氷上のエチュード〜二重奏
(丈ミミ)
・フィギュアスケートに関しては実際の競技も某アニメも見ていない完全なる俄か。
・ただオンリーショップの二人にときめいてしまったがための愚行


シャ。氷の上を鉄のブレードが削るように滑る。少し間違えば鳥肌を立ててしまいそうなその音が、実は好きだ。白く固まった氷と、そこに乱反射する白い光。どこまでも白い世界で、その音は鈴のように耳を揺らした。
(シャッセ……モホークス……トウステップで……ジャンプ)
一つ一つ名前とイメージを頭に思い浮かべながら、身体を動かしていく。膝を曲げず、足を伸ばして、大きく天を仰ぐ。
「……っ!」
パッと汗が散った。丈は腕を大きく広げた状態で、息を吐く。するとそれまで白一色だった世界に、観客席の青と天井の銀が浮かび上がってきた。観客も他の練習選手も、誰もいないスケートリンク。その中央で、丈は立っていた。
ぱちぱち、と軽い拍手が起こる。腕を下ろしてポーズを解き、丈は音が聞こえてきた方へ首を回した。スケートリンクと隔てる柵に寄りかかり、ミミがヒラリと手を振った。丈は吐いた息を飲みこみ、軽くリンクを蹴って彼女の方へ滑り寄る。ミミが肘を乗せる隣で手をつくと、「はい」と綺麗に乾いたタオルがさしだされた。丈は礼を言って、それを受け取り肌に浮かぶ汗を拭った。
「熱心なのね」
「別にそういうわけじゃないよ」
身体を動かしていると、余計なことを考えなくて済む。集中すると視界が狭まる丈は、氷上を滑るとき無音と白の世界に落ちる。よくそれで演技ができると言われるが、暗記するほど聞きこんだ曲を身体へ染み込ませて感覚的に動いているとしか答えられない。丈自身でさえ、理解できていないのだ。
受験勉強の息抜きに滑り始めた戯れのスケートだったが、ミミに誘われるままフィギュアスケートの真似ごとを続けてしまった。簡単な曲の振り付けを教えてもらってからは、ミミの知人が経営するという小さなスケートリンクで、息抜きに滑っている。
ミミは頬杖をついて、水分補給をする丈の横顔を見つめた。
「バッジテスト受けてみない? 級によっては出場できる大会もあるんだって」
「別に僕はそういうのに興味はないから……ミミくんは、受けたことがあるのかい?」
「私は趣味で留めたいの」
他にもやりたいことがたくさんあるのだと、ミミは頬杖を外してキラキラとした瞳をリンクへ向けた。ミミくんらしいな、と呟きながら丈は水筒の蓋を閉める。へへっと笑ったミミは、「あ、でも」と言葉を止めて口元へ伸ばした指を添えた。
「大会は出てみたいかも」
「そうなのかい?」
「ええ。素敵なドレスで踊ってみたい! 氷上の妖精って素敵じゃない!」
絡めた指を頬へ当て、うっとりとミミは目を細めた。靴を脱いでリンクから上がり、丈は笑いながら椅子へ腰を下ろした。テレビで見たフィギュアスケートの女性選手は、確かに煌びやかな衣服で舞っていた。
「はは……ミミくんなら似合いそうだ」
「ほんとう?」
ミミはくるりと振り返って、腰を曲げる。座る丈と目線を合わせようとしたのだろうが、若干上目遣いになり、丈は思わず顔を逸らした。咳払いし、丈はコクリと頷く。ミミはニヤリと笑い、ジャージのチャックへ手を伸ばした。
「じゃあ……」
ジャ、と勢いよくチャックを下ろし、上下のジャージを脱ぎ捨てた。丈は大きく目を見開き、ズレた眼鏡を慌ててかけ直した。
「み、ミミくん?!」
「可愛いでしょ?」
腰と頬へ手を当て、ミミは片目を瞑って見せる。肩を出したローズピンクのワンピースドレス。足元はさすがにタイツを履いているようだが、惜しげもなく腕を晒している。テレビで見たものより大分大人しめではあるが、丈には少々刺激が強い。
「ミミ、似合ってるわ!」
「ほんとほんと、スタイルいいなぁ」
ひょっこりと、丈の背後から顔を出したパルモンとゴマモンが手を叩いて賞賛する。ミミは「ありがとう」と手を振ってその声に応えていた。つい浅くなった座りを正し、丈は溜息を吐いた。
「で、丈さんからは?」
「似合っているよ、さすがミミくん」
「ありがと。オーナーから借りてきた甲斐があるわ」
両頬を手で包み、ミミは実に嬉しそうに微笑む。「さ、丈さんも」と彼女は鞄を開き、とりだした衣服を丈へ押し付けた。ぎこちなく受け取った丈は、オーロラ色のシャツと黒いズボンを見て顔を顰めた。
「これを僕が? 派手だなぁ……」
「フィギュアはそんなものよ。私のだって、地味なくらい」
ほらほら、とミミは早く着替えるよう急かす。背後のゴマモンたちもキラキラと期待の目を向けてくる。丈は居心地悪くなって立ちあがった。
「だ、大体、着替えてどうしろって!」
「あら、衣装を着てやることなんて一つじゃない?」
ミミはさっと彼へ背を向けてスケートシューズを履くと、リンクの中央へと滑っていく。クルリと振り返り、ミミは丈へ向けて両腕を広げた。
「ペアで踊るエチュードも覚えたんでしょ?」
丈はパチリと瞬き一つ、何故知っているのだと赤らめた顔を背けた。

とんとん、と何となくスケートシューズの爪先でリンクを叩く。それから顔を上げて、リンクの中央で待つミミの元へ足を滑らす。後ろ手を組んで立っていたミミは、正面にきた丈を見上げてニコリと笑った。丈も小さく微笑んで、ミミの腰へ手を添え、手をとる。
「……曲を流すもの、ないけど」
「私が歌えば良いわ」
ね? と片目を瞑り、ミミは丈の肩へ手を添えた。仕方ないと肩を竦め、丈は「ワン、ツー」と音頭をとった。
「♪」
シャ、シャ。ミミの鼻歌に合わせて、リンクを滑る。常に触れる体温と視界に飛び込んでくる笑顔があるせいか、丈の視界は白に染まらず、聴覚も遮断されない。ミミの笑顔、歌声、不意に触れる髪の感触と、常に感じる体温――それに染められていく。白と無音の世界も好きだが、この彼女一色の世界も悪くない。
ミミが大きく仰け反り、片足を天へ上げる。丈も腰を曲げ、彼女を支えた。長いミミの髪が氷に振れ、二人の顔は鼻先が触れるほどに近づく。
「……」
――触れたのは、一瞬だ。
す、と丈はミミの腕を引いて身体を起し、最後のステップに入った。
「……♪」
片手を握り合ったまま両者腕を広げ、観客に笑顔を見せてフィニッシュ。パルモンとゴマモンの拍手を聞きながら、丈は大きく息を吐いた。ふと腕を下ろして隣を見ると、同じように蒸気した赤い顔でミミがニッコリと笑っていた。
「……」
「あー、楽しかった!」
ミミはスイーとリンクから上がっていく。丈も慌てて後を追った。
「素敵だったわ! ミミ!」
「ありがとう、パルモン」
パルモンから受け取ったタオルを首にかけ、ミミは満足げな顔をして椅子に座った。丈がリンクから上がると、ゴマモンがニヤニヤとしながらタオルをさしだしてきた。
「丈さん」
丈が顔を上げると、ミミが「えい」と何かを唇に押し付ける。咄嗟に口を開いて中へ招き入れると、ふわりと優しい甘みが広がった。
「運動のあとは、糖分補給」
「……ありがとう」
「ミミ、私にもー」
「オイラにもー」
「はいはい」
膝に擦り寄って甘えるパルモンたちへ菓子を分け与えながら、ミミは自分の口へも鈴カステラを放りこむ。もぐもぐと口を動かしながら、丈はミミの隣へ腰を下ろした。丈の膝によじよじと登り、ゴマモンは貰ったカステラを美味しそうに頬張る。
「丈さん」
ポンポンとゴマモンの頭を撫でていた丈は、ミミに襟元を引っ張られた。悪戯っぽく笑み、ミミはそっと丈の耳元で囁く。
「次はもっと、リフトうまくね」
腕が震えていて、少し怖かったわ――ミミの言葉に驚いて丈が彼女の顔を見やると、ミミは少し照れたように目を細めてニシシと笑った。丈はプッと思わず小さく吹き出し、ミミの髪へ指を絡めた。
「……受験勉強の合間に、筋トレしないとかなぁ」
「ダンベル、プレゼントしましょうか?」
「……ミミくんが少し痩せてくれたら、」
べしゃ、と三方向からの平手打ちを顔にくらい、丈は一瞬黒と無音の世界に落ちかけたのだった。
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