海賊と人魚パロ(木黒)



媚びて得る閨でも、跪いて与えられるちっぽけな安寧でもなく。
「…おお、全く美しい。こうして飾り立てると正に、どんな宝石も道端の石同然よ。平素のお前も無論だが、やはりお前には、海がよく似合う―――…」
只、欲しいのは、ひとつ。だから、これは千載一遇のチャンスだと思った。
「賊だ!」
「賊が侵入したぞ!」
「脱出を許すな!外門を全て塞げ!」
「全員、装備を整え緊急配置に―――!」
入口に繋がるロビーで、鎧を纏った男達が慌ただしく駆けて行く。二階の廊下からその様子を覗き見て、頭に被った布を握り締めた。
(…よし。今ならまだ塀を伝って外に行ける)



だん、と荒々しい足踏みの集団が、裏路地を走っていた。
「あーもう、木吉の所為だよ!久々に陸でのお勤めだー、とか抜かしてこの有り様ッ!」
「わーるかったって」
「しかも、お目当てには出会いもせず!とんだ骨折り損だな!」
「だからスマンって!とにかく今は一度バラけて船集合な!」
よろしく!と手を振って、一人だけ別の道に入る。航海長の怒った顔が見えた気がしたが、気にしないことにする。



やっと見つけた逃げ道。飛び越えるために、塀に手をついた。
「オレだって一目見たかったっつの…」
ブツブツと呟く人間の姿が見えて、一瞬動きが止まった。が、構わず飛び降りる。
「―――退いて下さい…っ!」
(あ、この人)
顔を隠す為に巻いた布の下で、瞳が大きく開かれる。
「…白、髪?」
潮のニオイが、する。



「いたか!?どっちだ!」
「何としても捕らえろ!アレは…!」
警備兵が何事か騒ぎながら、塀の向こう側を走り回っている。
「…あ゛ー…」
地面に倒れ付していた男は、
「思っくそケツ打った…」
涙目になりながら体を起こした。
「全く何だよ、いきなり落っこって来て…」
着地した時頭でも打ったのか、反応が無い。それを良いことに、顔を覆っていた布を取った。眠りこける少年の白い肌にかかる、真っ白い髪。
「…見つけた。見間違いじゃない」
―――それはお伽話に準えて名付けられた。
「コイツ―――『人魚』だ」
人の間、ごく稀に生まれて来る、亜人の俗称。



世界は未だ未開に溢れ、大海を帆船が駆けるこの時代に於いても、彼等は貴重な存在であり、美しい鱗こそ持ち合わせてはいないものの。陸で白く渇いている髪は、海水に浸すことで、本来の色を取り戻す。そしてそれは時として、個々の容姿や髪色に準じて、
―――おいで。恐くはないよ
貴族の鑑賞用や愛玩といった類の目的の為に、
―――黒子
闇市場で高額売買されることもある。
―――今日からお前は、私の人形《モノ》だ



(…揺れてる。波の音…)
少年は重い瞼を持上げた。目の前に広がる光景は、見たこともない部屋のもので、酷く潮くさい。船、だろうか。しかし、いつ自分は船なんかに乗ったのだろう。取敢ず起き上がろうとした少年の手に、柔らかい感触が当たる。
「…あ、起きたか」
声に釣られて顔を上げると、寝惚け眼の男の顔が間近にあった。
「昨夜はよっぽど気ィ張ってたんだな。よく寝てた…―――だっ!」

ズドガゴンッ

驚いた少年に押され、男はベッドから転げ落ちた。
「おっおま…っ。拾ってやった人に対して何てことを…っ」
「犬猫みたいに言わないで下さい!」
腹と腰を押さえて床に踞る男を睨み、取敢ずシーツをから被る。こうしてないと、落ち着かない気がした。
「それ以前におかしいことだらけじゃないですか!貴方は誰で、此処は何処なんですッ!」
少年の剣幕に呆れながら、男は取敢ず、と床に座った。
「貴方じゃなくて木吉な。で、此処はオレの船の中。つっても、まだ港に停泊中だけど」
「!やっぱり…」
シーツを被ったまま、少年は立ち上がった。
「今すぐボクを降ろして下さい…っ」
「と、今街に出るのは止めた方が良いよ。昨夜の領主邸への賊侵入騒ぎで、そこかしこ兵だらけだ」
「…っボクには関係ありません」
「そうか?あちらさんは現に大事なモン盗られちまったって御冠らしいぞ」
するり、と木吉の指が少年の白い髪を掬う。
「何でも、盗られたのは一番お気に入りの―――人魚って噂だ」
(…この人!)
少年は木吉の手を払い、彼を睨み上げた。
「…貴方、一体何…」
「何て、そりゃ…か」

バァンッ

木吉の言葉を遮るようにして扉が勢いよく開かれる。
「木吉ィッ!今すげぇ音聞こえたけど!」
「敵襲スか?!」
「海賊の船襲うたぁ、太ぇ野郎だな!」
剣を抜き同時に飛び込んできた三人は、狭い扉に一気に飛び込むものだから、
ぎゅむ
詰まった。
「大丈夫だってー。ベッドから落とされただけだ」
「見てないで助けろ!」
仲間の一大事に笑顔で話しかける木吉に、黒髪の男から叱咤が飛ぶ。
「……」
少年は一人呆然と彼等を見つめていた。
彼等は何と言った?船に、剣まで持って、まるで。
「…じゃあ、若しかして昨夜の賊って…」
少年の視線に気付き、木吉はにっこりと笑う。
この人、海賊…―――!…全くツイてないやっとの思いで逃げ出して落ちた先を、海賊の手の中なんてこれじゃ、昨日までと何も変わらない―――…筈なのに。
「だから、取敢ず名前だ!名前!」
何だろう、この状況。
「呼ぶ時不便なのは良くないだろ!」
「木吉、熊が白頭巾を拐かしてるみたいだぞ」
「…」
あれから、木吉の「取敢ず腹減らねぇ?」の一言と、ご丁寧な傷の手当て。船内も自由に動けるし、正に訳が分からないの一言に尽きる。
「…どうせすぐ闇市場にでも捌くのでしょう。知る必要なんてありません」
「しねーよ、そんなこと。人売って稼ぐなんざ、目覚め悪いもん」
普段は宝石泥棒専門だと笑うが、それも褒められたものではない。
「…皆、最初は同じ様なこと言うんです」
「え?」
「口先だけでキレイ事言って、結局は大金に目が眩んで」
訝しげな木吉を気にせず、少年は独り言みたいに呟きながら、紐を引いて桶に海水を汲む。
「ボクを、貴族の下らない人形ごっこに差し出したんです」
カシャン、と海水を汲んだ桶が音を立てる。
「何で海水」
「ボクの名前を知りたいのでしょう。―――だったら、こちらも」
言うが早いか、少年は海水を頭からかぶった。
「―――人魚の中でも、こんな色が出るのは珍しいらしいですよ」
それは、
「…空…色」
「そう」
海の水でしか染まることのない、
「名前は、」
――瑞々しい程の、そら。
「テツヤ。―――黒子テツヤです」
真っ白だった髪。その、長く伸びた襟足まで、一瞬で空色へと変わった。その変貌に、木吉は思わず息を飲む。
「奴隷市場にボクを売れば、宝石を盗むよりよっぽどお金になりますよ。…どうします?売っ払いたくなったんじゃないですか?ああ、それとも海賊サマは貴族と同じで―――…」

ぐきっ

「ぶちスゴ!」
突然、木吉に両頬を掴まれた。黒子の首が嫌な音を立てたが、子供みたいに目を輝かせる木吉は気に止めない。
「ちょ何…」
「初めて人魚に会ったが、こんなキレイなものだなんて、思わなかった!」
不躾に触る、潮のニオイのする指が、
「いくら金積まれても売る気なんておこらねぇな!」
能天気に笑うカオが、
「黒子、黒子な。よし!覚えたぞ」
そのコトバが、
「よく似合ってる!」
不思議とイヤじゃないのはどうしてだろう。
「本当に綺麗だな」
黒子が声のした方へ視線を向けると、そこに立っていた黒髪の男は小さく手を上げた。彼の背後から、興味津々と言った感じで、何人かも此方を見つめている。
「オレは伊月。航海長だ」
「オレは小金井。こっちは水戸部」
「どーも、土田だ」
「福田ッス」
代る代る挨拶してくる海賊達は、その度に黒子の頭を撫でた。その手が離れていく度、頬に熱が灯る。
「それにしても、綺麗だな」
まるで、海と空みたいだ。満面の笑みで、小金井は空を見上げた。黒子もつられて空を仰ぎ見る。久しぶりに見た空は広くて、綺麗な青色をしていた。



「…どーにかならないんですか?」
うんざりと、箒を片手に黒子は呟いた。
「え、何が?」
木吉と伊月は同時に問い返した。足の踏み場もない船内の一室。蜘蛛の巣まで張って。窒息死しないのだろうか。黒子は深々と嘆息した。
「いいです、勝手に掃除しますから」
箒を片手に部屋を出て行く黒子を見送り、伊月も小さく溜息を吐いた。
「フタを開けてみればすげーバイタリティだな。昨日はシーツ被って威嚇しまくってたのに」
「野生動物が気を許し始めた感じだな」
「あのなぁ…」
わはははは、と陽気に笑う木吉に呆れながら、港を映す双眼鏡を覗き込む。ボタンを回して度を調節し、兵の様子を探った。
「でも、実際問題どーすんだ?」
「ん?」
「昨日から兵の数は変わらず。このままだと、海路も塞がれかねないぞ」
「ほんじゃ、ボチボチ準備始めますか」
木吉は体を伸ばす。双眼鏡から視線を外しながら、伊月も同意した。
「全く、随分大層なモンに手ェだしたな。最初は『見るだけでもいい』って言ってたのに」
「う」
痛いところをつかれ、木吉は肩を竦める。
「…んー、まぁ何て言うか…―――あんだけ必死に裾掴まれるとなぁ…」
「?」



「…ホントに、何なんですか、このゴミ船…」
掃除してもきりのない現状に心が折れ、黒子は僅かに出来たスペースに座り込んでいた。男所帯ということを差し引いても、この荒れ様はない。
(けど…)
ふと、黒子は思う。昨日今日と居座ってしまったが、この状況に慣れるわけにはいかない。一応は海賊の船なのだ。調子が戻ったら、早めに降りた方が―――

―――何処に?

「……え?」
誰かの、声が聞こえた。ジャラ、と音がして、腕が重くなる。
(あれ、何だ、これ)
両手首にはまった、重い手錠と、鎖。檻に、繋ぐための―――

―――村長さんが君を快く譲ってくれたよ―――

でももうボクは自由な筈だ。だって、もう此処はあの檻じゃない。そう言い聞かせて、声から耳を塞いでも。ふと上げた視線の先に見えた、檻と、鎖が。

―――お前に帰る場所など、在りはしない

そう言ってくる。二度と檻《ココ》から出られやしないよ、と―――
声にならなかった悲鳴が喉をひきつる。
(キモチワル―――………)
ぐんっと肩が引かれた。
「大丈夫か」
木吉が、肩を掴んでいる。
(…何で)
「夜は冷えるから、毛布持って来たんだけど」
木吉がチェックの毛布を差し出す。それを掴もうと伸ばした手は、木吉の袖を掴んでいた。
「…少しだけ、この、まま」
指先が震える。あの声が、言葉が。耳から焼き付いて離れない。
木吉は何も言わずに、黒子の頭を抱き込むようにして腕を回した。
「…ボクがいた村は海の近くで」
暫くして落ち着いた黒子は、木吉の胸に頭を押し付けて、ポツポツと話し始めた。
「小さくて貧しかったけど、ボクがこんなでも、誰も気にしない様な所だったんです」
だけど、半年前。突然、この街の領主の使いだと名乗る人間がやってきた。

―――いかがでしょう
―――そちらの人魚を譲って頂くわけには…

「最初は、そんなことしないって言ったのに」
けれど、近年続く水害の所為で、ロクな暮らしをしていない人が沢山いた。そんな折りに、人魚は高く売れると聞いたら。

―――…黒子、おいで

だから、
「皆、飛び付いたんです」

―――何。お前も少し我慢すれば、今より上等な暮らしが出来る
――これはね、村の為なんだよ。

「…ホントに、その通りだった。村は沢山のお金をもらって、ボクは、」
広い屋敷の中、高価な服を着せられて、見たこともない様な石と花で飾られて、食べ物だって、勿論。―――『生きる』ことには困らなかった
でも、
「…っ」
全部、檻に繋がれた儘で―――
「…そんなのの、何が上等だ。こんな、屈辱…っ!」
無意識に固く握った拳で、木吉の胸を押す。木吉は黙ってそれを受け入れた。
「だから、逃げたんです…!」
だけど、
―――お前に帰る場所はもう…
「…だけどッ」
気がついた。もう何処にも、帰り途も、行くあても無くなって、これから、どうやって歩けばいいのかも分からな―――…
「もういーよ」
フワリと、木吉の腕が黒子を包んで。二人はそのまま床に倒れこんだ。
「もう大丈夫だ」
浮かんだ涙が、薄汚れたシャツに染み込んでいく。大きな手が、さら…と白い髪を撫でた。
「もう此処にはひとりも、お前にしんどい思いをさせた奴はいないだろ?」
指に、心臓の音が響く。
「それに、苦しいことばっかり思い出すのはしんどいって!オレみたく思い出したくないことは、片っ端からポイ捨てしてけばいい!」
渇いてカサついた指の持つ温度に。
「…なぁ、ホントに何処にも行くとこないなら、」
酷く、安心する。
「―――このまま、もう暫く捕まえさせて?」
ぱさり、と落ちる髪の束を掴み、口付けを落とす。カッ、と顔に血が上ったのは、秘密だ。
「…ボクにも、カイゾクの真似事をしろと?」
「あぁ、いいな!楽しいぞ、世界中気ままにグルグル廻るのは!」
「いや、あの」
「だから…」
木吉は微笑んで、黒子の頭を撫でた。
「それでココ、お前の居場所にしたらいい!」
指差されたのは、木吉の、広い胸。
これではまるで、粗末な罠だ。剥き出しの檻に飾りっ気のない言葉《エサ》。きっと、誰も引っ掛からない。でも、
「…変な海賊ですね」
彼のコトバも、温度も、今まで出会った誰よりも甘ったるくて、心地が好い。



伊月と木吉が、航路の相談をしている。先程貰った毛布を巻き、黒子は手摺に寄り掛かって港を眺めていた。夕刻の港には、様々な職種の人間が集まっている。と、袋一杯に林檎を抱えた老婆が若者にぶつかり、転んだ。辺りに散らばる林檎を慌てて拾い集めるが、かなり年を召しているらしく、手つきが覚束ない。
(大丈夫でしょうか…)
ハラハラとその様子を見つめる黒子の目が、手元の毛布に止まった。

「あれ?黒子は?」
「先刻までそこらにいたぞ?」
「…ふぅん?」

少しだけ。ほんの少しなら、兵士にさえ見つからなければ、大丈夫。
「どうぞ」
毛布で頭を隠して、黒子は拾った林檎を老婆に差し出した。
「手伝います」
「―――…あら、わざわざありがとう。こんなお婆には、誰も目をくれなくて」
「…いえ」
拾い集めた林檎を、袋に入れていく。
「コレで最後ですよ」
さらり、と毛布の端から白い髪が覗いた。
「―――…」
「じゃあ、ボクはこれで」
「…ま、待って!」
立ち上がった黒子の腕を、老婆は掴んで止めた。
「…少しだけ時間を貰えないかしら。お礼がしたいの…」
ギチ、老婆の爪が、黒子の腕に食い込む。
「…少しだけよ」

「あ」
唐突に、伊月が声をあげた。
「何?」
「そういえば黒子、ずっと下の方見てたなぁって」
「下って。もしかして…」
「あ!木吉さんっ」
木吉の呟きを遮って、福田が駆け寄ってきた。
「今入った情報なんスけど、街の地下ルートで、人魚に懸賞金がかけられてるらしくて。それが、一部の住民にも漏れてるみたいで―――…」
大丈夫、ほんの少しだけだから。
見開かれた木吉の瞳に、路地の入口に落ちている毛布が映った。
すぐ、戻れる―――…。



「…う…」
小さく呻いて、黒子は目を開いた。あの後路地で口を塞がれて、失神していたらしい。見覚えのある風景、部屋。窓の外は、既に夜の帳を下ろしている。
「あぁ、目が覚めたか」
体を起こした黒子に、背後から声がかけられる。その声の主を、黒子は睨み付けた。
「貴方は…」
「お帰り」
「!」
近付いてくる男から逃げようと身を引くが、両手に嵌められた鎖に、阻まれた。
「全く、少し目を離した隙にいなくなるとは。今まで一体、何処に隠れていた?まさか、賊の所ではあるまい?」
「…っ貴方には関係ないっ」
顎を掴まれて、無理矢理視線を合わせられる。長い爪が、皮膚に刺さった。
「…お前は、自分がどういう立場か分かっているか?金で買われた人形だろう?ならば人形らしくショーケースに収まって入れば良いんだ」
チガウ。
「そうすれば、食事も、美しい着物もお前を引き立てる石も花も全て与えてやる」
(違う)
「だからお前は今まで通り、私を愉しませてくれれば良い」
(ボクはそんなもの)
「ぐふっ!」
黒子頭突きが、男の顎に直撃する。
「な、何す…」
「いりません」
領主の言葉を遮り、黒子はきっぱりと言った。
あの人は一度だって、ボクを人形みたく扱わなかった。こんな風に枷を嵌めたりしなかった。初めからずっと、真っ直ぐボクを見て。
「…ボクはっ」
笑ってくれてたんだ。
「ボクはそんなもの希んでない…っ」
(ボクが欲しいのは、)
「何を言い出すかと思えば…」
突然、遠くから大きな音がした。次いで、兵たちの足音も。
「大変です!武器庫で爆発です!」
更に報告を続けようとした兵は、殴られてそれを阻まれた。
「…やっぱり、少々手荒い真似してでも欲しいモノ手に入れるのが」
侵入者は顔半分を覆っていた布をとり、ニヤリと笑う。
「海賊ってもんだ」
「―――どうして…っ!」
「言っただろ、黒子」
とん、と。親指で指された彼の、大きな胸。
「お前の居場所はココだって。だから、―――このまま掻っ拐わせて貰う」
「……っ!」
この人は、ずるい。
「…っ賊など殺して構わん!かかれっ!」
(でも、)
「……っ」
木吉に斬りかかる兵の間をすり抜けて、走る。
ボクがずっと欲しかったのは、
「…木吉さんっ」
「!」
「ボクを、盗んで下さい!」
野蛮で、
「…っ了解ぃ!」
強かな、けれど、思う儘振る舞うことを許してくれる。ボクを外の世界へ連れ出してくれる。伸ばした手を取ってくれる、この手。
「…もういいです。自分で歩けますっ」
「怪我人歩かすのヤ。それに担いだ方が速い」
黒子を担いだ木吉は山道を軽々歩いて行く。仕方なく大人しく彼におぶわれている黒子だが、やっぱり少し悔しく思う。
「…すみませんでした」
「ん?」
「…勝手に船下りて。手間も掛けさせて、しまったし…。…その…―――ありがとうございます」
小さく呟いて、肩口に顔を埋める。恥ずかしくて、顔なんて見せられない。
「…なあ、そうやって服とか握るの癖?」
「え?」
言われて初めて自分が木吉の服を強く握っていることに気付き、黒子は慌てて手をはなした。
「すみません…」
「いや。オレ、それされるの結構好きだなぁと思って」
へらり、と木吉は笑う。黒子は意味が解らず首を傾げた。
――だってまるで、出会った時から求められてるみたいで。



――この先、何が起きるのか全く分からないけど。
手錠は伊月に外して貰った。軽くなった手を仰げば、明け方の逆光を背負った木吉が笑う。
「黒子」
それでも、
「まー、職業柄あんまし命の保障は出来ないけど、面白いことだけは保証する!」
時々、噎せ返りそうになる程の潮のニオイと、
「これからよろしくな!」
手を伸ばせば届く距離。笑ってボクを呼ぶ声と、表情は嫌いじゃないから。
「―――はい」
きっと、
「よろしくお願いします」
上等な未来だ。


KUROKO

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