君と、また見る世界で
(tri.情報を受けての、太一とアグモン)


夢なのかと呟くと、夢じゃないよと返ってきた。久方ぶりに聞く、濁声だった。
鼓膜を叩くそれも、頬に触れる爪も、網膜を染める橙も、全てが懐かしくて、そして確かにそこに在った。太一の口元は自然と綻び、彼はそっと目の前の頭を撫でた。手の平に伝わるこの感触も、懐かしい。
「……久しぶりだな、アグモン」
「久しぶりだね、タイチ」
そう言ってから、二人はくしゃりと笑った。
太一は立ち上がると、アグモンと並んで歩き始めた。太一が腰を下ろしていた地面には一面、芒のように柔らかくて、しかし芒よりは背が低く、穂も持たない草が広がっていた。金のような薄桃のような色したその草は、何処からともなくやってくる風に煽られて左右に揺れている。
「タイチ、声変わったね」
制服のポケットに手を入れて、真新しい制靴で草を蹴っていた太一は、アグモンのその言葉に、スッと足を下ろした。
「そうか?」
そう言った太一は、しかしアグモンが何か言うより先に、そうか、と一人納得したように呟いた。
「実は、少し前に声変わりしたんだ」
あのときは大変だったと、太一は目を細める。ある日突然喉は痛みだし、吐き出す声は地を這うようなガラガラとしたもの。ヤマトや丈には散々からかわれてしまった。今太一が吐き出す声に安定したのは、本当につい最近だ。
「へー、タイチ、また進化したんだ」
アグモンが至極真面目にそう言うから、太一は思わず吹きだした。
「そうだな。お前は変わらないな、アグモン」
昔と変わらぬ、少し濁った声のまま。
「ヒカリもコウシロウもヤマトもソラもジョウもミミも、みんな声変わってたね」
彼らの声を、何処で聞いたのだろう。太一はその疑問を飲みこんだまま、傍らのアグモンを見下ろした。昔より、大分首を曲げなければいけなかった。それに気づいて、太一はそっと視線をアグモンから外した。
「……タイチ」
アグモンの、大きな爪のついた手が、太一の手を取った。アグモンが立ち止まってそれをしたから、太一もつられて立ち止まらなければならない。こちらを真っ直ぐ見上げるビー玉のような目と視線がかち合って、太一は空いている手の甲を口元へやった。
「……俺、声変わったろ」
「うん」
「背も伸びた」
「うん」
「最近、母さんが言うんだ。益々父さんに似てきたわね、って」
「うん」
「……」
太一は黙り込んで、その場にストンと腰を落とした。俯く太一に、アグモンはそっと距離を詰める。
「……怖かった。お前に、アグモンに解ってもらえないんじゃないかって」
声が変わって、見た目も昔のように幼くはなくなった。人間の成長とは、そういうものだ。決して退化することのない進化。どうしたって、太一は人間だ。デジモンではない。
「ボクがタイチを間違えたりはしないよ」
太一の真似だろうか、大きな手が、少し不器用に太一の頭をくしゃくしゃとかき混ぜる。
「だってボクはタイチに会うために生まれて、タイチを守るために強くなったんだ」
太一が顔を上げると、アグモンはニンマリと微笑んだ。つられて、つい、太一は頬を緩めた。
「……それ、答えになってんのか?」

暫くして、太一とアグモンは地平線しか見えない草原を、また歩き始めた。
「二回だ」
ポツリと太一が呟く。今度はずっと手を繋いだまま、一人と一匹は足を止めない。
「俺は二回、デジタルワールドから拒絶された」
「うん」
「三度目は、嫌だ」
「うん」
「……丈がさ、デジモン専門の医者になりたいんだってさ」
アグモンも、その話は彼のパートナであるゴマモンから聞いていた。とても嬉しそうに鰭を動かして、ゴマモンは見様見真似で作ったというナース帽をかぶっていた。
「選ばれし子どもは、デジタルワールドにとって必要だから拒絶されなかった」
デジタルワールドに悪が蔓延るたび、求められた人間。それ以外は、デジタルワールドにとって敵とみなされてしまう。
「だから俺は、デジタルワールドにとって必要な人間になってやる」
そのとき、一際大きな風が、太一とアグモンの傍を通り過ぎて行った。チラチラと舞い上がる草の葉片が、まるでバタフライみたいだ。
「……待ってろ、アグモン」
「……うん、ずっと待ってるよ」
初めて会って、友だちの印を交わしたあの日から。
薄い皮膚と血管の通った手と、大きく固い爪を持つ手は、互いを離さぬよう強く握りしめる。何処からか飛んできた淡い蝶が、その上に止まった。



(20150507)
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