健啓、ファンタジーパロ(未完)



真っ白な石膏で出来たその神殿は、高い灰色の塀で囲われていた。白い薄雲の浮かぶ青空の下、どこか異質さを覚えるその風景を見上げていた少年は、焦れた少女に促され、ようやっと足を進めたのだ。

「あんたが健太ね」
「…はい。今日からこちらに配属になりました」

鋭い少女の視線に怯えることなく、少年はマニュアル通りに敬礼する。神殿警備の責任者だと名乗った少女は、手元の書類と少年の顔を見比べ、小さく鼻を鳴らした。

「私は留姫。あんたには最も重要な場所の警備を任すから、そのつもりで」
「はい」
「ついて来て」

素気ない態度は一貫して変わらず、留姫はさっさと踵を返した。少年も黙ってついて行く。

神殿の内部は薄暗く、よくよく見れば窓の数が極端に少ない。侵入者対策だろう。こっそり左右に瞳を動かして観察しながら、少年はそう予想する。
一本道の廊下は、やがて右手に噴水付きの庭が見える渡り廊下に変わった。その先には高々と聳え立つ建物が見える。蔦が覆う煉瓦の側面に窓は見当たらず、頑丈な造りの扉だけが唯一の出入口のようだった。その前で、留姫はやっと立ち止まった。

「ここがあんたの担当場所」

一応挨拶するから、と言い置いて留姫は荘厳な扉の錠前に何やら機械を翳した。フォン、と不思議な音がして機械から円上の緑光が現れる。それを認識したらしい錠前も点滅して、ひとりでに鍵が開いた。

「アーク…この扉を開く鍵よ」

自分の機械をしまった留姫は、別のそれを少年に投げ渡す。青色の彼女のものとは違い、それは緑色をしていた。重そうな扉を軽々開いて奥へ進む留姫に、少年も慌てて機械を腰のポーチに押し込み彼女の後を追った。

中は予想よりも明るい。どうやら、煉瓦の隙間から光が漏れているらしかった。細い塔の内部は螺旋階段になっており、壁に比べれば埃の少ないそこを留姫はズンズン進んでいく。少年も後を追う。
恐らく塔の頂上付近まで登っただろう。高所恐怖症というわけではないが、階段の下は出来れば見たくない。階段の終わりは踊り場になっており、すぐ目の前には木の扉があった。軽く息の切れる少年を尻目に、留姫はそこをノックした。

「啓人」

入るわよ。返事を聞かず、またアークを翳して解錠し、扉を開ける。留姫の後について部屋に入った少年は、その内装に思わず感嘆の声を漏らした。

まるで子供部屋だ。古臭い外装に反して室内は新しく、明るい。どうやら高い天井には、天窓がついているらしい。壁、床、天井に至るまで空と雲の柄で統一されている。天上のようなそこには、様々な厚さの本がぎっしり詰まった本棚が一つと、天蓋をつけた簡易ベッドが一つ、そして沢山の縫いぐるみが散乱し、狭い部屋を埋め尽くしていた。
その部屋の中心には、大きな赤い縫いぐるみに、顔を埋めるようにして座り込む少年がいた。少年は留姫の声にピクリと反応し、ゆっくりと顔を上げる。

「――」
「…留姫」

思わず息を飲む少年を気にせず、寝惚けているのか、啓人と呼ばれた少年はぼんやりとしている。その様子に溜息を吐いて、留姫は少年を指し示した。

「新しい警護。紹介しとこうと思ったんだけど」
「警護…?」

目をこすりながら啓人は立ち上がり、二人に近づいてくる。少年はそこで我に返り、マニュアル通りの敬礼をした。

「本日より配属されました。えっと…」
「啓人です」

よろしく。少年と年齢は変わらないだろう。ふわりとした笑顔で啓人は頭を下げた。

「実質あんたの警護対象はこいつだから」
「はぁ…」
「失敗は許されないわよ」

痛いくらいキツい留姫の眼光。思わず頬がひきつるのを感じながら、少年はこくりと頷いた。

***

与えられた小屋は啓人の住まう建物から然程離れておらず、狭いが居心地は良い。窮屈な詰襟の上着をベッドに放り一息ついた彼は、窓も扉も施錠したことを確認してから、先に運ばれていた自身の荷物の紐を解いた。内蓋には短剣などの武器が並び、ぎゅうぎゅうに詰められた衣服類。そこがもぞもぞと動いたかと思うと、ぷはっと息を吐いて魔獣が顔を出した。

「やっと出れた…」
「ごめんよ」

耳が長く薄緑の毛並みを持つ魔獣はぴょこん、と頭に飛び乗り顔を覗き込んだ。

「せんにゅーせいこー?」
「うん。ターゲットも確認出来た」
「もーまんたい。じゃあ早く終わりそうだね、ジェン」

それはどうだろうね、と苦笑して健太―――と名のっていた少年は短剣に手を伸ばした。まだ未使用だが手入れと訓練は怠れない。警備の為と偽って持ち込んだそれらには、全く正反対の使用用途があった。

本名を健良という彼は、何でも屋を生業としていた。察しの通り裏稼業と呼ばれるようなもので、犯罪行為も幾度となくやってきた。全ては孤児の自分を拾ってくれた雇い主に恩を返す為であり、それ以外に健良に生きる意味など存在しなかった。

今回の目的は、神殿に幽閉されている少年の暗殺。

デジモン

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テーマ「人外ファンタジー」
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