おしゃべりしてください(受け編・未完)



しん、とした沈黙が狭いカラオケボックス内に広がる。顔を俯かせる後輩達を見回した諏佐は目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。
「今吉翔一。腹黒で、人の嫌がることをするのが趣味な性悪だ」
はっと息を飲んだ一同の視線が彼に集まる。諏佐はまだ目を閉じたまま、一気にジンジャエールを煽っていた。
「…意外だな。諏佐が」
「こういうのはきっかけさえあればいい。それに、皆同じなら隠す必要ないだろ?」
まぁそうだな、と小堀は小さく頷く。諏佐の次である桜井は益々肩を竦め、膝上に置いた手に視線を落とした。
「…わ、若松さん、です。若松孝輔さん。ちょっと短気だけど、真面目で誠実な人、だと思います…」
語尾は徐々に消えていった。顔を赤くする桜井を慰めるように、諏佐はその肩を撫でた。この二人が恋人同士のようだ、とは高尾の心の中にとどまった感想である。彼としては、感情なんてないように思える古橋の恋人こそ、興味をそそられるものであった。その古橋と言えば、食べかけのチップスをじっと見つめていた。
「…恋人、と言って良いのか解らないが…強いて言うなら花宮か?性格は桐皇の今吉と大差ない。ゲスな男だ」
曖昧な言葉に、一同は揃って首を傾げる。
「好き、じゃないのか?花宮のこと」
「…好き?」
「キスしたいとかさ、思わないんスか?」
「…花宮とずっと一緒にいたいとは思うが…これが恋愛感情なのか?」
真顔で淡々と問う古橋に、高尾はこっそり息を飲む。この男は本気で感情が薄いらしい。これは花宮も苦労しているのではないかと、日向でさえ因縁相手に同情してしまった。
「俺は笠松だ。真面目で、熱い奴だな」
場を取りなすように小堀が明るい声を出す。するとそれに乗って高尾が興味有り気に声を上げた。
「笠松さん!これまた意外な」
「そうか?」
「まぁ、恋愛とか疎そうだな」
日向の同意に、小堀は少し困ったように笑って頬をかいた。
「ま、女子は苦手だから、ウチの学校ではよく言われるよ。笠松は恋愛に興味ないバスケ馬鹿だって」
「その時点でホモ疑惑確定ですね」
「本人曰く、違うらしいんだがな」
はは、と笑って小堀は紅茶を喉に流し込む。少し居心地悪そうに日向に視線をやると、それに気付いた彼は齧っていたピザを皿に戻し、汚れた指をナプキンで拭った。
「…一応、木吉鉄平。天然で馬鹿で何考えてるか解んないムカつく野郎っス」
「鉄心かー…」
同じポジションとして思うところがあるのだろう、小堀は目を細めた。
「優しいじゃないですか、木吉先輩。それに紳士です」
「天然でそれをやってくるから手に負えないんだよ!」
黒子に言い返す日向は耳まで赤く、照れている事は明白だ。彼曰く、紳士的な行動はほぼ全て無自覚の行動らしく、その為気恥かしも増すのだとか。嫌がる顔を見たいが為にわざわざ行動を起こすこちらよりマシではないか、と諏佐は思った。
「そう言う黒子は?やっぱりキセキの世代や火神?」
「いえ、降旗くんです。臆病なところもありますが、正義感が強くて仲間思いな人ですよ」
「わあ、ダークホースだあ」
意外な人物に、高尾の口調も思わず棒読みになる。中学時代からも何かと強い縁のある彼らだと思っていただけに、周囲の反応は一様に驚きの一言しかない。ただ同校である日向だけは知っていたのか、平然としているが。これはキセキ達からの攻撃が凄そうだ。高尾は一二度見ただけのベンチの彼へ向けて、心の中で合掌した。
「高尾くんは?」
「俺はねー、真ちゃん!ツンデレだけど、こっちも紳士な男前さんだよ」
「あ、やっぱりですか」
「あれ、そんなに解りやすい?」
「というか想像通りですね」
黒子の言葉に全員の首が前に揺れる。いつも一緒にいる一年レギュラー同士だから、違和感がない。その反応が若干不満だったらしく、高尾は唇を尖らせる。するとまたも画面が切り替わった。次の質問らしい。
『二人の出会いはいつどこで?また、その時の第一印象は?』
「今吉とは、中三の時が初めてだな。推薦で進んだ者同士の顔合わせの場でだ」
「諏佐さん、推薦だったんですか」
「ウチのレギュラーは皆ほとんどそうだよ。じゃないと若松や青峰は入学すら出来てない」
「あー…」
「第一印象は…兎に角薄気味悪い奴、だったな。ずっと薄っぺらい笑み浮かべてたから」
「僕は…初めての部活の時ですね、やっぱり。顔合わせして…僕は推薦じゃなかったですけど、若松さんは中学の時のこと知っててくれたみたいで、あちらから話しかけてくれました」
「へえ…意外とマメなとこあんだな」
「初めはどこの不良の方かと…失礼なんですが、凄く怖かったです」
「まぁ、そりゃしょうがねえだろ」
「俺は同じクラスだったからな、出席番号も近かったし。第一印象は…えらく特徴的な眉をしているなあ…と」
「……」
「俺は中学かな。同中だったんだ」
「じゃあ小堀さんも部活の時に?」
「いや、ウチの中学のバスケ部は人数多くてさ。暫くはお互いに知らなかったんだ」
「え、じゃあ…?」
「体育館裏で喧嘩してる笠松を見つけたんだよ」
「は?」
「喧嘩?笠松さんが、ですか?」
「そう、二人くらい相手にしてな。で、当時保健委員だった俺が手当したってわけ」
「王道少女漫画だな」
「やっぱ不良だったんスか、笠松サン」
「いや、風紀委員として煙草を注意したら逆上して殴って来たからだって言ってた。昔は今よりも短気だったからな、アイツ」
現在の笠松の姿が浮かんでくるが、それより酷い状態は想像できない。
「俺は、誠凛に入学してすぐだな。廊下でぶつかったんだ。第一印象は…イケすかねえ大男だった」
「素直になればいいのに…」
「…っせえ」
「僕も部活初日ですね。第一印象を言えるほど、話もしなかったんですけど…反応が一々面白い人だなあ、と」
「なんじゃそりゃ」
「フリはビビリだからなあ」
「はい。火神くんやキャプテン対する恐怖の反応が福田くん達より大きかったんです」
人間観察が趣味である彼でなければ、気付かないことだろう。
「俺は中学の時の試合かな。向こうは覚えてなかったけど、あっさり負けちまったから悔しかったんだよね。すっげー3Pを撃つ、美人さんが第一印象」
『相手の好きなところ、嫌いなところは?』
「好きなところ…は、難しいな。あー…頭良いところ?まあ、
人前構わず迫って来るのは勘弁して欲しいな。後輩に冷めた目で見られてると思うと…」
「それは…大丈夫だと…」
何だかんだで部員は、スタメンの中で一番面倒見の良い諏佐を慕っている。寧ろそんな諏佐を一人占めする今吉に恨みの眼差しを向けている事だろう。しかしここでそれを言っても諏佐が信じないことは解っていたので、桜井はもどかしく思いつつもそっと口を閉ざした。
「いつも僕を心配して声をかけてくれるところは、好き…です。嫌いなところは…今吉さんの口車にすぐ乗せられて暴走するところ…」
「それは、すまん」
「初めも言ったが、そういう好き嫌いはよく理解できない」
「例えば、こういうことはもっとしてほしいとか、こういう行動はしてほしくないとか」
「花宮のすることで、やめて欲しいということはない」
「…これ、最大の惚気?」
「…かもしれません」
「俺は、怒りながらも色々世話を焼いてくれるところかな。嫌いなのは…」
と、小堀は耳まで赤くした。突然の赤面に周囲は慌てる。どうかしたのかと問うてくる日向に小さく手を振り、小堀は赤くなった顔をもう片方の手で覆うと、膝に肘をついた。
「あの…突然、…キス、してくる、とこ…とか…」
「惚気かよ」
「だって!この前なんか、き、急に襟引っ張ってきたと思ったら…」
湯気がでるんじゃないかと思われるくらい沸騰した小堀に、他の者の混乱も落ち着いてくる。ソファに座りなおした高尾は、そこでふと、ずっと疑問に思っていたことを口にした。
「…そーいや小堀さんと笠松さんて、どっちがネコなんスか?」
「ネコ?…俺よりは笠松の方が猫みたいだよな」
「あー、やっぱ…」
「怒る時なんか毛を逆立ててる猫見たいで、可愛いよ」
「……」
そっちの猫じゃない。とはどれだけの人間が思ったことだろうか。高尾はそれ以上の追及を諦め、日向に話を振った。
「嫌いなとこは沢山あるぞ。イケすかねえとこ、何考えてるか解んねえとこ、なんか企んでるとこ」
「好きなのは?」
「……偶に、甘えてくるとこ」
顔をそむけ、頬を赤くしながら呟かれた言葉に、一同は揃って手を合わせた。ごちそうさまです、と心の中で呟いて。
「…てかこれなんなんですか。公開惚気ですか」
「そして軽く公開処刑だよな。はい次黒子ー」
「僕は…真面目で誠実なところです。いざという時助けてくれる姿が好きですね。ただ、臆病すぎて少しのことでもビビってしまうのは残念です」
少し微笑みを湛えているとはいえ、ほぼ真顔で言いきってしまうところは、流石黒子、男前としか言いようがない。
「俺は努力型なところが好きだなー。自分の信念曲げないとことか。嫌いなとこーはー…信念曲げなさ過ぎて俺を二の次にしちゃう時」
訂正。こいつも男前だった。日向はそんな後輩達の隠しもしない惚気にあてられて体温が上がったように感じ、冷やす為に烏龍茶を煽った。
『貴方と相手の相性はいいと思う?』
「ああ」
「そうであると願いたいです…」
「そうなんじゃないか?」
「だと思うぞ」
「…不本意だが」
「はい」
「もっちー」
この質問は特に問題はない。そういえばこの絶妙な画面の切り替わりは、誰か見ている者がいるからか。今も監視カメラで見ているのだろうか。そう諏佐は思案するが、次の質問に映ったのでそこで中断した。
『相手をなんて呼んでる?また、相手になんて呼ばれたい?』
また答えにくい質問を…。しかしここは素直に指示に従わなければ。こんな大掛かりなことをする輩だ。従わなかった暁には、何をされるか解ったもんじゃない。
「…普通に今吉だ。別に、今のまま諏佐でいい」
「ぼ、僕も…若松さんって呼んでます。桜井で良いです…」
「左に同じ」
「えー、名前呼びして欲しいとか思わないの?」
「そんな!そんなことされたら…心臓が持ちません、多分」
「あいつは絶対ニヤニヤ薄気味悪く笑いながら、わざと耳元で呼ぶだろうから却下」
「花宮は気まぐれで名前を呼ぶが…別にどうでもいい」
「本当に付き合ってんすか?」
「理解出来ないと言っただろう」
「俺は偶に名前呼びしてるからなー。笠松にも呼ばれたことあるし。どっちでもいいよ」
「俺も偶に名前で呼ぶなー。…けど木吉から名前で呼ばれたことはないかも」
「俺もッスよ!真ちゃんて可愛く呼んであげてるのに、未だに高尾ッスよー」
「僕も是非名前で呼んでみたいですね。今はお互い苗字呼びですから」
『相手を動物で例えるとしたら?』
「蛇」
即答だった。
「若松さんは…ハムスターですね」
「はあ!?」
「これは意外な…」
「ええ!?すいません!すいません!…でも、それでも僕…若松さんのこと…ハムスターだと思うんです。ご飯食べる時口一杯に頬張る姿とか」
「ああ、火神くんみたいな感じですね」
「笠松は…犬だな。柴犬」
「木吉は、熊。蜂蜜好きな黄色い奴」
「降旗くんは兎ですね。プルプル震えてるのが可愛いです」
「真ちゃんは…猫かな。プライド高くていつも澄ましてる洋猫」
『相手にプレゼントを上げるとしたら何をあげる?また、貰うとしたら何が欲しい?』
「俺をプレゼント!」
「……」
高尾の言葉に一同沈黙。
「…尊敬します、その度胸」
「あれ?!」
「…てか、今時ねーわ」
「えー。お約束じゃないっすか」
「じゃあお前も緑間が欲しいのか?」
「無論ですとも!」
無駄に輝く目である。もう何も言わん。一同の胸には同じ言葉が浮かんだ。
「普通に考えても今吉の喜びそうな物が思いつかん」
「若松さんはご飯とかですかね」
「それ木吉もだな。どら焼きか黒飴あげれば取敢えず喜ぶ」


KUROKO

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