駆け落ちごっこ
(夏の海と自転車と光太)


ジリジリと、肌を焦がす日光。鼓膜を叩く蝉の声と、胸を締め付けるような息苦しさが煩わしい。ダラダラと流れる汗がこめかみから頬を伝って、顎から手の甲へ滴り落ちる。息苦しく、口内から喉まではからっからに乾いている。ついでに筋肉がちぎれそうなのだが、光子郎にこのペダルを回す足を止めることはできない。こんな登坂で足を止めたら、男子高校生を二人も乗せるこの自転車は、すぐに後退していってしまうだろう。そんな光子郎の苦労など知らず、荷台に乗った太一は暑さに愚痴を吐き、適当な声援を送って来る。
「ほれほれ、頑張れー」
「あ、の。人事だと、思っ、て」
「じゃんけんで負けたのは光子郎だろー」
あと少しー、なんて。目的地までの距離なんて知らないくせに、呑気な声が光子郎の後頭部を突く。ググ、と歯を食いしばり、光子郎はサドルから腰を浮かせると全体重を足にかけた。
海へ行きたいと言ったのは、太一の方だ。テスト期間終了日、下校しようとしていた光子郎を捕まえて、太一はニカリと笑った。
サッカー部で今も変わらずエースを張る太一と違い、光子郎はインドア派だ。最近はボールに触れることすらしていない。サッカーを続けていれば良かっただろうかと、熱に浮かされた頭がぼやいた。
「アイス買ってやるからさ」
光子郎と背中合わせとなるように荷台へ座っていた太一が、汗ばんだシャツをくっつける。火照った身体と、ほんの少し冷えたシャツに、ゾワゾワと光子郎の背筋が泡立った。
コクリと飲みこんだ唾は薄く、サラサラと喉へ落ちた。

カラカラと車輪の回る自転車を砂浜に放り、光子郎はようやっと波打ち際まで歩くとドサリと座り込んだ。汗ばんだ肌に細かい砂が張りつくが、払う気力もない。ふと前へ視線を向けると、太一が靴下と靴を脱いで放り、ザブザブと海へ踏み込んでいた。太一はズボンの裾をまくり、露わになった素足で水を蹴り上げる。太一の向こう側に丁度太陽があり、そのあまりの眩しさに、光子郎には彼がそこへ溶けていくような光景に見えた。
「……」
「光子郎」
太一が呼ぶ。口端から入り込んだ汗が、光子郎の舌に生臭い塩辛さを刺した。
「……まだ、アイス貰ってないんですけど」
「そういやそうだな」
もう少し遊んでから。太一はそう言って笑って、また水を蹴った。そのとき飛んだ飛沫が光子郎の顔にかかり、期せずして口へ入る。ただしょっぱいだけのそれを手で拭いとり、光子郎は夏の陽射しへ溶けていく彼を見つめた。


(20151217)
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