」
しゃりん、と涼やかな音が立つ。心操が差し出したのはガラスを組み合せたモール。風や振動で風鈴のような音を立てるお洒落なものだ。「……ありがとう」キョトンとしたまま、感情のこもらぬ平坦な声が出てしまった。しかし脈絡なく突然手渡されたのだ、しようがないと大目に見てほしい。
大人しく尾白が受けとると、心操はどこか満足げに息を吐いて、窓のところにでも飾っておくよう言った。貰ったものであるし、そこまで趣味とかけ離れているデザインでもないから、「ああ、そうするよ」と尾白は頷いた。その言葉通り、尾白はそれをカーテンレールの端にかけている。
思えば、それが始まりだったかもしれない。その日を境に、心操から立て続けにプレゼントを贈られるようになったのだ。
ふわふわと手触りの良いクリーム色のラグマットは、ローテーブルの下へ敷いても二人分は座るスペースがあるほど大きいもの。心操の好みでもあるようで、訪問した際は真っ直ぐそこへ腰を下ろすようになった。
ビーズの入った不思議な触り心地のクッション。これは心操も色違いを持っていると言っていた。
モノクロカラーの写真立て。特に入れるものが思いつかなかったので、隙をついて心操と撮ったツーショットを入れたのだが、本人からは盛大に変な顔で見られた。
何やら英文字と数字が模様として描かれたウォールポケット。使い方が分からないと言ったら、お洒落な缶バッジやおすすめの曲を入れたというCDもくれた。それらはウォールポケットにつけたり入れたりして、部屋の一部になっている。
他にも本棚に使えと三段ボックス――さすがに悪いと言ったが、安物だからと押し切られた――に、猫の尻尾が持ち手になったマグカップ――これまた心操とお揃いだ――毛並を整えるためのオイル――香水のように匂いがついていて勘の良い葉隠には問い詰められた――等々、気が付けば部屋は心操から贈られたもので彩られつつあった。
「なんか、うまいこと踊らされている気がする……」
まさか新たな洗脳能力なのだろうか、などと焦燥したのも僅かな刻。心操があまりにも自然にプレゼントを渡してくるから、尾白もズルズルと受け取り続けていた。
葉隠にそれをポロッと言ったら、見得ないが渋い顔をしながら「餌付けされているみたい」と微妙な回答をいただいた。成程と納得してしまった尾白は、そんなことをする心操の目的を図りかねていた。
「……何か、欲しいものでもあるのか?」
「はぁ?」
いつものようにフワフワのラグマットに腰を下ろしてクッションを抱え込み、猫のヌイグルミを弄っていた心操は、手を止めて尾白を見上げた。紫色のパーカーの袖を少しまくり、尾白は湯気たつマグカップを二つ、ローテーブルに置いた。揃いのマグカップには一階の食堂で淹れてきた紅茶が入っており、その琥珀色の水面を見つめながら、尾白は心操の隣に腰を下ろす。
「急に何」
「んー」
自然な流れで心操からクッションをとると、心操も自然な動作でパーカーのフードを尾白にかぶせる。フードには猫のような耳がついていて、お察しの通りこれも心操からのプレゼントだ。さすがに外へ着ていくには恥ずかしいデザインだったが、折角貰ったものを着ないのも悪いと、尾白は部屋着に使用している。
フラフラと尾を動かすと、まるで耳も連動しているように錯覚する。ぼんやりそんなことを考えながら、心操はマグカップを取った。
「心操はいろんなものをくれるのに、俺は何も贈ってないからさ」
どうせ贈るなら、本人が望んでいるものが良い。心操は紅茶で喉を濡らし、「別に」と口を開いた。
「俺が好きでやっていることだから、気にすることはない」
「俺がいやなんだよ、もらいっぱなしは」
つくづく真面目で面倒臭い男だと、心操は内心吐息を漏らして膝に頬杖をついた。確実に損をするタイプのお人好しだ。
「……何でも良いの?」
「ああ。あまり高くなければ」
尾白は嬉しそうに頬を緩める。心操は無表情のままそれを真正面から見つめ、おもむろに手を伸ばした。尾白は笑顔のまま少し身を固くする。心操のざらりとした手が頬に触れ、目の下あたりを親指が撫ぜる。
「擽ったい……」
「心操」と尾白は思わず名を呼んだ。心操はじっと尾白を見つめ、瞳を覗きこむように顔を近づけた。
「……」
鼻先が触れあうほど近づいて、熱い息が少し唇に触れる。尾白は思わず息を詰め、身体を固くした。
「……」
――むに。親指と人さし指がやわく、尾白の頬を摘まむ。ハッとして、尾白は強張りを解いた。心操は歯を見せて笑い、スッと身を引く。
「新しいロードバイク、とか……」
心なしか、語尾が掠れたように聞こえた。手の離れていった頬をペタリと触り、尾白はぱくぱくと口を動かす。
「……たっか! 俺知ってるよ、ウン万するんだろう!」
「よく知ってるな」
一笑して、心操は紅茶を煽る。空になったマグカップを置く心操の手を目で追い、尾白は歯を噛みしめた。
「ああもう! 真面目に答えろよ!」
「はは」
心操は軽く笑い、ポカポカと頭を叩く尾白の尾を手で払う。顔を真っ赤にした尾白は結局心操の本当に欲しいものを聞き出すことができず、心操ものらりくらりと躱しながらその日は自室へ戻っていった。
後日、葉隠にその愚痴を聞いてもらうと、彼女はやっぱり見得ない顔を歪めたような様子を見せた。
「餌付けっていうより、外堀埋めているって言うのかな」
何にせよ、慎重すぎる度胸無しで良かった。葉隠の言葉の意味が分からず、尾白はキョトンと首を傾げる。
彼の手元に置かれたマグカップの猫が、紫の瞳で二人を見つめているようだった。
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -