怪物づかいツナ(未完)



真名は魂、知られれば相手に生殺与奪を握られる。多くは相手をねじ伏せて奪い取るもので、決して先に開示する交渉道具ではない。その点においては、ヒバリンは悪手を打ったと言える。

「町々を恐怖に陥れた極悪怪物には、とても見得ませんね」
「……何しに来たの」
夜明けの白い光が際を照らす屋根の上。膝を立てて座っていたヒバリンは、隣に現れた気配へ鋭い視線をやる。南国果実の意匠があしらわれたステッキを片手に持った男は、芝居がかった様子でやれやれと首を振った。
「怪物づかいツナが仕留め損ねたという極悪怪物、本物の怪物づかいである僕が倒してやろうと思いましてね」
「ワオ、君も怪物づかいだって?」
ニヤリと笑ってヒバリンは立ち上がった。牙代わりのトンファーをきらめかせ、余裕の笑みを浮かべる相手に見せつける。怪物づかいムクロはニヤリと細く笑んで、愛用のステッキを構えた。
「その状態の君に負ける気がしませんね」
「……うるさいよ」
それ以上口を開いて不快な言葉を聞く気はない。そう言葉を投げる代わりに、ヒバリンはトンファーを叩きつけた。

山一つ割れるんじゃないかというような轟音と揺れで、ツナはベッドから飛び起きた。
「な、なんだ!?」
ドサドサ、と更なる音が外から聞こえてきた。ツナは慌てて布団を放り、外へと飛び出した。そこで目に入って来た光景に目を丸くする。
「ヒバリン! ……と、あれはムクロ?!」
家に住み着いた吸血鬼と、いつかの旅路で出会った怪物づかいが何故ツナの家の前で戦いを繰り広げているのか。いや、両者の立場を考えれば自然なことか、ムクロはヒバリンを退治するのは自分だと言っていたから。
ツナはハッと息を飲んだ。一際大きな音がして、ヒバリンが地面に倒れ伏したからだ。
「ヒバリン!」
旅の一時顔を合わせただけのムクロより、数か月寝食を共にしたヒバリンの方にツナの情は傾く。フンと勝ち誇り顔のムクロの前を通り過ぎ、ツナはヒバリンへ駆け寄った。
ツナが傍らに膝をついて顔を覗き込んでも、ヒバリンは起き上がる様子を見せない。ツナが肩を抱いて少し身体を起こすと、小さく呻き声が聞こえた。
「ヒバリン……!」
「怪物づかいツナ」
ヒバリンへ呼びかけるツナの鼻先に、南国果実のステッキが突き付けられる。ふざけたデザインのそれが、武器になるとは思わなかった。思わず睨み上げると、ムクロは不思議そうに片眉を上げた。
「ヒバリンを退治することが君の使命だった筈では? 仕留め損ねて返り討ちにあったと思っていましたが、まさかそんな状況になっているとは」
ツナは言い返せない。確かに、ムクロの言う通りだと思ったのだ。
ツナとヒバリンを交互に見て、ムクロはフムと顎へ手をやった。
「さすがは伝説の怪物づかい、ですか」
「え……?」
「君でしょう、ヒバリンの真名を唱えて彼の魂の半分を握っているのは。おかげで彼の力は嘗ての半分、いやそれ以下と言ってよい。うまく飼いならしているようじゃありませんか」
骨折り損だとムクロはため息を吐いてステッキを下ろす。ツナは意味が分からず目をパチパチとさせた。
「単に吸血できずに弱っているだけかと思ったのに……期待外れだったようだ」
「……漁夫の利を狙ってきたわけだ」
ようやっと目蓋を持ち上げたヒバリンが、舌を打ちながら呟く。「なんとでも」とムクロは手を振った。ヒバリンの睨みなど怖くないと言った様子で、腕を組む。
「隷属の対価も貰えないとは哀れですね、元極悪怪物。真名契約を上書きしてあげましょうか?」
「囀るな、君の力なんていらない」
ツナの手を振り払って、ヒバリンは多少よろめきながらも二本の足で立ち上がった。「ヒバリン」とツナが名前を呼んでも、振り返ることなく正面のムクロを睨みつけている。
ムクロはチラリとツナにも視線をやって、吐息を漏らした。それからステッキをしまいこむ。戦闘態勢を完全に解いたムクロに、ヒバリンは眉を顰めた。
「どういうつもり?」
「勘違いしないでいただきたいが、幾らでも横取りする方法はある。ただそれに見合った成果を得られないとも分かっている。だからこの場は引く、それだけです」
「逃がすとでも?」
「おやおや、今の君が僕に敵うとでも?」
ヒバリンは口を噤む。それだけで、ツナも彼の劣勢を悟った。口元にニヤリと笑みを浮かべて、ムクロは霧のように姿を消した。

REBORN

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