爪跡は深く甘く
(tri二章からの光太妄想)


あ、と時が一瞬止まった気がした。周囲が歓声をあげ勝利に酔いしれる中、それに合わせて声を出していても、光子郎の身体の芯は不自然な冷たさを帯びていた。
ぎこちなく交わされた笑み。多くを語らず、しかし通じ合った何かを感じさせる言葉。その光景が、何度も頭の中で繰り返される。
失恋の瞬間とは、かくて呆気ないものか。性への芽生えが、遅すぎたのか。理由など、詮索しても意味がないだろう。それを突き止めて改善案を出したとて、次にも通じるとは思えない。恋愛とは政治以上に水物だ。
「光子郎」
名を呼ばれ、光子郎はハッと我に返る。頭で別のことを考えつつも、手は先ほどの空間を探ろうと絶えずキーボードを叩き続けていたらしい。その手を止めて顔を上げると、すぐ近くにいた太一と目が合う。彼はぎこちなく―――それでも一つの戦いが終わったことの安堵で大分弛んだ―――笑みを向けた。
「良かった……」
その呟きは周囲の声に溶けて消え、光子郎の耳にしか届かなかったことだろう。『良かったのか』―――インペリアルドラモンをデリートして。そんな僅かな危惧が、言葉の端に見て取れた。
安堵で脱力したような太一の肩へ、光子郎はそっと手を伸ばす。
次の瞬間、データでできた肉を引き裂く音が響いたことによって光子郎の手は太一へ触れることはなかった。しかし代わりのように、メイクーモンの爪跡より鋭い何かが、あのときの太一の笑みによって、光子郎の胸を斬り裂いていった。


(20160317)
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