後朝
(事後カノセト)


シュー、と蒸気の吹き上がる音と、鼻腔を擽る甘ったるい匂いで、目が覚めた。
目を薄く開いたままぼんやりとしていると、横から「起きたっすか?」という柔らかい声が降って来る。それに答えようとして枕に埋めた顔を持ち上げると、肩までかかっていた布団が滑り落ちた。素肌に刺す冷気にカノがブルリと震えると、セトはクスクス笑いながら、先ほど暖房を入れたばかりだと言った。
つまり彼も起きたばかりということか。
湯気の立つマグカップの中をスプーンで掻き回しながら、セトはカノの寝るベッドに腰を下ろす。肘をついて少し上体を起こした状態のまま、カノは白いウールのタートルネックに包まれた背中を見つめた。
昨晩は所謂『お楽しみ』というやつで、セトもカノと同様何も纏わず布団に包まっていた筈だ。
「……」
腕を伸ばし、カノはモフモフとしたその裾を掴み、少し引き上げた。
「……何すか。寒いんすけど」
「いやぁ……」
何となく?と素直に返せば、セトはあからさまに顔を顰める。カノは苦笑して、裾から手を離した。まだ訝しげな彼に手を振りながら、カノは布団から這い出してベッドの下に丸めた衣服へ手を伸ばす。
「……よくあるじゃん?『背中のホクロの数、数えてアゲル』とか、『太腿に痣があるの知ってる?』とか言うの……」
「……で、幾つあったんすか?」
ズボンを履いたところで手を止め、カノはチラリとセトを見やる。セトは半分ほど空にしたマグカップを脇にやり、カノの唇へ指を伸ばした。人差し指は下唇にも触れず、その手を挟んだ顔はキスをするには少し遠い。
そのままセトは先の問いを繰り返した。
「ホクロ」
「……なかったよ」
日焼けもしない、白くて綺麗な背中だった。ただ、カノがつけた鬱血が花のようになっていたが、それを言えばセトの機嫌が悪くなるのは目に見えているので、黙っておく。
セトの手に己の指を絡め、カノは口元を緩めた。
「……俺も見たいっす」
指の位置の具合を確かめるように動かしながら、セトはポツリと言った。カノは軽く頷き、指を解く。
「どう?」
クルリと後ろを向き、背中を見せる。肩越しに見たセトは、何故かボッと顔を赤らめ唇を戦慄かせた。
「?セト、どうし―――」
「何でもないっす!」
振り返ろうとしたカノの顔面に、セトの手の平がクリティカルヒットする。瞬間、理不尽!とカノが心中叫んでしまったのは、仕様がないだろう。
顔を手で覆って蹲るカノをそのままに、セトは立ち上がると彼へ背を向けた。赤くなった顔を、見られないようにするためだ。
(……俺の、阿保!)
手を頬へやると、熱っているのがよく解る。
カノの真っ白な背中に、セトが情事中につけた爪痕が真っ赤に咲いていて―――それがとても綺麗で、それとは別の意味で少し高揚してしまったなどと、言えるわけがない。
例えるなら、小さい子どもが自分の物だと所有権を主張するために、クレヨンで名前を書くような。
(俺も大概、カノのこと言えないっすね……)
軽い自己嫌悪に陥り、セトはこっそり溜息を吐いた。
取敢えず、背後でくしゃみを溢す彼のために、温かい紅茶でも淹れてあげよう。


20150128再録
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