2011Valentine短文



「たけのこきのこ(紫黒)」

「黒ちん、チョコレート頂戴」
「…その大量のお菓子を抱えて、まだ言いますか」
黒子は溜息を吐いて、紫原の抱える袋を指差した。溢れんばかりの菓子を抱え直し、紫原は首を縦に振る。
「今日はバレンタインデーだよ。そんな日に自分でチョコレート買うのって、寒いじゃん」
「他のお菓子があるでしょう」
「こういう時に限って、チョコレート食べたくなるよねー」
だから、頂戴。手を、彼に向けて広げる。同意しかねますと眉間に皺寄せ、黒子は差し出された手を睨み付けた。
「…仕方ないですね」
「くれるのー?」
やったー、と緩い声で喜べば、また黒子は溜息を吐いて、鞄を探った。
「はい」
乗せられたのは、某秋の旬を型どったチョコ菓子。パッケージを見つめ、今度は紫原が眉をひそめた。
「オレ、きのこ派なんだけどー」
「ボクはたけのこ派です」
要らないなら返して下さい、なんて言って伸ばしてくる手を避け、未開封のそれを開ける。取り出した一つを口に放り込むと、チョコレートの甘さが舌に広がった。
「甘ーい」
「それはそうでしょう」
恨みがましそうに見上げてくる視線は無視して、ベビーブルーの頭に顎を乗せる。袋を抱えた腕を、前に回して、背中から抱き込むと更に視線は鋭くなる。モゴモゴと、舌で菓子を転がすと顎が揺れて、下の旋毛を刺激した。抜け出そうともがく体を押さえつけて、首を伸ばす。逆さに見えるその顔に、歯で挟んだ菓子を突きつけた。
「黒ちんも食べるー?」
「…入りませ」
返答を最後まで待たず、口に押し込んだ。チョコレートは直ぐに溶けて、口中に広がる。先程より、何倍も甘かった。銀糸で繋がる舌を引き抜いて、彼の唇の端ついたチョコを舐めとる。はっ、と息を吐いてこちらを睨む空色の瞳には、うっすら水の膜がはっていた。息苦しいのもそうだが、30cm以上違う身長差の為、体制的にもキツいのだ。
「遠慮しなくていいよー」
「…してませ」
息の整わない彼の言葉をまたも遮って、紫原は唇を重ねた。







「チョコフォンデュに絡めて(花黒)」

チャイムに呼ばれて扉を開ければ、そこには会いたくない人物が立っていた。
「…なんでいるんです」
「オレが来たからじゃないか?」
しれっとした顔で、花宮は言いのけた。

甘い香りが鼻腔を擽る。鍋一杯に溶かしたチョコレートを持って、黒子は居間へ急いだ。玄関先で追い返そうと粘ったものの、冷たい風と花宮の強引さに負け、とうとう家に上げてしまった。親が出掛けて、いないと知るや否や、黒子の許可も待たずに炬燵に潜り込んだ花宮は、図々しくも更に注文をつけてきた。『チョコレート寄越せ』と。流石に苛ついたので、家にあったチョコレートというチョコレートを全て鍋にぶちこんだ。チョコレートで満たされた鍋と、横に置かれた蜜柑や苺といった果物を見て、花宮は頬杖をついた。
「フォンデュか」
「聡いですね」
お好きにどうぞ、と彼の隣に座りながらそう勧める。
「急にやって来てチョコレート寄越せって…」
「バレンタインデーに一人寂しくしているお前を、笑いに来たんだよ」
「バレンタインデーに、そんなボクの所に来た貴方も寂しい人ですね」
固まる前に食べて下さい、と花宮に勧めながら、黒子も苺に手を伸ばす。フォークで赤いそれを突き刺して、鍋の中のチョコレートに絡めた。鍋から引き上げると、チョコレートが、不恰好な苺から滴り落ちる。机にそれが零れ落ちないよう、舌を伸ばしてそれを口に運んだ。
「……」
チョコレートの絡まっていない赤い部分を歯でかじる。フォークを持っていた手が、掴まれた。
「!」
そのまま腕を引かれて、身を乗り出す。咄嗟についた手が、苺の皿をひっくり返す。思わず口から離してしまった苺が、目の前の口に吸い込まれていった。咀嚼するように喉仏が上下して、口角が歪む。黒子の唇の端につくチョコレートを舐めとって、花宮はまたにんまりと細く笑んだ。
「…何すんです」
「チョコフォンデュ」
「自分でとって下さい」
手首を掴む手を払って、黒子は身を引いた。今の衝撃で手首にチョコレートがついてしまい、袖口が汚れていた。不快感に眉をひそめ、手首にこびりつくチョコレートを舐めとる。
「…なんですか」
こちらを見つめる視線に耐えきれず、思わずそう問えば、
「誘ってんの?」
また、手首を掴まれた。
「は?…ぁっ」
訳が解らなくて首を傾ぐ黒子の手首を引っ張って、花宮は彼の指を鍋に突っ込んだ。熱くドロリとした液体が、指に絡まる。暫く置いていた所為か、火傷するには至らなくて、そのことにどこか安堵している自分がいて、呑気だと呆れる。花宮が鍋から黒子の指を引き抜くと、たっぷりとしたチョコレートが滴った。それを躊躇いなく口へ運び、花宮は歪めた唇の端から赤い舌を覗かせる。
「…ちょっ…ぁ」
指についたチョコレートを舐められて、関節に歯をたてられた。あらかた舐めとられてホッと息を吐いた黒子の肩を、歪めた笑みを浮かべたまま押した。
「…ちょっと?」
床に押し倒して上から覗き込めば、不機嫌に睨み付けてくる。そんなことを気にせず、花宮はふやけた指にキスを落とした。
「チョコプレイって燃えない?」
「…変態」
「抵抗しないあんたもね」
「…悪童…」
更に毒づく口をチョコレートの香りのするそれで塞いでやった。







「キット、ボクらの冬の恋(春黒)」

時計の針音が、唐突に響いた。集中力が切れたらしい。
息を長く吐いて、春日はシャーペンを放り投げた。背凭れに体を預けると、ギシリと軋む。腕を伸ばして、長時間同じ姿勢でいた為に固まった体を解す。湯飲みに手を伸ばすと、ひんやりとしている。半分以下になっていた中身は、すっかり冷えていた。一息にそれを飲み干し、机の電気を消して立ち上がった。受験勉強のある自分以外、家で起きている人間はいない。居間の電気を点けると、孤独感が更に刺激される気がした。台所の流しに空の湯飲みを置く。ふと今日は携帯を開いてないことに気がついて、ポケットに入れたままの携帯を取り出した。同級生は皆受験生だから、滑り止めの受験だとしても、メールをする程余裕はない。勉強に疲れたのか訳の解らない内容のものや、ストバスに誘う後輩からのメールばかり。最新のメールは、ほんの30分程前で、差出人は他校に通う後輩の恋人からだった。
『今、家の前なんですけど、少しお時間いいですか?』
「!」
慌てて、廊下を走って玄関に向かう。適当なサンダルを突っ掛けて、外に飛び出した。冷たい空気が、火照った体を冷やす。大きく吐いた息は全部白くなって、夜空を昇っていった。
「―――黒子っ」
閉じた門の前で、小さく縮こまった空色の頭。名前を呼べば、白い息を吐きながら、彼は振り返った。桃色のマフラーと紺色のコート姿で、鼻頭を赤くして。黒子は春日の姿を見て、頬を弛めた。
「春日さん」
「悪い、メール今気づいた」
駆けよって頬を両手で包めば、氷みたいに冷たくて思わず胸に抱き込んだ。
「30分も待ってないで帰ればいいのに」
「渡したいものがあって…」
春日の胸から然り気無く抜け出して、黒子は肩にかけていた鞄を探った。はい、と目の前に差し出されたのは、赤いパッケージのチョコ菓子。名前をもじって、よく受験生の応援用に使われている。
「これ…?」
「…バレンタインデー、ですから」
蚊の泣くような声で言って、黒子は俯く。掌サイズのそれを受け取って、赤いパッケージに負けないくらい赤い黒子の耳を見下ろした。恋人のそんな所も可愛いと思う自分は、末期だろうか。
「ありがとー、黒子」
お陰で頑張れそうだ。感謝の意も込めて、赤くなる耳にキスを落とした。







「ポッキーゲーム(高黒)」

「黒子って、こういう行事に興味無いんだ」
「お菓子会社の思惑にのる意味がわかりません」
すげなく言い捨てられて、高尾は頬を膨らませた。文庫本に目を落としたまま、見向きもしない黒子の頬に唇を寄せようとして、
「セクハラですか」
「ぶっ」
閉じた文庫本で鼻面を叩かれた。ぶつくさと文句を呟きながら、高尾は身を引く。大体高尾の部屋で、高尾のベッドに寄り掛かって、高尾を無視して読書とは何事か。しかもバレンタインデーという、恋人たちの記念日に。
「黒子ー」
名前を呼んでみても、返事無し。面白くなくて、高尾はローテブルに並んだ菓子に手を伸ばした。友達が家に来た時用にと、親が買ってきたものだ。流行り物がわからないからと、洋菓子和菓子ごちゃ混ぜになっている。好みの物が無いかと探っていた高尾は、紅白のパッケージを見つけた。それと同時に良いことを思い付いて、にんまりと口角を吊り上げる。
「黒子」
もう一度名前を呼ぶ。返事をしない彼の顎をつかんで、こちらを向かせる。反応出来ないでいる黒子の口に、細い物が突っ込まれた。甘さが、口に広がる。黒子のくわえたものを反対側から食べようと、高尾が顔を近づける。
「なにすんですか」
「ぐはっ」
直後、顎下にイグナイトパンチを食らわせられ、高尾は思いっきり舌を噛んだ。痛さに呻く高尾を無視し、黒子は口に突っ込まれた物を咀嚼する。
「ポッキーですか」
「そう。だから…」
痛さから復活した高尾は、新しいポッキーを口に加えて、また顔を近づけた。高尾はクッキーの方を加えているから、チョコのついた先が、黒子の下唇をなぞった。
「ポッキーゲーム、しない?」
意地が悪いと定評の笑みを浮かべ、黒子の腰に手を回す。
「…今日は11月11日じゃないですよ?」
「バレンタインデーだし、恋人らしいことしようよ」
顎をつかんで更に顔を近づければ、黒子は眉をひそめた。仕方ないですね、と。渋々と言った感じで頷けば、高尾は笑みを深くして、顔の距離を縮めた。







「幸せチョコチップ(桜黒)」

「もう、チョコ入れて良いんですか?」
「あ、うん!少しずつね」
桜井の言葉に頷いて、黒子はそっとボウルの中の生地にチョコチップを注いだ。
チョコチップクッキーの作り方を教えて欲しいと。黒子に頼まれたのは、バレンタインデーの前日だった。二つ返事で了承して、桜井は家に黒子を招いたのだ。茹で卵しか自信がないという黒子は、中々に熱心で料理下手というわけでもない。美味しいクッキーになりそうだ。しかし、急に黒子はどうしたというのだろう。バレンタインデーだから、だろうか。恋人としては、誰にあげるつもりなのか気になるところだ。特にひとつだけ作られたハート型のクッキーの相手は。
「よし、あとは焼けるのを待つだけだよ」
そう言ってオーブンを閉じれば、黒子の顔が満足そうに弛む。思わずドキリと、胸が高鳴った。
「く、黒子くんっ!」
「?はい」
「き、聞いてもいい?…クッキー、誰にあげるか…」
「ああ…」
黒子は頷いて、指折りで名前を上げた。全て彼の部活仲間だ。
「…ハートの、は…?」
そう問えば、黒子はあからさまに顔を赤く染めて、俯いた。指を絡めて、頬を林檎色に染める黒子の横顔は、贔屓目無しでも愛らしいと思う。
「……桜井、くん……に」
蚊の泣くような声で呟く彼の顔は真っ赤で。それにつられて桜井の顔にも熱が上がった。
「…すみません、桜井くんにあげるのに、手伝って貰っちゃって…」
「い、いや!そんなこと…!」
「けど自信無くて…」
更に首を深く曲げる黒子。桜井はそっと、指を絡める黒子の手に自分のそれを重ねた。驚いて顔を上げる黒子に微笑みかけて、恋人繋ぎみたいに指を絡めた。
「…嬉しいです。ありがとう」
両手の指を絡めて二人は向かい合う。桜井の微笑みにつられて、黒子も頬を弛めた。幸せな気分で微笑んで、額を寄せあった。







「シェイクキッス(青黒)」

「ほらよ」
先に席取りをしていたら、後ろからシェイクの容器を差し出された。黒子がそれを受け取ると、青峰は向かい側の席に座ってバーガーを頬張った。
「…珍しいですね」
「んあ?」
「君が奢ってくれるなんて」
ストローでシェイクを啜り上げた黒子は、眉をひそめた。
「…これ、チョコシェイクじゃないですか」
「シェイクはシェイクだろ」
「ボクはバニラシェイクが好きなんです」
文句を言いつつ、けれど人から貰ったものなので、一応飲む。
「いーだろ別に」
自分用に買ったジンジャーエールを飲みながら、青峰は頬杖をついた。
「バレンタインデーなんだし」
「…!」
不覚にも、ときめいてしまった。
「…言いますね」
「まあな」
したり顔で笑って、青峰は黒子の下唇を指で掬った。気付かれないよう、こっそり交わした口付けは、チョコの味を深くする。







「ギブミーショコラ(火黒)」

「ほらよ」
そう言って目の前に置かれたのは、見事なまでのガトーショコラ。黒子は複雑な気持ちでガトーショコラと、向かいに座る火神を見比べた。
「?なんだよ」
「いえ…ちょっと複雑で…」
訳が解らないと眉をひそめ、火神はガトーショコラをピースに切り分けた。粉砂糖までかかった本格的なガトーショコラは、火神お手製だ簡単なものしか作れないと言っていたが、案外真面目な彼のことであるから、味も良い筈だ。それに関して、少し複雑な気持ちになる。それを押し殺して、黒子はフォークを手に取った。生クリームを添えて本格的なそれを一口咀嚼すると、やっぱり美味しくて。やっぱり複雑だ。
「…恋人としては、貰うよりあげたかったです」
「女女しいこと言ってんなよ」
黒子の口元についた生クリームを掬って舐めとる。途端に顔を赤くする黒子を面白げに見つめ、火神はニヤリと笑ってみせた。
「で、それくれるんだろ?」
真っ赤になった黒子の、後ろ手に隠された包みを指差して言えば、更に赤くなった。







「恋人コアラ(降黒)」

「見つけると、幸せになれるコアラって、知ってる?」
誰かから、そんなことを教えて貰ったことがあった。どんなコアラだったか、忘れてしまったが。ラッパを吹くコアラの絵が書かれたチョコ菓子を太陽に透かして、降旗は地面に背中から倒れこんだ。春分の過ぎた陽光は、暖かい。しかし風が冷たすぎて、まだ春は遠くに感じられた。パリ…と先に口に入れていたチョコ菓子を奥歯で噛み締める。甘い。甘い。甘い。虫歯になりかけの奥歯が、少し痛んだ。降旗の手が届く所には、可愛くラッピングされた包みが二三個転がっている。それらは全て、バレンタインデーだからと女子たちに貰ったものだ。因みにこのチョコ菓子も貰い物。相手は女子ではなかったが。
―――バレンタインデーですから
赤面することなくこれを差し出してきた彼の顔を思い浮かべながら、ラッパを吹くコアラの絵のそれをかじる。
甘い。甘い。甘い。変わった形のクッキーも。その中に包まれたチョコも。彼の、微笑みも。
―――友チョコってやつですよ。
どうやら自分は彼にとって『ただのお友だち』だったようだ。咀嚼すると、チョコの甘さだけが口の中に残った。ごろん、と寝返りを打って、目を閉じた。暖かい光が、体を包んでゆくようだ。午後の授業はサボろう。そう決めて、腕を頭の下に入れた。放課後、降旗の靴箱に入れられた赤い包みとカード。その差出人に、彼が公衆の面前にも関わらず抱き付いてしまったのは、また別の話。







「舌先にカカオをのせて(緑黒)」

冷たい風に体をすっかり冷やされて、黒子は思わずくしゃみをした。
「早く入るのだよ」
緑間に促され、黒子は彼の家に上がる。一歩入った瞬間に和らぐ寒気に、強張っていた体から力が抜けた。緑間はさっさとコートを脱いで、奥へ向かう。黒子も慌ててマフラーを外して彼の背中を追った。通された緑間の部屋は実に簡素で、彼らしい。丸いローテブルの前に黒子が座ると、少し待つよう言って、また顔を引っ込めた。外ほどではないにしろ、室内も冷えている。小さく肩を震わせて、黒子は腕を擦る。勉強机に収まった椅子の背凭れに掛かった、緑色の毛布を拝借した。膝を曲げて体を丸め、小さな毛布にくるまる。仄かな温かさと、持ち主の匂いに包まれて、緩な眠気に襲われた。

ふと気が付くと体がぽかぽかとして、暖かかった。いつの間にか眠っていたらしい。横になっていた体を持ち上げて、ゆるりと目を開けた。
「起きたか」
呆れた彼の声と、甘いチョコレートの香り。
「ボク…」
「少し目を離した隙に爆睡とは、いい度胸なのだよ」
ベッドに座り込む黒子の隣に腰掛け、ほら、と緑間は白いマグカップを差し出した。湯気の立つそれから、甘い香りは溢れていた。両手で包むようにして受け取る。チョコレート色の液体が入ったマグカップには、ピンクのハート型マシュマロが浮かんでいた。
「…可愛いですね」
「ホットチョコなのだよ」
そう言って、緑間も自分のマグカップを手にして、中身を啜った。
「それもですか?」
熱い一口で火傷してしまった舌を外気に晒して冷やしながら、黒子は緑間のマグカップを指差した。
「いや、これはコーヒーだ」
「なんで」
「甘いものは好きではないのだよ」
口を尖らす黒子の頭を撫で、それに、と緑間は続ける。
「バレンタインデーは好きな人から、チョコを貰う日なのだよ」
コツ…と空になったマグカップをローテブルに置く。
「…馬鹿ですか」
「何もおかしいことは言っていないのだよ」
溜息を吐いて、黒子は腰に回る手を甘んじて受け入れ、向かい合うようにして相手の膝にのった。
「カカオに媚薬効果があるってデマでしたっけ?」
「初耳なのだよ」
温くなったホットチョコを口に含み、目の前の唇に口付けた。







「アーモンドの花言葉(氷黒)」

「あの、これ」
精一杯の勇気を振り絞って差し出したチョコレートは、
「?ありがとう」
そんな疑問符を浮かべて受け取られた。
「バレンタインデー?」
「はい…知らないんですか」
あっさりと受け取られたチョコレートに呆ける黒子。そんな彼に、氷室は気まずそうに訊ねた。
『今日、何かの記念日なの?』
道行く人々が互いにチョコを渡し合っているので、朝から不思議であったとか。告白が受け入れられたと、一瞬本気で喜んでしまった黒子は、気付かれないよう溜息を吐いた。
「ふーん…。オレが知ってるのとは、違うな」
「アメリカのバレンタインデーはチョコを渡し合ったりしないんですか?」
「うん。チョコレートよりは花束とか、物だな」
そう言えばこの前読んだ本――それは英国の話であったが――は、2月14日に恋人に花束を渡そうかと悩む男性が主人公だった。まあ、日本のバレンタインデーは、お菓子会社の陰謀だと形容されがちだから、仕様がないといえば仕様がない。
「で、」
一人納得していると、氷室に顔を覗き込まれた。端正な顔が至近距離にあるという事実は、黒子の肩を飛び上がらせた。咄嗟に身を引くが、氷室の手が背中に回っていて、それを許さない。赤面する黒子に笑いかけて、氷室は先程彼が渡したチョコレートの包みを振って見せた。
「これ、貰っていい?」
「め、迷惑じゃ…」
「全然」
腕は離されたが、体を密着させてくる。益々首を俯かせる黒子を気にせず、氷室は丁寧にラッピングを外して、チョコレートを一粒取り出した。
「黒子くん」
「はい…っ!」
名前を呼ばれて顔を上げれば、口にチョコレートを突っ込まれた。慌てて文句を言おうと薄く開いた唇に、氷室のそれが重なる。
「…っ!」
カッ、と顔に熱が集まる。熱い口内で溶けていくチョコレートを、氷室の舌が捉えて、舌やら歯茎やらと一緒に舐めあげられた。
「アーモンドか」
銀糸を引く舌を引き抜いて、氷室は口に含んだアーモンドを噛み砕いた。まだ顔を赤くする黒子の手を握って、満面の笑みを浮かべる。
「オレからも言うね」
柔らかい唇に、今度は触れるだけのキスを落とした。
「オレ、と付き合って下さい」
真心の愛をあげるから。







「焦げ色ブラウニー(若黒)」

今日は、所謂恋人たちの記念日―――バレンタインデーだ。その事実だけで、若松は朝から柄にもなく浮かれていた。上手くすれば、あのストイックな恋人からチョコレートを貰えるかもしれないからだ。しかし、今日は事前に会う約束をしていない。休み時間毎に携帯を開いては、来ないメールに溜息を吐く。解ってはいたが、落ち込みを隠せない。モチベーションも上がらず、部活では小さなミスを繰り返してしまった。

何度目だろう。今吉の顔から落ちるボールを見て、若松は顔を青くした。
「…若松」
「す、すいませんっ!」
声色は普段と変わりないが、滲み出るオーラがどす黒い。桜井なんかとっくに兎みたいに震えていて、2年レギュラーの背中に隠れている。赤い鼻に眼鏡をかけ直しながら、今吉は深々と頭を下げる若松を見下ろして、嘆息した。
「お前、もう帰れ」
「え、でも…」
「えーから」
正直もうワシがもたん、なんて呟かれれば、慌てて若松は体育館から逃げ出した。

「あ…」
「…よお」
部活を早退したものの、そのまま帰宅しては時間をもて余してしまう。
考えた末、若松が向かったのは恋人の通う誠凛だった。寒い中、校門で少し待てば、部活が終ったのか見慣れた顔ぶれの一団がやって来た。その中に目当ての空色がなかったから、少々警戒気味に後輩を庇うPGに居場所を訊ねた。小さく眉をひそめて、彼は無言で背後にある体育館を指差す。まだ灯りのつくそこからは、微かにバウンズの音がした。礼を言って、まだ訝しげな視線を背に駆け足で向かう。そう言えば、付き合ってることは内緒にしてたな、なんて思いながら。

体育館の入口から中を覗くと、広いそこには黒子しかいなかった。何度かボールをバウンズさせて、ゴールに向けて放る。ボールは縁に当たって、あっさりと跳ね返った。本当、下手だな。
「黒子」
名前を呼べば、ボールを拾い上げた彼は、ゆっくりと振り返った。
「若松さん」
靴を脱いで上がる。靴下で歩く体育館の床は、冷たかった。
「部活は…」
「早退した」
一緒に帰ろう。そう言えば、素直に頷いた。
「チョコくれよ」
ふいに、口をついて出た言葉。呆ける黒子の様子で自分の失言に気づき、慌てて弁解しようとするが、言葉が浮かばない。ついに、呆れたような溜息を吐かれた。
「若松さんもお菓子会社の陰謀に乗るクチですか」
「…わりーかよ」
誤魔化しても仕様がないので、若松は素直に認めた。ふてくされてマフラーに顎を埋めれば、いえ、と小さく首が振られる。
「ボクも…ですから」
首を傾ぐ若松の前でポケットを探り、黒子は小さな袋を差し出した。
「…少し焦げてしまいましたが」
どうやら変に凝り性の彼は、失敗作を渡すべきか悩んでいたらしい。確かに焦げてはいるが、見た目は普通に美味しそうだ。
「サンキュ」
嬉しくて微笑めば、黒子はほんのり頬を染めて俯いた。







「フォンダンショコラで口付けを(笠黒)」

フォークで突き刺すと、空いた穴からたっぷりのチョコレートが溢れだす。
プレートについたそれをケーキのスポンジで拭って、口へ運ぶ。
ほろ苦くて温かいチョコレートと、柔らかいスポンジが絡み合って、美味しかった。
「…美味しい」
「そりゃ良かった」
幸せそうな顔の黒子に苦笑して、笠松は自分のケーキにフォークを刺した。チョコレートの香り漂う紅茶を啜り、ほっと息を吐く。何から何までチョコ尽くしだ。生真面目な彼らしいと言えば、彼らしい。笠松の家で、笠松の部屋で二人っきり。男二人でケーキを食べる様は、端から見ればうすら寒いかもしれない。因みにケーキは近所のケーキ屋で笠松が購入したらしい。恋人と二人っきりでお茶をしているというのに、少し物足りないと思ってしまう自分は、可笑しいのだろうか。
「黒子」
ふいに、笠松の指が黒子の唇を撫でた。ビクリ、と強張る黒子に苦笑して笠松は手を振る。
「チョコ。ついてた」
「…っ」
そんなこと言って、その指を舐めないで欲しい。紅潮してしまう頬を手で抑え、何とか仕返ししようと頭を回転させる。くい、と肩を抱かれた。机を挟んで座っていた笠松が、いつの間にか間近に来ていた。影が出来るほど近づいた彼の顔も、ほんのり赤かった。つ…と下唇を、彼のかくばった指が滑る。
「…チョコ、まだついてます…?」
「…ああ」
ペロリ、と。控えめがちに唇を舐める舌。離れていくそれを追うようにして、黒子からも唇を寄せた。
「…笠松さんにも、」
ついてます、チョコ。そんな言葉は、吸い込まれて行った。ほろ苦いキスは、チョコレートの味だ。


KUROKO

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