そして、世界は形を変える(ダイジェスト)



―――そして、世界は形を変える―――unleash your mind―――

第一章「戦いの宇宙」

平和は、突然終わりを告げる。
突如現れた、所属不明の謎の艦隊。それは、未知の機械を搭載した、巨大な戦艦の数々からなるものだった。それは、意志を持つ戦艦、そして紛れもなく侵略者であった。圧倒的な技術力、戦闘力の差の前に、なす術もなく蹂躙される人類は、絶望的なその戦局に『滅亡』という未来を見る。―――だが、たった一つ残った希望があった。
それは、人類との対話に成功し、人類との共存を望んだ、ごく少数の『彼ら』の中の『反逆者』たち。彼らは、自らの姿を小さな指輪に変えて、その心と力を、手にするに値する人の子に託した。かくして、人類の生き残りをかけた最後の戦いが始まったのだ。

「―――と、これが概要なんだけど……」
そこで言葉を止めて、春は苦笑を溢した。カクン、と首を落とした駆はハッと顔を上げ、慌てて口元を拭う。
「りょ、了解であります!」
「うん、聞いてなかったね」
まあ、これは入隊のときにも一度説明されているから、復習みたいなものだ。あとは世話役に任せるか。春は資料を閉じ、小さく息を吐いた。
「よろしく、如月恋っていうんだ」
甘いお菓子みたいな色の髪がふわりと揺れる。心なしか甘い匂いがした気がして、ぼんやりとしていた駆は慌てて頭を振った。
「俺は神無月郁。よろしく、駆」
人好きのする笑顔で手を差し出す郁の少し後ろで、不機嫌そうな顔をした涙がジロリとこちらを見やってくる。その視線にどこか居心地悪さを感じながら、駆は郁の手を握り返した。

―――……!
「!」
郁はピタリと足を止め、後ろを振り返った。今、誰かに呼ばれたような気がしたが、ひんやりとした廊下には、郁の姿しかない。耳裏を擦って、郁は腑に落ちず唇を尖らせた。
あの声は、確か夢でも聴いた。夢の中で、郁は透き通った青の水の中に浮かんでいる。息苦しさも冷たさもないそこは、郁の目の前にある大きな玉が唯一の光源となっている。郁を呼ぶ声は、その玉の中から聴こえてくるのだ。
溶けかけのアイスみたく表面がドロドロとしたその玉は、人一人が入れそうなほど大きい。夜空の月灯のように淡く優しい光に目を細め、郁はそれに触れようと手を伸ばす。
「駄目だよ」
しかしその腕は、玉に触れる前に横から伸びてきた手に掴まれた。ハッとしてそちらを向いた郁だが、そこにいる人物の顔はハッキリと覚えていない。ただ、優雅に弧を描く口元は、何処かで見たことがあるもので。
「……こんなところに来てはいけないよ、いっくん」
玉の声とは違うそれも、何処かで聴いたことがある。

宇宙を舞う、巨体。星々の合間を羽ばたく、雄々しい翼。駆が苦戦していた相手艦隊を、ものともしない力強さ。ボロボロの肩を恋に支えられ、駆はグッと唇を噛みしめた。駆?と恋の声が耳元でする。それを頭の片隅で受け止めながら、駆は乾いた口を動かした。
「……なんで……なんで俺の心獣は……!」
「駆!」
咎める恋の声など聞こえない駆は、拳を握りしめグッと俯いた。蝦夷くんの、何処か悲し気な顔も、彼には見えていない。
「こんなにも、―――弱いんだ……!」
「駆!」
恋が駆の肩を掴んだ途端、蝦夷くんの身体がブルブルと震え始めた。漸く異変に気づいた駆が顔を上げると、震えていた蝦夷くんはパチンとシャボン玉のように弾ける。驚く間もなく、ついで駆のリングを嵌めた指に焼けるような痛みが走って、淡い金色のそれが錆のように黒ずんだ。
「何で……」
蝦夷くんの気配も声も、聞こえない。艦隊を召喚しようと念じても、『彼ら』の返事がない。駆の目の前が突如として真っ暗になり、足の力が抜けた彼はどさりとその場に膝をついた。
心獣が消えた。『彼ら』とのリンクも繋がらず、艦隊も召喚できない。すっかり戦力外になった駆は、自室のベッドに座って呆然と己の手を見つめた。
「心獣は己の心そのものだ。つまりそれは己の化身。心獣を否定したということは、お前自身を否定したということだ」
始の声が脳を叩く。駆は手に顔を埋めた。
「俺は時々思うよ。この子たちは―――あらいくんとらーくんは―――心に秘めていた俺自身なんじゃないかって」
そう言って愛しそうにアライグマたちを撫でる夜の顔も、ふと脳裏へ浮かんだ。あのときは良く解らなかった言葉の意味が、今では身をもって実感できる。心獣たちは、適合者の心なのだ。目から溢れた水が顔の傷に滲みるが、胸の奥にできた傷に比べたら、そんな痛みなど比ではない。
「……―――弱いのは、俺だ……!」
喉を引き攣らせるような音を扉越しに聞き、恋はそっと目を閉じると後頭部を扉へ預けた。

「もう二度と、否定しない!」
高らかなその叫びと共に輝いたのは、リングの胸元。黄金色に輝くリングを嵌めた手を握りしめ、駆は現れた艦隊に飛び込んだ。
自信満々なその背中を見つめ、恋はホッと息を吐いた。

第二章「侵略者の大艦隊」

艦隊には、幾つかのレリーフが飾られている。祈りを捧げる聖女を描くそのレリーフは、人類の勝利を、命を賭して祈った聖女たちの偉業を称えて作られたものだと言われている。しかし聖女たちの名も、彼女たちがどのような人生を歩んで人類のために命を捧げたのかも、誰も知らない。
「……」
風の月乙女と銘打たれたレリーフを見つめていた恋は、そっと視線を外し、廊下を静かに歩いて行った。

「お前、ちょっと目立ち過ぎ」
尻もちをついた新は呆気にとられ、自分をこんな恰好にさせた目の前の男を見上げた。腰に手を当てて立った陽はクルリと軍帽を指で回し、頭に乗せる。
「スパイとナンパはもっとスマートにしなくちゃ」
陽はそう言って、片目を閉じた。

そっと、自身の指に嵌めたリングへ唇を落とす。その姿に何故か心拍数が上がり、駆は咄嗟に壁の影に身を隠した。バクバクとする胸に手を当て、駆は己の行動に首を傾いだ。何故、自分は隠れたのだろう。
(何で、こんなにも……)
あの姿に、見惚れてしまっていたのだろう。
そんな駆の行動など露知らず、恋は自らの唇を落としたリングを、そっと撫でた。恋の髪色と同じ桃色のリングは、憎しみの象徴でもあり、大切な人の形見でもある。
「……必ず助けるから―――愛」
祈りのときのように手を重ね、恋は真っ直ぐな瞳を上げる。
敵陣はすぐそこ。この戦いの終りも、恐らくすぐそこ。

「君は……」
フワフワとした無重力の空間。夢の中の筈なのに、やけにはっきりとした感覚に郁は戸惑いを隠せない。そんな彼の向いに浮かんで、その少女は小さく微笑んだ。
「やっと会えた」
郁は思わず目を見開く。その声は、今までずっと郁の鼓膜を叩いていた、あの声だったのだ。

「嘘……」
目に映る光景が、信じられない。駆は瞬きすら忘れ、呆然と立ち尽くした。始はグッと顔を歪め―――それはいつか、軍上層部に対して見せた怒りの表情に似ていた―――そこに立つ男を睨みつけた。
「何をしている―――春!」
かしゃん。軽い音を立てて眼鏡が床に落ちる。それを爪先で蹴って転がし、春は帽子の影に潜めた目をそっと細めた。ぴき……と、彼の首筋から頬にかけて、緑色の線が走る。血管のような、遺伝子を構成する六角形のようなそれに、隼はスッと顔色を変えた。
「何って……ワタシタチは、ハジメからコノつもりデス」
確かにベースは春の声。しかしそれは機械のように平坦で、ゾクリと背中を泡立たせる。ニヤリと細く笑んで口元を指で撫ぜるその仕草は何処か妖艶で、駆の背は冷たいものが触れているのに、腹は何故かカッと熱くなった。

第三章「アステロイドヘブン」

「ワタシたちは望んでいるのデス。人類のように在るコトを。心を持ち、感情を持ち、泣き笑い―――愛する。ドレダケ文明が発展し宇宙の果てマデ統べようとも、心だけは得られなかった。心獣を作ったのも、そのデータを取るタメです」
春の口から語られる機械的な言葉。挑戦的な視線も口元に添えられた手も、状況が違ったら良い度胸だと押し倒すところだ。しかし今はマグマのような怒りを抱かせる要因にしかならない。始はギリギリと歯を噛みしめ、腰の銃に手をかけた。

「何馬鹿なことしてるんだよ!」
「駆さん……」
無理矢理引きずりだされ、ペタリと座り込んだ恋は、駆の勢いに圧されぼんやりと彼を見やった。恋の腕を離さんと強く掴んだ駆は、怒りと涙を堪えているのか、酷い顔をしている。ググっと唇を噛んだ駆は、ギンっと恋を睨みつけた。
「妹さんが大切なのは解る!俺だって、あんな家族でもいなくなったら悲しいよ!でも……だからって、」
ぽつ、と床についた恋の手に、生温かい何かが触れる。涙だ。それが駆のものか、恋のものかは、解らなかったけれど。
「恋が犠牲になる必要なんてないだろ……!」
「駆……!」
「そんなの、俺が嫌だよ……!」
強く掻き抱かれ、恋の喉がヒクリと動く。ダラダラと流れる雫が、駆の肩を濡らしていく。恋はそっと腕を持ち上げて、駆の背中に指を絡めた。ぐず、と鼻を啜ると、駆が恋の頭をくしゃりと撫でた。

「涙」
いっくん、と涙は思わず彼の名を呼んだ。郁は涙から少し離れたところにたって、眼下に広がる星屑の海に頬を緩めていた。宇宙に風はない、のに、郁の前髪が何処からか流れてきた風に遊ばれた気がした。爆撃の光を受けながら、郁は涙の方へ顔を向ける。
「俺、やっとやるべきことが、見つかった気がする」
涙は思わず、下唇を噛んだ。
止めて。そんな顔で、そんなことを言うのは。けれど、無力な自分には彼のその手を掴むことすらできないのだろう。

―――そしてその日、世界は形を変える。果てに待つのが、楽園か否か、知る人はいない。

ツキウタ。

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