腐女子審神者と腐女子特務司書



▽とある本丸

「主〜……って」
薄い封筒片手に襖を開いた加州は、そこに目当ての人物ではなく布の塊があることに眉を顰めた。布の塊は振り返って、翡翠の瞳を瞬かせた。
「加州」
「山姥切。あれ、主は?」
「主なら出かけている。例の友人に会うと言っていた」
「あー……例の」
加州は我知らず苦虫を噛み潰してしまう。山姥切も同じ気持ちなのか、そっと吐息を漏らした。
「で、近侍のアンタが書類仕事を代わりに?」
「ただ整理しているだけだ」
とんとんと書類の端を揃え、山姥切は文机に山を置く。
「それで、加州。アンタは何か用だったか?」
「んー、主に荷物が届いていたからね」
加州は封筒を振り、それを書類の山の隣に並べた。その大きさを見て中身を察した山姥切は、小さく顔を歪める。
「それか……」
「多分ね……今回は誰のだと思う?」
「……あまり興味ない」
連れない台詞にそっと肩を竦め、加州は「そう」とだけ返した。加州は、ぐぐ、と腕を伸ばしてからそれを腰へ当てた。
「今から手合わせはどう?」
「……こんのすけに政府宛の書簡を渡したら」
「いいよ。先に準備して待ってる」
加州はそう言い、稽古場へ向けて歩き出した。
陽気な午後だ。自然と浮かんだ鼻歌を小さく口ずさみながら、加州は髪を弄った。すれ違った和泉守が、浮かれているなぁと感想を溢すが、彼の耳には届かないようだった。

▽とある図書館

「おっしょはーん……て」
「……いないようだな」
空っぽの司書室を見回して、織田と小林は首を傾ぐ。すると二人が入ってきた扉から、別の誰かが顔を覗かせた。
「おや、何か御用だったかい?」
くるりと振り返れば、織田の目線ほどまで積み上げられた本の山が目に飛び込む。小林が目を瞬かせると、織田は山の端から飛び出す杏子を目敏く見つけたようで「犀星先生」と声を上げた。
「今日の助手は、犀星先生でしたか」
「ああ。今は留守番だがね」
「どこかへ出かけているんですか?」
室生は本を一度机へ置くと、痺れかけていた腕を振る。
「どうやら、例のお友だちと遊びに行っているようだ」
「あ〜……」
事情を察した織田と小林は、苦虫を噛み潰したように顔を顰める。二人の様子を見て、室生は苦笑した。
「まあ、ここ最近、調査任務で忙しそうだったからな。今日は皆、潜書もなくお休みなんだ。ゆっくり休みなさい」
「そうしますわ。犀星先生は、一日ここで?」
「まあ、そうなるかな」
「でしたら、後でお茶菓子持ってきますわ。一緒に休憩しましょ」
「良いのかい? 小林くんは」
「俺は、午後に直哉サンたちとの先約があって……」
「と、いうわけで、午後ワシは暇人やったんですわ」
「そういうことなら。御相伴に預かろうかな」
ではまた午後に、と手を振り織田は小林と共に司書室を後にする。
「……えろうすんません」
「いや、別に」
午後は新作の交換会をする予定だったが、明日でも構わない。小林が小さく笑うと、織田は照れたように、申し訳なさそうに、頬を赤らめて肩を竦めた。

[newpage]▽腐女子審神者と腐女子特務司書

レトロな雰囲気の喫茶店。そこそこ人気のあるその店の片隅で、二人の少女は向かい合って座っていた。
一人は青い糸で袖が彩られ、カジュアルアレンジのされた白い着物姿。目元は黒地に青い絵の具で模様が描かれた狐面で隠されている。
対面に座るのは、黒いフード付のポンチョを着ている。口元は小さめではあるがガスマスクで覆われており、注文をとった給仕はどうやって飲食するつもりだろうかと内心首を傾げていた。
さて、暖かい紅茶を前にして、着物の少女はそれに手をつけることなく、指を絡めたそれを額へつけていた。そして大きく溜息。ガスマスクの少女はミルクをかき混ぜていた手を止め、顔を上げた。
「……推しが尊い」
地を這うような声だったが、着物の少女の言葉は予想通りだったためか、ガスマスクの少女は動じない。寧ろコクリと頷き「分かる」と同意を返すほど。
「ほんと、見得ないからこその美っていいね……薄汚れた布の下から覗く金髪碧眼が宝石のようだわ」
「あなたの山姥切の話聞くと、つくづく小林先生と共通点ある。あなた、絶対小林先生推しになる」
「そんな小林先生推しの君も、絶対山姥切推しになる」
がし、と二人はどちらからともなく固く手を握り合う。ここまで全て小声での会話である。
二人は片や審神者、片や特務司書として国のために働く公務員であった。少し個性があるとすれば、それは重度のオタク、そして腐女子であるという点。現在の推しジャンルは自分の職場である。配属先は違う二人だが、時たまこうして萌え語りをする仲だった。
「でも私の最推しは織田先生だから。初期文豪は別格」
「分かる。初期刀まんばは思い入れある」
そこで審神者は紅茶で口内を潤した。特務司書は頬杖をつき、ガスマスク越しに悩まし気な吐息を溢す。
「どうかしたの?」
「そろそろ次の新刊のネタを決めたいけど、迷っていて」
「室織じゃなかったの?」
「それにも萌える。けど最近、三織も美味しくなってきて……」
「あー、あのツンデレくん」
審神者は特務司書から渡された相関図――ただし特務司書の偏見が多分に含まれている――を思いだした。
「徳織もだざおだもあくおだもいい……」
「分かる。私も、ぶしんばとかむつんばとか、色々萌えてたけど、いつの間にかかしゅんばに落ち付きつつあるもの。迷走時期はどんなジャンルにもある」
「もう、室織三の三つ巴にしようかな……個人的に徳田先生は片想いが良く似合うと思う」
「面識ないけど可哀そう、徳田さん」
そこへ審神者が注文した本日のケーキセットが運ばれてきた。生クリームの添えられたガトーショコラとティラミス、そして柚子アイスのセットだ。
「美味しいものはまとめても美味しいわよね」
「同人誌って結局、好きなケーキの盛り合わせだもん」
同じものを頼もうかと、特務司書はメニューを開いて眉を顰める。審神者は生クリームと一緒に掬ったガトーショコラを口へ運び、頬を緩めた。

▽弊社の推しカップリング事情

「まあ、正直なところ、どうなの? 実際、推しカップルできてる?」
「んー、そこそこ? カップル成立までは行かなくても、矢印伸びてる感はあるわね」
そっちは、と審神者が視線で問うと、特務司書も無言で頷く。
「贔屓目あったとしても、山姥切の慕われようは愛されと呼んでも差し支えないかと。さすが初期刀。加州はそんな山姥切に負けたくないし認められたいしって感じ。振り向いてほしいのかなって。蜻蛉切と物吉は前の主のこともあって関係良好だし、浦島は……あの子若干八方美人なところあるからなぁ」
「結局とんもので落ち着いたんだ」
「徳川主従最高です」
審神者は、グッと親指を立てる。
「獅子浦ってカップリングも見かけたけど、うちの獅子王はどう見ても受けなのよね……」「獅子王の太陽属性ぶりを聞くと、私は大倶利伽羅との組み合せが見たい」
「それ良いかも」
パチン、と審神者は指を鳴らし、本丸に戻ったら試しに馬当番あたりを組ませようと呟いた。
「でそっちは?」
「んー。徳田先生は初期から織田先生と二人でいるし、気にかけている様子はあるかな。室生先生と織田先生は手紙のやり取り以降、新作見せあっているようだし。志賀先生は弟子の小林先生を可愛がっているし……」
「ほお」
「個人的には太宰先生が要かなぁ。織田先生は弟、志賀先生は犬猿の仲、芥川先生は尊敬、って感じだけど、どこかの感情の矢印がこじれてくれないかなって」

▽薄い本が広まりつつあるそうです。

「図書館にいるのって文豪でしょ」
「うん」
「で、大体物書きでしょ」
「? うん」
「……最近、私と同じような創作を始める先生方が出てきたんだけど」
審神者は思わず、口に含んでいた豆乳ティーを吐き出しそうになった。
「え……え?」
「さすがに製本して即売会には出せないので、ワープロ打ちで印刷したやつを紐で止めて司書室に置いてる……匿名で」
「一部の人が?」
「まあね。けど読むのはその他大勢」
「わお……羨ましいような、そうでないような」
「で、ここ最近色々相談受けたり観察したりして判明したカップリング傾向をまとめたものが、こちらになります」
「君のそういうところ、嫌いじゃない」
特務司書はノートをとりだし、机の上に広げた。審神者は少し身を乗り出し気味に、ノートを覗きこむ。
「織田先生があくだざ推し……え、犀朔犀推しなの、大丈夫?」
「まあ私も室生先生と萩原先生ならそうするかな……織田先生らしいし」
「小林先生が志賀先生攻めか」
「武者小路先生より自分を優先させる志賀先生は解釈違いなんだって」
「こじらせてない?」
「あくしがを勧めたらそっちも萌えた模様」
「君の趣味、反映しまくりじゃないか」
特務司書はカフェオレのお代わりを頼む。
「太宰先生が芥川先生攻め……自分×無頼派ってさすがね」
「めっちゃ納得したの」
「室生先生の織田先生総愛されって……」
「今度見せるよ。最高でした」
「志賀先生の織田先生プラス小林先生って?」
「それが一番意外。百合だった」

[newpage]▽どんな姿も推しは推し……というけども

特務司書がその日、待ち合わせ場所に指定された喫茶店へ向かうと、
「……」
酷く沈んだ雰囲気を撒き散らし、ゲンドウポーズで硬直する審神者の姿があった。
「……どうかしたの?」
取敢えずウエイトレスにアイスコーヒーを頼み、特務司書は審神者の向いに腰を下ろした。
「……まんばの」
「ん?」
「山姥切の極が発表されたの」
極、と口の中で繰り返して、嗚呼あのことかと特務司書は納得する。確かに数か月前から軽く情緒不安定なメールが届いていた。
「シルエットが発表されて、それがどう見ても……布がないの」
だん、と机に拳がぶつかり、既に冷めきった紅茶が揺れた。
「見えない美だった山姥切の御尊顔が、白日の下に晒されるの? 地上にもう一つの太陽ができちゃうわ!」
「あー」
「文豪たちにはそういう心配ないの?」
「召装っていうのがあるけど……あ、でも今度出る室生先生の衣装」
あれは! と特務司書も拳を打ち付ける。丁度アイスコーヒーを運んできたウエイトレスはビクリと肩を飛び上がらせたが、恐る恐る注文品を置いてそそくさと去っていった。
「背が低くて童顔だったのに、今度出る衣装はもうほんとおじさま感すごくて……! あ、これ成人してますわ、酸いも甘いも噛み分けてるわって納得した」
「ギャップ! それずるい!」
「やーさんパロがはかどるわ……北原先生の部下の室生先生と、売れない小説家の織田先生……」
「ああ〜、腐女子の琴線でロック奏でるやつ〜」
読みたい、と審神者が腕を振る。横流しするよ、と特務司書はアイスコーヒーをストローでかき混ぜた。
「で、修行に出すの、山姥切?」
う、と審神者は言葉につまり、机へ額をぶつけた。
「……暫く、保留で」
「了解」

▽乗っ取り(未遂)にあったようです。

腐女子本丸と腐女子図書館
・狐面審神者とガスマスク司書
・審神者陣営:初期刀は山姥切。かしゅんばとむつんばとぶしんばで迷ってる。あとは浦島受けと物吉受け。
・司書陣営:初期文豪は織田作。三織と室織で迷ってる。あとは山本受けと多喜二受け。


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