No.2

ただ、冬用のトレーニングウェアを新調したかっただけなのだが、どうしてこうなってしまったのだろう。待ち合わせ場所である時計台の下、鋭い視線を向けあう二人の姿を少し離れたところから観察し、尾白はそっと吐息を溢した。
「あ、尾白くん!」
パッと剣呑な雰囲気を捨て、可愛らしい秋服に身を包んだ葉隠が手を振る。彼女から目を逸らされた心操は尾白と聴き僅かに表情を固くしたが、そろそろと小さく手を振った。
(もしかして俺、お邪魔かなぁ)
そんな見当違いのことを心中呟きながら、尾白も手を振り返す。ブーツを鳴らして駆け寄ってきた葉隠が、ぎゅっと尾白の腕に抱きついた。
「行こう、尾白くん!」
「わ、葉隠さん!」
急に腕を引っ張られ、尾白の足は縺れた。よろけた彼の二の腕を掴み、心操は足を踏ん張って支える。尾白が礼を言うと、心操は視線を外して「ああ」と頷いた。
「あれ、尾白くん?」
「緑谷」
名を呼ばれてそちらを見やれば、ぎこちない笑みを浮かべながら、リュックサックを背負った緑谷が小さく手を振る。彼の背後には、相変わらず鋭い目つきをした爆豪と、彼の睨みを受けても涼しい顔をする轟の姿があった。珍しい組み合せだと尾白が呑気な感想を抱いていると、爆豪が緑谷の襟首を引いた。
「おいデク。さっさと行くぞ」
「ちょ、ちょっとかっちゃん!」
ぐい、と爆豪の手首を捻り、轟が緑谷を開放する。ギロリと爆豪が轟を睨む。轟はしかし何も言わず、据わった目で爆豪を見つめている。漫画やアニメだったら、雷でも落ちるような雰囲気だ。尾白はヒクリと頬を引き攣らせつつ、そっと緑谷の傍へ寄った。
「緑谷たちは、どこへ行くんだ?」
「あ、えっと、ちょっと買い物に……」
「俺たちもだよ。トレーニングウェア買いに」
「僕は、トレーニング用のスニーカーが欲しくて……」
「じゃあ、一緒に行く?」
一触即発な雰囲気の爆豪たちを一瞥して言えば、緑谷は縋るように尾白の服を掴み、大きく頷いた。尾白の背後で心操は顔を歪め、葉隠と顔を見合わせた。

「ありがとう、尾白くん」
尾白と肩を並べて歩きながら、緑谷は小さくそう溢した。背後から暗雲が立ち込めてくるような気配を感じながら、尾白は苦笑する。
「大変そうだな」
「ほんと、勘弁してほしいよ……」
嫌いなら関わらなければ良いのに、と緑谷はぼやくが、尾白が察するに多分『逆』である。
「それより、少し意外だったな」
「え?」
「尾白くんと心操くん。仲良かったんだね」
チラリと緑谷は背後を一瞥する。何かを話しながら並んで歩く葉隠と心操。二人の姿を見て、尾白は「そうかな」と小さく笑った。
「仲良くないの?」
「あ、そっちじゃなくて。俺と心操の組み合せが意外、ってところ」
「ああ……」
緑谷は言い難そうに口を歪めた。そのような反応が自然だろうなと、尾白は苦笑した。体育祭を見ていた誰もが、尾白と心操を確執じみた関係と捉えている。実際、心操は己の目標へ向けてできる限り全力を尽くしていたわけで、それを勝手に邪道に受け取って手放したのは尾白の方だ。尾白は利用されたと思っていないし、そうであってもあの場についてはもう気にしておらず、今は一同級生として親しくしているわけなのだが、それをどう説明したものか。尾白が頬を掻いていると、「わ」と緑谷が小さな声を上げて立ち止まった。
「ご、ごめんなさい!」
「もう、しっかり前を見てほしいの。トイトイの鼻が潰れちゃうところだったの!」
緑谷より背の低いところから、キャンキャンと仔犬のような声が聴こえる。尾白が視線を落とすと、白いモコモコとした髪の少女が、腰に手を当ててプンプンと頬を膨らめていた。
「ああ、トイトイ!」
「菊地」
緑谷たちと同じ年くらいの少年が、慌てたように駆け寄って来る。気の弱そうな雰囲気の彼は、顔を青くして腰を九十度に曲げた。
「すみません! トイトイが失礼なことを!」
「直角!」
「いや、僕も前をよく見て居なかったから……」
「そうよ、菊地。トイトイだけが悪いんじゃないの!」
菊地と呼ばれた少年は顔をあげ、言い聞かせるようにトイトイを見やった。
「悪いと少しでも思っているなら、トイトイも謝らなきゃ」
「……菊地のくせに、鈴木みたいなこと言う」
「鈴木さんの代わりだからね、俺は」
「……」
先ほどとは違い、少し沈んだ様子でトイトイは唇を尖らせる。それから緑谷を見上げ、ぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい」
「あ、いや、うん。こちらこそ……」
菊地ももう一度直角に腰を曲げて頭を下げ、二人は手を取り合って去っていった。
「嵐みたいだったなぁ……あれ」
ほっと息を吐いた緑谷は、ふと傍らに先ほどまで立っていた友の姿が見得ないことに気づき、辺りを見回した。
「おい、デク」
「かっちゃん」
少し後方を歩いていた爆豪たちも追いつき、立ち止まってキョロキョロとしている緑谷を怪訝そうに見てくる。心操は眉を顰め、同じように辺りへ視線を動かした。
「尾白くんは?」
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