the remings
(カノ誕にかこつけたカノセト)



部屋に入るなり目に飛び込んできた光景に、僕は思わず苦笑を溢した。
帰るなり無理矢理押し込まれた私室、そのベッドには先客が一人。バイト帰りで疲れたのか、横になって眠りこけるセトだ。彼の頭には何故か、マリーが内職で作るような可愛らしい造花が飾られていた。それと扉近くの床に落ちていたメモを見て、この光景に合点がいく。
「全く……」
くしゃりとそのメモを握りつぶして、そこらへ放る。鈍い金属音が聞こえたから、屑籠近くには転がっていったらしい。一瞥もせず、僕は真っ直ぐセトの寝るベッドへ。彼は枕を腕に抱え、丸くなるように横たわっていた。枕元に膝をつき、そっとセトの額にかかる黒髪を掬う。造花は、ピンの上辺りにつけられているようだった。
誰かを連想させる、真っ赤な花。誰の発案だか知らないけど、中々にくいことをしてくれる。
花の香りを嗅ぐように顔を近づけても、セトは起きない。疲れ切っているのか。バイトも良いが、少しは自分のことを気にしてほしいものだ。
「さて……」
どうしたものか。眠ったままのセトを起さないよう、そっと彼の足元に腰を下ろす。僅かにマットレスが沈んで、ぎい、と音が鳴った。ちらと視線をやったが、彼が起きる様子はない。また、苦笑が漏れた。
ふと止めた視線の先に、寝返りを打ったのだろうか、たくし上げられたツナギの裾と、そこから伸びる彼の足があった。筋張った、年相応に逞しい足。す、と指を伸ばして、つ、と滑らせる。冷たい手が触れたせいで、足の指がピクリと動いた。僕は、起きてしまったのではないかと、咄嗟に手を離したが、要らぬ心配だったようだ。少し身じろぎしたセトは、小さく唸って枕に顔を埋めた。それにホッと息を吐き、僕はまた視線を戻す。
「……」
風切羽を切られれば、鳥は空を羽ばたけない。飼鳥は、そうして手乗りにしてしまうことも多い。人で言う踵骨腱だ、それは。そこを切ってしまえば、人は歩けないし走れない。何処にも、行けない。
一度、彼は鳥になりたいと言った。鳥になって空を飛べば、こんな五月蠅い世界から逃げ出せるから、と。あんなに広い空は、きっと雑音なんてない静かな世界なのだろう、と。結局翼を持たない彼は、その足で静かな場所を探して放浪を繰り返すようになった。
「……」
セトの足を少し持ち上げて、身も屈めて、腱に歯を立てる。筋肉同士を繋ぐそこは固くて、とてもただ噛んだだけでは切れそうない。ナイフでも持って来て、掻き切ってしまおうか。そうすれば、セトは。
「……何してるっすか」
「あ、起きた?」
声に顔を上げ、パッと足から手を離す。セトはまだ怪しむように僕を見ながら、のそりと身体を起した。膝を折って座り、枕は抱えたまま、まだぼんやりとする目をゴシゴシと擦る。動いた拍子に造花が頭を垂れたので、腕を伸ばして直してやった。
「似合ってるね。マリーが作ったの?」
「そっすよ」
違和感でもあるのか、少し眉間に皺を寄せて、セトは造花を突く。どうやら、バイトから帰宅してすぐ―――ここは僕と同じだ―――マリーにこの造花をつけられ、キドとモモによってこの部屋に押し込まれたらしい。僕が帰宅するまでそこで待機しろと命令され、仕方なくベッドに座っているうち、いつの間にか眠ってしまい、今に至る、と。
「それはそれは……」
「カノが遅いのが悪いっすよ……」
苦笑する僕に、セトは頬を膨らませて枕を抱き込む。ごめんごめん、と手を上げつつ、僕はベッドに乗り上げてセトの傍らへと寄った。じ、と顔を上向かせてセトを見つめると、彼は少し照れたように目を逸らした。ニマー、と口元が緩んだが、欺く必要はないだろう。それが彼は不服だったようで、頬を赤らめたまま唇を尖らせた。そのまま詰め寄ると、避けるようにセトの身体はベッドへと倒れて、僕は彼の両脇に手を置く形になる。
「何すか……」
「んー、いや。何か言ってくれないのかなーって」
セトはすぐ察したようで、軽く吐息を溢す。それを言わなければ退かないと理解してくれたようだ。ぱらり、とシーツに散らばった髪と顔に落ちる影が、中々に扇情的だ。偶然の産物、グッジョブ。
「……お誕生日おめでとう」
「ん。ありがと」
ニコ、と笑い返してセトの頬にかかった髪を払う。セトは少し擽ったそうに目を眇めた。ああもう、可愛いなあ。
「でさ、キド曰く、君は僕へのプレゼントらしいんだけど?」
「はあ?!」
この反応では、さっぱり理解していなかったようだ。鈍いのも魅力ではあるんだけど、さ。そっとジッパーに伸ばした手を、しかし他でもないセトに止められてしまう。
「寝込みを襲う変態には、お預けっす」
べえ、と赤い頬のまま舌を出して、セトは僕の手を払うと身体を起そうとする。……正直、ムラッときた。
「襲ってないよー」
「足噛んでたのはどこのどいつっすか」
「あれはー……」
言えない。言えるわけない。セトの踵骨腱を切って、一生部屋に閉じ込める妄想してました、なんて。セトにとって足こそ翼だ。彼はそれで、広い世界に出掛けて行ってしまう―――時に、僕を置いて。そんなこと―――絶対に許さない。
「カノ―――それやったら本気で怒るっすよ」
セトはそう言って、僕の頬をパチンと叩いた。ムスリとする彼に眉根を下げて笑い返し、僕は頬に触れる彼の手を握った。
「……盗んだ?」
「盗まなくても、大体は察しつくっす」
「わー、愛の力みたいな?」
「バカノ」
ぐい、と首の後ろに回されたセトの腕が、僕を胸に押し付ける。ぼふり、と今だセトが抱えていた枕へと、僕は顔を埋める体勢になった。
「……セト、苦しい」
「俺は何処にも行かないっすよ」
僕の文句などお構いなしに、セトは言葉を続ける。何とか動かして、僕は彼の顔が見えるように顔を出した。
「ちゃんと、カノやキドのところに帰ってくるっすから」
ニシシ、と笑いセトは手を僕の頬を包むように移動させる。か、と包まれている頬が熱くなっていると自覚できた。
「だからカノも、約束」
―――約束ですよ
ハッと息を飲んだ。それからすぐ、自然と笑みが浮かぶ。変わったと思っていた。身長も、喋り方も、性格も。けれどやっぱり、セトはセトのままだ。笑顔も何も、あの時から変わっていない。そのことに何処か安堵する自分がいて、また苦笑が零れた。
「はいはい、約束ね」
ま、それも大切だけど今は。
ぎ、とベッドが音を立てる。セトの手を握って、空いている手をセトの顔の真横に置く。顔に射した影に、セトはこれから起こることを察したようでヒクリと頬を引き攣らせた。ニッコリと浮かべた満面の笑みは、欺いているからじゃない。
「カノ……っ」
掴んだセトの手は指を絡めてベッドへ縫い付ける。セトは真っ赤な顔を隠すように口元へ手を当てた。けれど隠しきれないその様が、またそそる。
据え膳食わぬは男の恥、ってね。
「プレゼント、なんでしょ?君は」
そう言って片目を閉じれば、セトはぐ、と口を噤んだ。さて、彼も腹を決めてくれたところで早速、いただきま―――
「カノ、セト、飯だ」
がちゃり。ノックもなしに扉を開いてズカズカと入室してきたのは、メカクシ団のお母さ―――じゃなくて団長のキド。―――お玉片手のエプロン姿だったから、僕に悪気はないと主張したい。―――
キスする直前だった僕らは、そのまま身体を硬直させた。そんな僕らの体勢を見ても顔色一つ変えず、キドは早く来いと顎をしゃくる。僕は取敢えずセトの上から退いた。セトは勢いよく起き上がって、さっさと部屋を飛び出していく。その背中を見送り、僕は、あー、と声を漏らす。
「……キドさん?」
「何だ」
「僕の誕生日……」
「だから今からそのパーティーをやるんだ」
今のは前祝、準備の時間を稼ぐための処置だったと、キドは事も無げに言い放つ。へ、と口元が引き攣った。
「お前にセトを与えたら、夕飯も食べずに寝ることになるだろう。お楽しみは後で、だ」
解ったらさっさと来い。最後にヒラリと手を振って、キドも部屋を出ていく。言われてみれば、先ほどから共有スペースの方が騒がしい。まさか皆、集まっているのか。
ベッドに座って、溜息を一つ。全く、皆暇人だな。むず痒さをそんな呟きで誤魔化して、パーカーをかぶると、僕は部屋を出た。
きっとクラッカーでもスタンバイしているであろう、仲間の待つ場所へ向かうため。



20140510
20140512再掲載
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