十二国記パロ



・雰囲気、十二国記パロ

窓の外は雲海が広がり、澄んだ青空が天を覆っている。目を焼くような光の球が空に鎮座していたが、最近初めて王気を目にしたときに比べたら、柔らかいものだ。
かたんと音がして、柔らかい香りの湯気が鼻孔を擽った。窓辺へ向けていた身体を机へ戻し、イオンは湯呑を置いた隣席の客人を見やった。
「ありがとうございます、ガイ」
「いえいえ」
隣国からの客人はカラリと笑う。彼へ微笑を返して湯呑を持ち上げると、左側からそっと揚げ菓子の入った小皿が差し出された。
「これも美味しいよ。ペールさんが作ったんだって」
ニッと笑ったジーニアスに促されて視線をやると、ガイの傍らに立っていた好々爺が頭を下げた。イオンは黄金に輝く揚げ菓子を取り上げ、小さく齧る。米で作られたそれは、軽い口当たりでフワリと溶ける。香油が塗ってあったのか鼻へ良い香りが抜けていき、イオンは思わず口元を手で抑えた。
「美味しいです」
イオンの言葉に、ジーニアスたちは嬉しそうに微笑む。
向いに座っていたミクリオは机の中央に置かれた椀へ手を伸ばした。椀には揚げ菓子がこんもりと積まれていて、先ほどジーニアスがくれた小皿はそこから取り分けた分らしい。
「ペールはガイの使令として、永いのかい?」
「ええ。蓬山の頃より、お世話させていただいております」
ペールはその頃を懐かしむように目を細める。使令のそんな様子を見て、ガイは照れたように頬を掻いた。ミクリオは何かを考えるように、顎へ手を添える。
「……作り方を習いたいものだな」
「ミクリオも、お菓子作りは得意でしょ? この前の、とっても美味しかったよ」
「火を使うものはどうも苦手で……氷菓子なら、自信はあるんだが」
「良いんじゃないか? ペールや主上たちが良ければ」
「台輔がそう仰せられるのならば」
「本当かい」
ミクリオは嬉しそうに頬を染め、あとで主上に伺うことを固く約束した。
彼らを微笑まし気に見つめるイオンの後頭部を、小突く手があった。イオンは思わず頭を振り、小突かれたそこを撫でながら振り返る。すると、いつの間にか影から姿を現していた使令が、口をへの字に曲げてこちらを見下ろしていた。
「何羨ましげな目をしているんだ」
「シンク」
「言っておくけど、アイツラが可笑しいんだ。菓子作りをする台輔や妖魔なんて、聞いたことない」
「結構な言いようだな……」
ガイは乾いた笑みを浮かべる。しかしその毒舌がシンクという妖魔の特性と知っていたので咎めることはせず、花茶へ口をつける。
「えーやん、そういう麒麟や使令がいても」
呑気な言葉を投げたのは、ミクリオの右隣りに座っていたエルマーナだった。彼女は両頬をついた状態でもぐもぐと口を動かし、やがて咀嚼するとシンクを一瞥した。
「世界は広いし時代は永い。常識なんて、その中で生まれては廃れていくものなんやし」
幼い容姿だがこの中で最年長の麒麟の言葉だ、重みがある。シンクは口を噤み、腕を組んでそっぽを向いた。
「さすが、数千年一人で国の盛衰を見てきた麒麟の言葉は違うね」
ジーニアスの摘まんでいた揚げ菓子を浚い、そんなことをぼやく気配が一つ。慌ててジーニアスが振り返ると、そこに立っていた少年の口の中へ揚げ菓子が消えていくところだった。
「ミトス!」
折伏せずとも友として護ると誓いを立ててくれた妖魔が、いつの間にかそこにいたのだ。こたびの集いに彼は招待されていない筈で、ここは雲海の上に存在する王宮。どうやって入って来たのだ。最悪を想像して、ジーニアスは青ざめた。彼の危惧を察し、ミトスは安心させるように頬を撫でた。
「大丈夫だよ。君の友人だって話して、ちゃんと門から入ったから」
「この部屋には窓から侵入したんだろう」
油断も隙もない。苛立ちを隠しもせず呟いて、シンクは吐息を吐いた。ミトスはニコニコ微笑んだまま、ジーニアスの座る椅子に寄りかかった。
「まあそれはそれとして……イオン、身体の具合はどうだ?」
何となく空気が重たく感じて、ガイは話を変えようと緑の鬣を持つ麒麟を見やった。つい先日新しい王に叩頭した亞麒は、胸に手をやって頷いた。
「随分と楽になりました。主上を見つけてから息苦しさはなくなっていたのですが、最近は主上も尽力して下さっているようで、だるさも和らいでいます」
「アイツは昔から努力家なんだ。きっと、この国にとって良い王になると思う」
亞王を、王になる以前から知るガイは昔日を懐かしむように目を細める。
亞王は胎果だった。蝕に巻きこまれ流れ着いたのは宝国で、王を探して国を回っていたガイが彼を拾ったのだ。まだ年端もいかない彼を放っておけなくて、姉と慕う女怪に咎められたが、ガイは彼を育てた。前王と似た顔立ちだったことも、理由だったかもしれない。
「アイツ、『俺を王に選べ』なんて言いだしてなぁ」
「結局ガイは別の人間を王に選んで、彼はイオンに選ばれたわけか」
そもそもガイが拾った子どもは、宝国の胎果ではなかったのだ。王はその国の生まれのみ。その事実を知ったときの落ち込みようは、いっそ気の毒なほどであった。
「ほんと、失礼な話だよね。うちの台輔さまはお呼びでないって?」
「そんな無責任な奴じゃないよ」
シンクの毒を真っ直ぐ打ち返し、ガイは柔らかく微笑む。嫌味を吐きづらい相手だと、シンクは不満げに口を歪めた。イオンはそっとまだ暖かい湯呑を包み、揺れる水面を見つめる。
「……主上が僕をどう思おうと、僕は主上に出会えて幸せです。だから僕は、主上を信じます」
それからイオンはシンクを見やり、「ごめんなさい、シンク」と詫びた。シンクはまた息を一つ溢し、「使令に謝る台輔なんて聞いたことがない」とぼやいた。
どたどたと騒がしい足音がして、麒麟たちの集う部屋の扉が開いた。
「ごめんミクリオ、遅くなった」
「スレイ、他国の王宮なのだから、もっと静かに歩くべきだ」
「ロイド、君もだよ」
「う、悪かったって、ジーニアス」
真っ先に入ってきた若い王二人は、それぞれの麒麟たちに注意されしょんぼりと肩を落とした。彼らに引っ張られるようにしてやってきたルカは、肩で息をしながらエルマーナの方へ。
「ごめんね、エルマーナ。少し時間がかかっちゃって」
「ええよ〜、お菓子も美味しかったし」
「ほう、菓子があるのか」
ぱり、と揚げ菓子を齧ったガイの手元に影が落ちる。いつの間にかペールは影へ戻っており、少し顔を上げると蓄えられたヒゲが頬に当たった。
「ペールお手製の揚げ菓子だ。食うか?」
「後でいただこう」
ガイの金の鬣を掬いあげ、ヴァンはそこへ唇を落とした。集まった王たちの中で最年長だけあってか、所作に余裕が伺える。自分の主上も、いつかあの貫禄を身に着けることができるのだろうかと、ジーニアスは思わず唸った。
「待たせた」
詫びの言葉を述べながら、最後の王が部屋へと入って来る。イオンはすぐに立ちあがり、入口の方へ小走りに駆け寄ると、彼の主上の足元に跪いた。
「おい、イオン」
戸惑った声が降ってくるが構わず、イオンは胸に手を挙げて頭を下げる。
「ありがとう……あなたが王になってくれて、本当に良かった……」
戸惑う声が口を噤んだ。イオンはこみ上げる熱を飲み下し、晴れやかな笑顔を主上へ向ける。
「ルーク、あなたをずっと、待っていました」
潤んだ翡翠の瞳に見つめられ、赤髪の王は照れたように頭を掻いた。それから手を差し伸べてイオンを立たせると、受け取った手を強く握った。
「俺に何ができるか分からないけど、精一杯頑張るよ。俺を選んでくれたお前と、民のために」
噛みしめるように呟かれた言葉に、イオンも頷いた。微笑んだ拍子に目の端からポロリと雫が零れて王をまた慌てさせてしまうのだが、それもやがて笑い話となるだろう。王による治世は、始まったばかりである。



是国(是王スレイ、是麒ミクリオ)
スレイとミクリオは胎果、蓬莱で幼馴染として育つ。先にミクリオが蝕に巻きこまれて国へ戻る。後にスレイが王だと察し、宝具を使用して彼を国へ連れ戻した。三公にライラやゼンライ、将軍にアリーシャやザビーダ、迹人としてロゼとデゼルがいる。

宝国(宝王ヴァン、宝麒ガイ)
亞国の近くにある小さな島国。前王はアッシュで、反乱によって首を絶たれる。ヴァンは武官の父と共に前王の頃から王宮を出入りしており、ガイとも顔見知りだった。王が崩御後、ガイの様子を知るためだけに昇山、新しい王に選ばれた。女怪マリィをガイは姉のように慕う。リグレットやラルゴが武官を務めている。ナタリアは前王の妻で、現在は文官。

亞国(亞王ルーク、亞麒イオン)
つい先日瑞雲が見られた国。胎果のルークは蝕によってこちらの世界に来た際、ガイに拾われ育てられる。ガイの捜している王が自分であれば良いと思っていたが、実際ガイが選んだのはヴァンで、ルークを王として選んだのはイオンだった。前王はモースで、歴史上から見ても統治期間は短い。イオンは失道していたため、身体がまだ本調子ではない。ジェイドは海客。アニスやティアもいる。使令のシンクは素直じゃないだけで、しっかりイオンを守ってくれる。

心国(心王ロイド、心麒ジーニアス)
ジーニアスは最年少の麒麟。ミトスは黄海で出会った妖魔の友。折伏せず、親友でありたいとジーニアスが望んだ。前王の頃から将軍を務めるクラトス、海客のゼロスがいる。

祈国(祈国ルカ、祈麟エルマーナ)
ここ数千年、麒麟は変わっておらず、他の麒麟と比べても最年長。前王はアスラ。ルカの親友のスパーダは将軍を務める。


テイルズ

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