闇の明けた、そのあとに
・tri三章視聴後妄想
(太一と光子郎)


人は二度死ぬ。身体の機能が停止し灰になる、若しくは土へ還るとき。それと、人々の記憶から忘れ去られるときである。
アグモンからリブートの話を聞いたとき、太一の頭に浮かんだのは、中学のときませた同級生から聞かされたそんなうんちくだった。デジモンは、乱暴な言い方だが、死とは無縁である。データで構築される生物であるためか、バラバラに砕かれても、記憶と感情をそのままに、デジタマからやり直すことができる。しかしだからと言って、決してデリート時にマイナス感情が本人と目撃者へ与えられないわけでもない。だから太一たちは、パートナーであるアグモンたちや、親しくしてくれたレオモンたちがデリートされる状況を必死に避けてきた。
リブートは、初期化だ。原始の状態にデジタルワールドを初期化する。何度も『生まれ変わる』デジモンたちにとって、それは本当の死なのではないだろうか。
ゾワリと背筋に冷たいものが這った。曲げた膝に拳を乗せ、太一は目の前に立つアグモンを真っ直ぐ見つめた。
「大丈夫、リブートされる前に、メイクーモンを捕まえるよ!」
余程酷い顔をしていたのだろう、太一を元気づけるように声をあげ、アグモンは固く冷たい太一の手へ自身のそれを重ねた。信じている、と、力強く頷いてその手を握り返す方法を、今の太一は忘れてしまっていた。

「会いたくないんですか!」
光子郎の声が、耳を、心臓を打つ。太一はクッと歯を噛みしめ、「どうしろってんだ……」と吐き捨てた。
「終わったんだぞ、この冒険は」
一度目のときも、二度目のときも、デジタルワールドの危機が過ぎ去ってしまえば、元々の住人ではない自分たちは世界から弾き出された。所詮は駒でしかない。今回だってそう。リブートされたことで、感染デジモンによる脅威は去った。もう、選ばれし子どもたちが戦う理由はない。
「どうせ無理だったんだ、俺たちがどうこうじゃない。全ての意思は、デジタルワールドにある。いつだって!ちっぽけな俺たちが何を願おうがやろうが、結局は!」
「太一さん!」
ガシ、と光子郎が太一の腕を掴んだ。ハッと太一は我に返り、自分が息を深く吸えていなかったことに気づく。肩を上下させる太一の僅かに煌めく目端に顔を歪め、光子郎はゆっくりと彼の名を呼んだ。
「……あなたが、あのときの冒険を、僕らが選択していったあの夏を、否定しないで下さい」
全て、始まりから終わりまで、デジタルワールドが望んだことだった。けれどその道程は紛れもなく太一たちの意思で進んだものであり、あれは確かに太一たち八人の冒険だった。その中心にいた人間が、強引なところもあったが光子郎たちを導いてくれた太一が、そんな悲しい顔で冒険を語らないでくれ。
喉を絞るように吐き出された言葉に、太一はパチリと瞬きを一つ。とん、と光子郎が太一の腕を掴んだまま肩へ額をぶつけた。こめかみに何かが触れるのを感じながら、太一はぼんやりと青い空を見つめる。
「……アグモンが、俺を覚えていて、」
ポツリと、太一が口を開く。旋毛に冷たい何かを感じながら、光子郎はじっとその言葉を聞いていた。
「向こうでサッカーして、例え辛くても笑って生きていくなら、俺が、会えないくらいで、甘えて、サッカーすら止めるわけにはいかないって……そう思っていたんだ」
いつかまた、会えるなら、と。
太一は咄嗟に手の甲で目元を覆った。
しかし今回は状況が違う。アグモンたちに、太一たちの記憶はないのだ。『いつか』を待って、果たしてそれは意味のあることなのか。
光子郎は顔をあげ、太一の肩を掴んだ。
「……テントモンは、ウォーグレイモンやエンジェモンたちの頑張りを裏切れないと、記憶を失うことを選びました。僕らの世界を守り、ウォーグレイモンたちの覚悟を尊重するために。僕は、そんなテントモンを誇らしく思います」
「太一さん」―――と光子郎の声が、またスルリと耳へ滑る。太一はヒクリと僅かに喉を揺らした。
「太一さんを覚えていないアグモンは、誇れませんか。記憶のない彼らは、もうパートナーじゃないんですか」
「……」
「そんなものではない筈だ!僕らは!デジヴァイスと紋章で繋がっていた、半身なんだから」
そもそも、それを言いだしたのは太一自身であった筈だ。デジタルワールドにいる、もう一人の自分だと。ヤマトに苦笑されながらも、胸を張って太一が言っていたことだ。光子郎が太一の目を隠す腕を取ろうと手首を掴むが、ぐっと力をこめて拒まれる。太一の手首に指を回したまま、光子郎は口元を緩めた。
「……それに、僕は思うんです。初めからリブートするつもりであったなら、僕らの元にテントモンたちを与えはしません。僕らの行動に何かを賭けてのことだったかもしれません」
その賭けに負けてしまったのか、はたまた別の意図があったのか。いや、光子郎は果たすべき役割はまだあるのだと、そう思っている。
「僕らはまだ、何も果たしていない!」
きぃん、と耳鳴りがした。それはホイッスルの音に似ている気がしたら、すぐにやはり似ていないと思い直した。太一はそっと手を下ろし、赤らんだ目を見せる。
「……またいつか、デジタルワールドから呼ばれるってことか?」
「僕としては、待つことはせず、今すぐにでもゲートを模索すべきかと」
「はは。光子郎は、さすがだな」
けれど、その通りであるのかもしれない。
いつか、なんて先延ばしにして日々を過ごして、やがて思い出も薄れていって、あの日々のことや彼らのことを忘れてしまうのかもしれない。それが、大人になることなのかもしれない。大人にならなければいけないことは、太一もよく分かっている。しかし、その前にもう少しくらい子どものまま抗っても良いのかもしれない。太一まで忘れてしまったら、あの夏のアグモンも、永遠に失われてしまうから。
「いつか」
くしゃりと、太一は光子郎へ微笑む。光子郎は少し眉根を下げて、目を閉じた。
嘗て始まりと終わりに響いたホイッスルが再び鳴り渡るのは、そう遠くない。



BGM:アフターダーク(ASIAN KUNG-FU GENERATION)

(20161012)
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