脱出ゲームっぽいものにしたかったやつ



――ねぇ、知ってる?
――この学校の第四体育館、
――『デる』んだって

固いボールがバウンドする。その音はリズム良く何回か続き、照明の点いていない体育館に響いていく。
「……誰かいるのか?」
偶然にもその音を耳にした通りがかりの生徒が、鍵のかかっていない扉を開いて中を覗きこんだ。
ぽー……ん……。
しかしそこに人影はなく、高いところから落とされたようにバスケットボールが床を転がっていくだけであった。

――できることなら、もう一度、

「おい、起きろ」
アイマスク代わりにしていた詩集を取られ仕方なく瞼を持ち上げれば、相棒が太陽を背にしてこちらを見下ろしていた。彼の身体の端から零れる光に目を眇めて上半身を起すと、コンクリの地面に寝そべっていたことで痛んだ骨肉が僅かに軋んだ。
「……君か」
「いつまで寝てんだよ」
目を擦って欠伸を溢すと、相棒は呆れたように溜息を吐いた。ふと、目を擦っていた手の甲に冷たいものが触れた。見れば、何故か薄らと濡れている。
「……泣いてる」
誰が、と相棒が訊ねた。彼に返答せず目元に指を添わせると、何の感情の起伏もないのにポロポロと涙が溢れた。
「お、おい!」
ぎょっとした相棒がどうしたら良いものかと意味もなく手を振り回す。彼には悪いが、構ってやる余裕はない。鼻を啜ってそっと目頭を押さえると、夢で逢ったこの涙の本当の持ち主の姿が、ふと脳裏に浮かんだ。
「……テツヤくん……」



【亡霊の視た夢は】



とある日曜日。部活が休みであるにも関わらずストバスに興じていた誠凛高校バスケ部一年部員の五人。降旗のパスミスによって林の中へと転がってしまったボールを探しているうち、彼らは仕事で近くに来ていたという黄瀬涼太と出会う。六人は転がるボールを追って、不自然に建つ洋館へ辿りついたのだった。
「こんなところに洋館があるなんて」
「廃屋か?」
「そうだろうけど、かなり立派だな」
確かにと頷いて、火神は何気なく錆び付いたドアノブを握った。鍵でもかかっているだろうと思われていたそれは、しかしそんな考えに反してあっさりと回った。
ゆっくりと火神たちの目前へ広がる館内は、長年放置されていたのだろう、酷く埃っぽい。まるでそれがさも当然であるかのように、六人は火神を先頭にして足を踏み入れた。
「何か、肝試しみたいっスね!」
黄瀬に悪気はない。しかしその一言で山合宿を思い出してしまった黒子以外の四人は、背筋を震わせた。
「や、やっぱやめ、」
ぱた、ん。
降旗の震えた声を遮るように、開いたままにしていた筈の扉が、閉まった。慌てて河原は駆け寄り降旗や福田と共にドアノブを引いたり扉を叩いたりするが、一枚の壁になってしまったかのように、それは沈黙したままだ。
「――閉じ込められましたね」
黒子の平静と変わらぬ声音が、涼しい館の空気を揺らした。
「全く、何事なのだよ」
「……茶化すな、高尾」
「ったく、さつきと補習から逃げてみれば、お前らの顔を見るはめになるとはな」
「赤ちんー、お腹空いたー」
「我慢しろ。ここで食料を減らすわけにはいかない」
そこへ現れたのは、同じく洋館に閉じ込められたという、キセキの世代とそのチームメイトであった。微かに走る緊張の糸を、容易く切ったのは赤司だった。
「お互い、WCまでの因縁や何やらは忘れて、今は手を取り合おうじゃないか」
街並みから少し離れた林の中、廃棄されて十数年は経つ洋館。扉、窓は共に内側から開くことは不可能。何度か破壊を試みるも、失敗。携帯は繋がらず、電話線も、電気すらこの館には通っていない。外部との接触、脱出は不可――11人は、完全に閉じ込められた。
「脱出プランはあるんですか?」
一足先にこの館を訪れて散策していた赤司と紫原に導かれたのは、本棚の裏に隠された小さな扉を入口とする隠し部屋だ。
そこには埃をかぶった天蓋付のベッドと、アンティークな小物と家具が埃をかぶって並んでいた。装飾などを見る限り、子ども部屋だったのだろう。棚の上でポーズを決めるオルゴールのバレリーナの埃を指で拭いながら、黒子は埃を払ったソファに腰を下ろす赤司を一瞥した。
「どうしてそんなことを聞く?」
「赤司くんが、やけに落ち着いているように見えたもので」
水色の湖面を暫く見つめ、赤司はフッと表情を崩す。
「さあ、それは俺にも解らないな」
赤司の微笑に、降旗の背筋は何故か泡立った。赤司は特にそれ以上の反応を見せず、優雅に足を組んで脱出する方法を捜すために、皆で館内を散策することを提案した。
「――俺は、適当に一人でやるわ」
しかしそんなことを言って、青峰は早々に部屋を出て行ってしまう。彼が最後に一瞥した先は、恐らく最も近いところにいた降旗しか知らない。そしていつもなら口八丁手八丁で引き止めるであろう赤司が、このときは笑んだまま黙していたことへ違和感を抱いたのは、緑間だけである。
「黒子、お前は火神とだ。絶対に逸れるなよ」
「?はい」
「高尾、お前は俺と。それからそこの……降旗くんと言ったか。君は赤司と……」
「お、俺も黒子と一緒に行く!」
「降旗?」
震える声で、それでも強く声を上げた降旗に驚き、火神たちは思わず彼を見やった。降旗は片方の手で胸元を握り、もう片方で黒子の肩を強く掴んでいた。赤司は眉根を僅かに下げてそうか、と呟き、紫原を呼んだ。
「お前も行け」
赤司班――赤司、黄瀬、河原
紫原班――紫原、火神、黒子、降旗
緑間班――緑間、高尾、福田
この三チームで、館内の散策が始まる。
「絶対に、手放すなよ」
緑間はそう念を押して、黒子の手に掌大の袋を押し付けた。

【信者の讃美歌】
「ここは……」
「演奏ホールか」
高尾の声が、凛、と丸い天井を持つ部屋へと響く。緑間はそっと辺りに視線を走らせながら、ズカズカと進んでいく高尾の後を追った。入口で立ち止まり呆気にとられていた福田はハッと我に返り、二人の背中を追う。
部屋の中心には立派なグランドピアノが置いてあった。その周囲半径約1メートルの床には、楽譜が絨毯のように敷き詰められている。その一枚を拾い上げた緑間は、眉間に皺を寄せた。
「これは……」
「緑間、楽譜読めるのか?」
「真ちゃん、確かピアノやってたな」
「……帝光中の卒業式で歌った歌なのだよ」
高尾たちが集めた楽譜を並べ、緑間はピアノの前の椅子に座る。小さく息を吸って鍵盤の上に手を置き、彼は指を滑らせた。

【盤上の支配者】
【隠者の住処】

【怠け者の午後】
「僕は、また皆とバスケがしたい……!それだけなんだ……!」
「お前の願い、俺が叶えてやる……!」
「しょうがないだろ……っ、それが黒子の願いなんだっ!!」
「俺だって、誠凛バスケ部なんだ……!」
「アレだけのことされといて、まだ俺をお前らの『仲良しゴッコ』に巻き込む気か!」
「ふざけるな!自分と友人の優先順位くらい、つけてある!」
「俺は当事者じゃないけどさ、お前の気持ち、少しだけ分かるよ」


KUROKO

×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -