ヒーローにはなれない
・tri二章視聴後妄想
(タケルと丈)


風が吹いて、瞼の裏に残った紺色の裾が翻る。それと一緒に脳裏へ浮かび上がるのは、金色のサングラスとマントと同じ色の髪。口元に浮かぶ笑みは、言葉はなくともこちらを小馬鹿にしていることはよく解った。
タケリュ、と舌足らずな声に呼ばれ、タケルは閉じていた瞼を持ち上げた。パタパタと空気を叩く音がすぐ近くまでやってきて、頭に重みがかかる。もう一度聞こえる名を呼ぶ声に、うん、とだけ返してタケルは手元へ目を落とした。
じわりと汗の滲む手にあるのは、タケルのものである携帯。開かれた画面に写るアドレスに、タケルはそっと目を細めた。
「どうして連絡しなかったんだい?」
ピクリ、と頭に乗ったパタモンの羽根が僅かに揺れる。タケルは振り返らず携帯を見つめたまま、返事もしない。背後から彼に声をかけた影は、そのまま隣に立った。タケルはそっと苦笑を溢して、片方の手を腰に沿えた。
「……丈さん、随分変わりましたね」
「そうかな。吹っ切れたというか思い出したというか……考えを改めたことが、変わったことになるのかな」
「なると思いますよ……少なくとも僕や太一さんは……」
一定時間操作しなかったために、携帯の画面から光が消える。黒くなったそれを開いたまま脇に垂らし、タケルはフッと傍らに立った丈を見やった。彼は相変わらず何か困ったような―――しかし今は幾分スッキリとしたような―――笑みを浮かべ、タケルをじっと見つめていた。
「……僕はあまり関わらないでいた―――関わらないようにしていた―――だからというか、さっき知ったんだけど、大輔たちと連絡をとっていなかったんだって?」
どうして、と丈は呟く。タケルは視線をまた足元へ向けて、口端を薄く持ち上げた。
「僕にそれを責める意志はないし、権利もない。けど、理由くらい聞いても良いだろ?」
「……僕に聞くんですね、それ」
主体となって召集をかけていたのは光子郎で、昔も今もリーダーとして象徴となるのは太一だ。聞くべき相手は、違うだろう。
「んー……、今の太一のことだから、初めの『あの場』にいなかった大輔たちを巻きこむことは望まないんじゃないかなって……光子郎も、何だかんだ太一の意見を尊重する傾向にあるし」
丈の場合は、ゴマモンが現れていたから例外だ。そして、同時に彼らは思ったことだろう。ここにパートナーがいる、戦えと言われている、自分たちはまた『選ばれた』のだと。
もう少し幼ければ、それに喜べた筈だ。しかし中途半端に大人になってしまった丈は、手放しで喜ぶことはできなかった。恐らく太一も。だから彼は迷っている。
(何か言えたら良いんだけど……)
最年長である自分は、しかしあの状態のヒーローへ向ける言葉を持っていない。
「その分、タケルたちは大輔たちとも共闘した選ばれし子どもだ。僕は、てっきり連絡をとっていると思ったよ」
一度選ばれし子どもとしての役目を終えた丈たちと違い、タケルとヒカリは常に『選ばれ』続けていた。それが光と希望という紋章故なのか、彼らのパートナーの特異性故なのかは、解らないが。
タケルは黙りこくったまま、じっと足元を見つめていた。金属と皮膚の間にじっとりと浮かぶ汗の気持ち悪さに眉を顰め、グッと滑らないよう指先に力を込める。手を持ち上げて携帯のボタンを押すと、黒い画面に光が宿り何度も見返したアドレスが表示される。
『本宮大輔』―――宛先だけ記入された空白のメールを、何日眺め続けていたことか。
「……少し、安心したんです」
ポツリと零れた言葉は予想以上に掠れていて、じりじりとした地熱に焼かれていた。
「……あの冒険のとき、僕は太一さんと兄貴に憧れた……大輔くんたちと戦うことになって、彼が太一さんからゴーグルを受け継いだとき……少し、期待したんだ」
最後の一言は、すぐに風に消されてしまう。
大輔が嘗ての太一のようになるのなら、ヤマトの弟である自分も、もしかしたらと。しかしその期待は、ジョグレス進化によって完膚なきまでに砕かれた。大輔の相手は、タケルが疎んでいた一乗寺賢であったのだ。
伊織とのジョグレス進化を後悔も、厭うてもいない。しかしそれでも、割り切れない思いというものは存在する。今回丈が、何度も悩み抜いた壁へまたぶち当たってしまったように。
「だから、今回は、そういった……余計なこと、考えなくて済むのかなって」
劣等感と呼べば良いのか、解らない。けれど太一を象徴とし、ヤマトをその相方として集った『八人のうちの一人のタケル』でいれば。
「僕は、太一さんや大輔くんのようにはなれないから」
タケリュ、とパートナーが名前を呼ぶ。それに答えず帽子を引き下げるタケルから視線を逸らし、丈は口元を緩めた。
大輔たちへ連絡をとることによって、タケルは間近でそれを突きつけられると思ったのだろう。大輔や賢と同じ年であるから余計に、その思いは強かったのかもしれない。それが賢らしき人物を呼んだときの名称に現れているのだとしたら―――苦笑が零れてしまう。
(ままならない、なぁ……)
みんな何かを探している。それは理由であり、己の立ち位置であり、期待通りのビジョンだ。求めるものが中々見つからず、悩み憂い、奔走する。丈のように。
後輩たちを放って少々悪いことをしたな、と丈は頭を掻いた。散々迷惑をかけたお詫びに、でき得る限り相談には乗ってあげようか。未だ携帯と我慢比べを続けるタケルを見やり、丈は腰へ手を当てた。


(20160317)
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