スペグリレで陰間パロ
金と朱塗りで彩られた絢爛豪華な建物。空を目指すように伸びるが実は四五階建てであるそれの、中腹辺りの窓から外を見下ろしグリーンはこっそりと吐息を溢した。彼のいる室内ではほろ酔いの上司が芸子と共に騒いでいる。元々グリーンは酒を飲んでも酔えない、騒がしいところが嫌い、と宴会には不向きな男だった。しかも女にも興味がないと公言したものだから、常日頃から容姿端麗な彼を理由に意中の女に振られていた同僚達の怒りは凄まじく、それをどこで聞いていたのか上司が
「男なら興味あるのか?」
からかうような笑顔で宣い、こうしてグリーンを陰間という種の店に連れてきたというわけだ。はっきり言って迷惑極まりないのだが相手が上司なだけに流石のグリーンも断れず今に至る。だがもう限界だった。甘ったるい酒の匂いも鼻を擽る白粉の香りも、煩わしい。どこへ行くのかと訊ねる上司に厠だとしれっと嘘をつき、グリーンは部屋を出た。呆れ果てたらしい上司は何も言わず溜息を溢すだけだった。
騒がし室内と違い襖ばかりの細長い廊下は驚くほど静かで、涼しかった。時たま小道具運びなのかパタパタと駆けていく禿達を横目で見やりつつ、グリーンは宛もなく足を進める。ぼんやりと前から流れていく変わらない景色を眺めていた所為だろうか、突然開けた場所に出たときには自分がどこから来たかグリーンには解らなくなっていた。
「参ったな…」
別に上司のことは気にしていない。彼の頭にあるのは自分の家にすら帰れないかもしれないという心配だ。それにしても豪華な処である。先程までとは違って豪奢な細工の施された扉を前に、グリーンは嘆息した。その扉は一本の細い渡り廊下で繋がっており、手摺越しに下を覗きこむと果ての見えない黒が広がっている。まるで扉の奥だけこの館の中で隔離されているようである。さらに扉には金の錠前がかかっていた。しかし今はどうしたのか、錠前は外れ只扉に掛かっている装飾品と化してしまっている。
「…」
グリーンは人一人分程の幅しかない橋に足を踏み入れた。きし、と僅に軋んだが落ちたり何かが降ってくるような仕掛けはないらしい。十歩と歩くかしないうちに扉の前につき、グリーンは無機質にぶら下がる錠前を見下ろした。近くから見てもやはり鍵はかかっていなかったし、扉の合わせ目にうっすらと隙間が出来ているのも確認出来る。グリーンはそっと冷たい扉に掌を押し付け、隙間を広げようと力を込めた。
「駄目だよ」
凜とした声に肩を飛び上がらせ、グリーンは後ろを振り向いた。いつからいたのだろうか、橋の向こう岸に青年が立っていた。金の鯉が刺繍された着流し姿で、袖口等から覗く肌は白い。着物と同じ赤の瞳を細め、青年は足音一つ立てずにグリーンに近づいた。どうやら裸足のようだが、本人は慣れているらしく身軽に動いている。
「そこはこの館で一番人気な陰間の部屋なんだ。入ったら怒られるぞ」
それでこんな造りになっているのかと納得したグリーンだが、ならばなぜ、鍵が空いているのだろう。グリーンがそれを訊ねると青年は驚いたように目を丸くして、突然笑いだした。
「おにーさん、野暮だなぁ。つまりお仕事中ってこと」
つまり、そういうこと。一拍置いて理解したグリーンはかっと顔を赤らめた。しかし弁明する間もなく、見つかると不味いからと青年に手を引かれた。