とある名もなき村人の独白
ツキヒコは、変わった奴だ。
生まれつき髪も肌も白い彼は、村の中で浮いていた。両親は彼が産まれた日に其々死んだらしく、当時は忌子なのではないかという噂がまことしやかに流れたという。
しかし当の本人がその境遇を疎んでいる様子はなく、時折目に入って来る一人の時間を愉しむ姿は、他の誰よりも生を謳歌しているようだった。何をしても鈍臭くて、他の同期の後ろを金魚の糞みたくついて歩くことしか出来なかった俺は、そんな彼の奔放さが少し羨ましかったのだ。

村の中で浮いた彼と落ちこぼれの俺は、何の因果か鉢合わせすることが多かった。
ある時彼は竹林に一人座り込んでおり、些細な失敗をして落ち込んでいた俺は、何とはなしにその隣へと腰を下ろした。彼は俺に視線もくれず、ただ葉の影から点々と覗く青を見つめていた。その時俺は、彼の隣が酷く心地良いことを知ったのだ。

ある日、ツキヒコが村から消えた。同期の奴らは頻りに彼の行方を俺に問い、俺が何故それを聞くのだと訊ねると、決まって同じ言を吐いた。
「だってお前仲良かっただろう、アイツと」
俺はパチリ、と一度瞬きをした。
仲が良い、とは。確かに他の同期と比べれば、俺はツキヒコと顔を合わせることも言葉を交わすことも多かった。けれど俺が彼を友と思ったことはなく、それは向こうも同じ筈である。だって俺は、ツキヒコの好きな物も趣味も苦手な物も、凡そ友と名乗るべき存在ならば知っていて当たり前の諸々をまるで知らなかったのだから。
「……友達じゃ、ないよ」
顔の横にずらしていた狐面に、俺は無意識に手を伸ばしていた。
祭りのとき、紐が緩んで落としてしまったそれを、彼は笑って拾い上げてくれた。他の村人が規則としてきっちり仮面をつけているのに、彼だけは顔の横にずらしてつけていたのを、よく覚えている。俺が正面から彼を見たのはそれが初めてで、変わった奴だと幼心に思ったものだ。

ある日、唐突にツキヒコは村へと帰って来た。同期たちに背を押され、俺は渋々彼に今まで何処にいたのかと問うた。彼は、嫁の元だと答えた。
「嫁?」
俺が思わず聞き返すと、ツキヒコは帰ってそうそうあらゆるところから掻き集めた布を取捨選択していた手を止めた。
「君も是非会って欲しい。とても可愛い、僕の奥さんに」
そう言って笑うツキヒコは、とても幸せそうだった。
だから俺には、同期の奴らが言うように彼が惑わされているなんてとても思えなかった。けれど俺に奴らを止められる力はなくて、ただ拷問にかけられるツキヒコを、一人正面から見つめていた。

同期の奴らが次々と化物に殺されていく。情けない俺は真っ先に木陰へ隠れこんで、けれどすぐに見つかって。逃がされた。二度と来るなと、畏しさを含んだ、しかし僅かに震えた言葉を受けて。
無我夢中で走る竹林の中、薄汚れた白が目の端を横切ったような気がした。しかし俺がそれに構う余裕はなく。涙混じりの荒く情けない呼吸音に、遠くで響く嘆きの声が重なった。

俺は転がるように自宅へ戻り、扉を閉めると同時に膝をついた。ガクガクと震える身体を抱きしめ、土間に額を擦り付ける。
く、と噛みしめた唇の隙間から、嗚咽にもならない空気が零れた。つ、と目から溢れた雫が鼻を伝い、鼻汁と共に地面を穿つ。
化物への恐怖より、仲間を殺された怒りよりも、あのツキヒコの泣き声が、心の臓を深く抉る。
嗚呼、一人生き残った俺は、臆病で勇気を持たぬ俺は、罰を受けるに違いない。

俺は結局、彼の友になれはしなかったのだ。



20140615
20140809再録
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