たとえばこんな関ヶ原



※リング争奪戦の設定だけ適当にパクった関ヶ原の決着


後に、天下分け目の戦・関ヶ原の戦いと称される大戦。その決戦の日から凡そ八日ほど前、東軍西軍両陣営の主要武将たちは大阪城に召集されていた。敵対している者たち同士、ある程度の線引きをされているとは云え、大広間に一緒くたに待たされている状況、空気が張りつめていない方が可笑しい。あからさまに睨みを効かせる者、無関心を装って静かに坐している者、怯えて体を小さくしている者、堂々と背を伸ばしている者……人柄が出るのだろうか、その様子は様々であった。
武将たちをこの場に呼んだのは、伊予河野は隠し巫女・鶴姫である。彼女は雑賀三代目頭領と伝説の忍を両脇に従え、広間の上座に立つと大きく息を吸った。
「皆さん!本日はお集まり頂き、誠に有難うございます!」
その声に、武将たちの視線が一同に彼女を捉える。睨みつける視線も訝しげな視線もまるっと無視して、鶴姫は召集の趣旨を説明した。
「今日ノ本に広がる戦は、これまでにない多くの犠牲を払う大戦です。私は、それをやめてほしいと思いました」
「下らん」
そう一蹴したのは、西軍総大将・石田三成である。彼は坐したまま自身の無名刀を取り上げると、大一大万大吉の彫刻がある方で鶴姫を指した。
「この戦は太閤・秀吉さまの仇討。そのために死す命、誇りこそすれ惜しむことは私が許さない!」
武将たちの間から、幾つかの呆れの吐息が零れた。この男はどこまであっても過去しか見ていない。石田に全て賛同するわけではないが、鶴姫の頼みを聞けないのは、どの武将も同じであった。犠牲のない戦など、ないのだから。
「巫殿、ワシたちはこの戦を以て、そういった犠牲を失くそうと考えている……戦はこれで最後だ。どうか、それまで待ってはくれまいか」
石田の言葉に苦笑しながら、東軍総大将・徳川家康が言う。鶴姫は眉を顰めて彼を見やった。
「……けれど、犠牲を出さないために犠牲が出るんですよね」
「それが戦だ。ワシはだからそれを止めたい」
「―――三成さんは過去しか見ていませんが、家康さんも未来しか見ていませんね」
巫女のその言葉には虚を突かれたようで、徳川は目を瞬かせた。しかしすぐ何時もの―――ある者に言わせれば狸のような―――笑みを浮かべる。
「……今に嘆くからこそ、未来はよく在りたいと思うのが人だろう?」
「貴様はいつも綺麗ごとだ。その綺麗ごとで貴様は、秀吉さまの未来を汚した!」
激高し刀を抜かんとする石田の腕は、持ち前の速さで現れた風魔によって押し留められた。ここで諍いを起すのは得策でないと彼でも察せられたのであろう。石田は腕を振って風魔を払うと、立てた膝をもう一度折った。
防御しようと上げかけた腕を下ろし、徳川も居住まいを正す。それからちらと鶴姫を一瞥した。彼の視線を受け止めてか、彼女はきゅっと握った手を胸に、部屋に集まる一同を見渡した。
「……私は今この時も大切にしたい―――誰かの犠牲の上で成り立つ平和なんて、そんなの悲しいです」
「詭弁よ」
ぴしゃりと、大谷が言い放つ。彼は横目だけやって彼女に冷たい視線を投げつけた。
「巫女殿といい、徳川といい、戦国の世では生きられぬ性分と見受けられる」
「はい。だから私は、今日、ある提案をするために皆さんをお呼びしたんです」
大谷の皮肉を真正面から見返した鶴姫に、さすがの彼も言葉を詰まらせる。鶴姫はその間に風魔へ向けて一度頷いて見せた。それに是の頷きを返し、風魔は黒い羽根を残して姿を消す。次の瞬間、西軍七名、東軍五名の手上に金属の指輪が落ちてきた。
「む?」
「何だい何だい」
「……!」
「What?」
「……ちいさくて、きれい……」
「何だ、これは」
「指輪、でござるか」
「変わった装飾だな」
「おいどんには、小さかねぇ」
「小生はこんなものより、鍵が欲しいんだが……」
「……何を企んでのことだ」
「ヒッヒッヒ」
指輪をじろじろ眺め、武将たちは鶴姫の説明を待つ。彼女はにっこりと笑って両手の指を絡めた。
「模擬戦に使用する指輪です!」
「模擬戦?」
「はい!西軍七名、東軍七名の代表者同士で戦い、相手の指輪を奪い合ってください。全七戦の後、指輪の数が多い陣営が勝者です。これなら、犠牲のでない決着がつけられます!」
「餓鬼の御遊びかよ」
「失礼な!これは立派な戦です!外国のとある御家では、これで継承争いを決していると聞きました!」
「……それ、どっかで聞いたことあるよーな」
息巻く鶴姫の説明に、前田は思わず苦笑を漏らす。おお!と声をあげて真田は両拳を握りしめて立ち上がった。
「なんと!そのような戦の形式があったとは!某、勉強不足でござった!して、巫殿、その対戦相手はどのように選抜するのでござるか!」
この男は既に乗り気である。その他大勢の微妙な顔を無視して、キラキラとした瞳を向ける真田に、鶴姫は得意げに笑って見せた。
「ふふふ。ここで先ほど海賊さんが言っていた指輪の装飾が重要になってくるんです」
そう言われてつい視線を手元に落としてしまうは、人間の性か、この国の人間の特性か。
「その指輪は二つで一つなんです。半分に分かれたもう一つの指輪を合わせて初めて、完成品となるんです。指輪は全部で七つ、それぞれが違う意味を持つため、装飾も違っています。つまり、同じ指輪の片割れを持つ人同士が、対戦相手となるんです」
伊達は目の高さまで指輪を持ち上げた。半分になっていると聞けば、確かに模様もそのように見える。
「指輪の意味は、天候に擬えた持ち主の存在意義です。僭越ながら、孫市姉さまと私でそれぞれの持ち主を決めさせて頂きました」
「因みに、風魔と私は数合わせの意も含めて東軍につく。審判は公正にするため、姫と……真田の忍に頼もうか」
「え!俺さま?」
「おお!佐助!頑張るのだぞ!」
「ええー……」
突然名指しをされ、動揺したのか猿飛は天井から少々間抜けな格好で降り立った。主である真田にそう言われてしまえば逃げ道もなく、猿飛は微妙な顔で頬をかく。
「鶴の字、それで指輪の持つ意味って?」
余計なことを、と毛利は小さく毒づいた。そこまで聞いてしまえば、あの頑固な姫巫女は止めるという選択肢を打ち抜いてしまう。まあ安芸が安泰になれば戦の形式などどうでも良いかと、毛利は開き直ってしまうのである。そのために敷いた策が、若干無駄になったような気がしないでもないが。
「先ほどもちょっと言ったんですが、指輪の意味は天候に擬えてあります。嵐、雨、晴、雷、雲、霧の六つです。そしてそれらの土壌となる大空が七つ目、これは元となった規則では、領主が持つ物として決められています」
それを踏まえて、と鶴姫は人差し指を立て順番に説明を続けていく。
「総大将の家康さんと三成さんは『大空』、孫市姉さまと虎のお兄さんが『嵐』、『雨』はお祭りお兄さんと海賊さん、『雷』が忠勝さんと穴熊さんで、宵闇の羽の方と島津のおじさまは『晴』、竜のお兄さんと毛利さんが『雲』、最後の『霧』はお市ちゃんと大谷さんです」
ぱち、ぱち、とそれぞれ対戦相手同士の目があう。その相手に、反応は人様々であった。
「Wait 何で俺の相手があの男なんだ」
伊達としては好敵手と戦いたいというのが本音であろう。
「『雲』は『独自の立場から陣を支える』という意味があるんです。家康さんから竜のお兄さんとのお話を聞いた時、ぴったりだと思ったんです」
恐らく『対等な同盟』の話か。伊達は小さく舌打ちしてそれ以上の文句は飲み込んだ。
「まあ、それにアンタが嵐っていうのも可笑しな話だろ、独眼竜。幸村なら、納得だけど」
肩を叩きながらの前田の言葉に、伊達は思わず納得した。確かにあの暑苦しさには勝てそうにない。
「おおおおおお!では、某の指輪にはどんな意味が!」
「『嵐』は『常に攻撃の核となる』です」
「おおおおおおおおおおお!!!」
真田の雄叫びを背に、石田は手元の指輪に目を落とす。それからふと上げた視線が徳川のそれとぶつかった。徳川は少々乗り気ではないのか、困ったように笑ったままであり、それを見て、石田は益々眉間の皺を深くしたのだった。

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