君に恋する
(氷黒)
別に、初めから思っていた分けじゃない。敦から話だけは聞いていて、少し興味があっただけだ。『幻の6人目』―――影が薄いパス回し専用の選手。そんな彼の真面目過ぎる目が嫌いなんて、何れだけ子供何だか、と敦を笑った。
けれど、自分も他人の事は言えなかった。
(ああ、此の目か)
ストバスで大我との話に割り込んできた、彼。一瞬交わった視線に、敦の言ってた事が思い出されて、至極納得した。確かに、あの瞳は気になる。
水のように澄んでいて、其の奥にしっかりとした光を秘めている。影と呼ばれる彼の内にも、光はあるらしい。けれど、大我の其れとは違う毛色だ。勿論、俺や敦とも。成程、此れは。
(興味深いね)
ストバスは単なる暇潰しだ。其れなのに、いつか決着を着けたいと思っていた大我と会えただけでなく、こんな奴と会えるなんてね。胸が踊る、とでも形容してみるか。兎に角、此の出合いに俺は喜んでいた。
「室ちん、どうしたの?」
練習中、何故だか敦にそう声をかけられた。意味が分からなくて、何がだと問い返すと、怪訝そうな顔をされた。
「最近、上の空じゃん」
そんなつもりは全くない。けれど敦に言わせれば、何時ものキレが無いのだとか。
「あの火神とか言う奴の事考えてたの?」
大我の事?いや、俺が考えていたのは、
「君の事だ」
相手に其の事を言うと、無表情な顔に、あからさまな怪訝の色を浮かべられた。
「いきなり、何の事でしょうか」
偶々、ストバスの所為で潰れた東京見物中、敦とはぐれた。で、本当に偶々、彼に会った。其れだけの事。けれど俺の中に有った疑問は、不思議な程素直に消えてくれた。
「…火神くんなら、」
「ああ、良いよ。今日は敦と東京見物に来ただけだから」
言いながら、相手を観察する。部活帰りなのか、ジャージ姿だ。手にはマジバの紙コップ。そういえば、喉が乾いたな。
「あの、用が無いのでしたら、此れで…」
じろじろ見ている事に気付いたのか、彼はおずおずと切り出した。
「黒子くん、だっけ」
「…はい」
質問してみれば、律儀な彼は浮かせた足を元の位置に戻して、オレをあの、水の瞳で見上げてくる。綺麗な色だ。
「大我とは、仲良いの?」
「…一応、相棒ですから」
警戒してる目だ。無表情とか聞いていたけど、意外と感情を露にしやすいみたい。其の目を嫌いではない。けど。もっと、別な色が見てみたい。
「…そういえば、喉が渇いてたんだ」
「…はぁ」
「だから、其れ、くれるかい?」
「は?」
返答も聞かずに、紙コップを掴む彼の手に自分の手を重ね、引っ張った。彼は自分より背の高い男に腕を引かれ、弱冠爪先立ちになる。俺も少し腰を屈め、噛み癖があるのか、先の潰れたストローをくわえた。
「…!」
ジュースとかよりも質量のある物が、口に入ってくる。甘い。冷たい。溶けかけたアイスみたいだ。
チラリと彼を一瞥すると、此れ以上ないくらい瞳を大きく見開いていた。こんな顔も出来るんだ、と感心していると、カップの中身が無くなった。彼の飲みかけだったから、少ないのはしょうがないか。ストローから口を離して、彼の手も離す。慌てたように距離をとられた。少し傷付くなぁ。
「ごちそうさま。何てジュース?」
「…バニラシェイクです」
好物だったのか、コップが空なのを見ると、残念そうに眉を下げた。好きなのかと尋ねれば、素直に首が曲がる。
「じゃあ、奢るよ」
「え?」
「飲んじゃったの、俺だからさ。それに、俺も好きになった。お店、教えて?」
それに俺、東京見物中だし。言わなかったけど、向こうも其れを察してくれたみたいだ。少し考えてから、良いですよと了承した。
「黒子くんは、他に何が好きなの?」
「バスケと、読書でしょうか」
「本読むんだ」
「氷室さんは?」
「俺もバスケと読書。って言っても、向こうのばっかで、此方のは全然だけど」
「…漢字、ですか」
「そう。まだ慣れなくて」
苦笑すると、彼も頬を弛ませた。ああ、此の顔は、好きかも。ていうか、彼の事が好きだ。先程飲んだバニラシェイクが、身体も心も甘くする。なら、毎日此れを飲んでいるこの子は、何れだけ甘いんだろう。
(今はまだ、良いか)
俺が目的の為なら手段を選ばない人間だって、彼は知っているだろうか。まぁ、関係無いか、そんな事。今は只、此の二人で歩く道を踏みしめていたい。
(俺は)君に恋する(してる)
title by揺らぎ
fin