不毛だと、何度思ったことか
(笠黒)



俺には好きな奴がいる。そいつに思いを伝える気は、ない。



僕には好きな人がいる。その人に思いを伝える気は、ない。










不毛だと、何度思ったことか







笠松幸男。海常高校バスケ部キャプテン。突然だが、好きな奴がいる。

相手は別の高校の1年で、俺の後輩にもいる『キセキの世代』の一人。名前は、黒子テツヤ。俺は男だ。そして、彼も。言っておくが、俺は俗にホモセクシャルとか言う、同性愛者の部類の人間ではない。中学時代に付き合っていた彼女もいたし、森山程ではないが、異性に興味もある。で、そんな俺が何を血迷ったか、黒子に恋をした。
自分でも、馬鹿げていると思う。けれど、彼の動作一つ一つに反応して高鳴る胸の意味に、気付いたらもう、止められなくて。ああ、俺は黒子が好きなのか。素直に納得する自分が、怖くてしょうがなかった。何度も言うが、俺もあいつも男だ。そんな奴が好きなんて、馬鹿げている。これ以上、関わらなければ黒子に対する思いも、薄れていくだろう。そう思っていた。

「あ…海常の…」

そう思った矢先、何の因果か、俺は黒子に遭遇した。

「…笠松だ」

鞄の紐が肩から落ちるのを直しながら、俺は黒子の隣に立った。と、いうのも此処は本屋で、俺の探している本が、彼の眺めていた棚にあったからだ。部活帰りだから、外は弱冠暗い。店内にも、仕事帰りの会社員が目立つ、そんな時間帯。隣にいる黒子からは、微かに汗の匂いがした。

「…」
「…笠松先輩は、」

そんな風に横目で盗み見していたものだから、声をかけられた時は、驚き過ぎて心臓が止まるかと思った。そんな俺を、黒子は真剣な瞳で見つめてくる。俺も、其の透明な双眸を見返した。

「…好きな人とか、いますか?」
「…は?」

そりゃお前だ。喉までせりあがった言葉を、俺は何とか飲み下した。

「…今日、クラスの女の子に……」

頭を金槌で殴られたみたいだ。彼の声が其処だけ消えて、けど唇の動きで何を言っているのかは解った。

「黄瀬くんも、よく告白されてましたけど」
「あー…あいつはなー…」

今でもされてるよ。其の度に森山が五月蝿いんだよなぁ。

「…僕には、よく解らなくて」

黒子は本棚に視線を戻して、小さく呟いた。俺は其れを、見つめることしか出来ない。遠回しに『好きな人はいません』って言ってるようなもんだよな、それ。分かってはいたけど、やっぱ本人の口から言われると、へこむな。視線の向け場に困って、俺は本棚を見つめた。

もどかしい。黒子への思いを捨てきれない自分も。黒子へ、思いを告げることの出来ない自分も。もどかしくて、胸が苦しい。

「……いーんじゃねぇの。そーゆーのも」

目当ての本を手に取り、俺は笑って見せた。……つもりだ。

「何時か、解るさ」

じゃな。そう言って、踵を返した。背後で黒子に名前を呼ばれた気がしたが、無視した。

本を買って外に出ると、生暖かい夜風が制服の裾を翻した。もうすぐ、夏だ。瞬き始める星を見上げながら、俺はコンクリートの歩道を踏み締めた。

不毛だなんて、分かってる。けれど、伝えることも捨てることも、今の俺には出来ないから、だから。

(せめて……)

君のことを、好きでいさせて。



***



(……何、馬鹿なことを聞いたんでしょう、僕は)

あんなこと言って。何て言葉が欲しかったんだろう。

初めは火神を見ていたのだと、其の女子は言った。其れから自分の存在に気付き、好きになったと。彼女には申し訳ないが、自分は彼女の存在に気付きもしなかったし、特別な感情を持ち合わせてもいない。断った。其の場で。『好きな人がいる』のだと、嘘をついて。

(嘘…?)

何と無く腑に落ちない気がしたが、思い当たる人物がいないのも、事実なわけで。



――いーんじゃねぇの――



ふと頭を過ったのは、真面目過ぎる先輩だった。

(……ああ、そうか)

自分は好きなんだ。あの人が。気が付いた途端、楽になる胸に軽い恐怖を覚えた。どうかしてる。同性が好き、なんて。其れを受け入れてしまっている自分も。きっと忘れられない。そんな気がした。だから、蓋をして、心の奥にしまいこんだ。





また君に逢うときに(笑えるように)(知らないふりをして笑おう)





Title 揺らぎ



Fin
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