スノードロップ〜寒いのは冬のせい〜
「変な顔ー」
ぷに。突然、そう言われたかと思えば、頬に爪を立てられる。視線を上げると仕掛けた本人はマイペースに顔を覗き返した。
「…爪、伸びてるぞ」
パシり、と手を払う。春日はひらひらと手を振って、誠実さの欠片もない謝罪の言葉を呟いた。
「引退してから切る必要性を感じなかったからなー」
岩村の前の席に背凭れを跨いで座り、春日は苦笑した。岩村の机に頬杖をついて、長く伸びた爪に息を吹き掛ける。その様子を一瞥して、岩村は手元の参考書に視線を落とした。
高校の記憶を失って、何が一番の問題だと問われれば、それは受験だ。幸いセンター試験は終わっていたものの、本試験が残っている。何となく覚えている数式やら単語やらを引っ張りだす必要があった。黙々と参考書を読み進める岩村を一瞥し、春日は杖に顎を乗せた。
「岩村、なんかあった?」
また唐突に春日は訊ねる。彼を一瞥して、岩村はまた参考書に視線を落とした。ぺらり、と頁を捲る。
「…どうしてそう思う」
「変な顔ー」
鼻先を指でつつかれた。岩村は諦めて参考書を閉じた。
「なにもない」
「うそ」
直ぐ様否定された。春日はじっ、と岩村を見つめていて、その様子に何故か岩村が気圧された。
「なんかあったでしょ」
あの子と。
代名詞で付け加えられたそれに。思い浮かぶ顔は、一つしかなかった。
「…よく、解らない」
この友人にはなにを言っても無駄だと、あっさり白旗を振って、岩村は溜息を吐いた。
彼は、何も言わなかった。黙って、哀しそうに、首を横に振るだけ。だからか、無意識のままに胸に抱き締めていた。そしたら彼は、益々哀しそうに俯いた。
何故、抱き締めてしまったのだろう。無意識に。ただ、何かを言いたかった。それだけだったのに。
「…よく解んないけどさー」
黙りこくる岩村の参考書を取り上げて、春日はその頁を適当に捲った。
「気になるんだ、あの子」
「…そのようだ」
岩村の返答を、春日はなんじゃそりゃと一笑する。
「…オレとあいつは、どういう関係だった?」
「…親友以上恋人未満」
今度は岩村が顔をしかめた。その様子に春日は満足そうに微笑んで、参考書を手渡した。
「はい」
春日が席を立って、教室を出て行く。自由登校の為、残ったのは岩村と二三人しかいない。静かな、教室だ。
ふと参考書に目を落とせば、頁の間から水色の紐が飛び出ている。それを引く。姿を表したのは、白い花の押花がされた栞だった。名前は確か―――スノードロップ。
「―――…!」
ガタリと。音を立てて岩村は立ち上がった。鞄と栞を掴んで、教室を飛び出す。
そうだ、あの時。本当に言いたかったのは―――




(確かに恋だった。様より)
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