助けてと誰かが叫んだなら、どこからともなく飛んできて、笑顔で助けてくれる。
スーパーヒーローはとても忙しいのだろうなぁと思っていた。



「皆野、ちょっといい?」
「英くん?…うん、いいよ」

教室で、一人ひっそり本を読んでいた皆野に声をかけて屋上へ向かった。
変な噂の立つ皆野と連れだって歩く屋上までの道は、突き刺さる視線に耐えねばならない道のりだった。
だけど俺は確かめなければならない。昨日のことを。
屋上に入ると、誰もいなかった。
漫画等ではよく不良などの溜り場になっている学校の屋上だが、ここでは皆野が飛び降りただの消えただの奇妙な噂が続発するので不良もそうそう寄り付かない。
二人きりで話すにはうってつけの場所と言える。
フェンスのところまで歩いて行き、カシャンと音を立ててフェンスに寄り掛かる。
ここまで黙って俺についてきた皆野はきょとんと首を傾げて俺の次の行動を待っているようだった。

「あのさ、皆野」
「うん、何?」

俺は昨日、バスの転落事故に合った。
若干のけが人はあったものの、幸い死者は無く、大きな事故には至らなかった。
不思議な点は色々ありつつも、バスの被害者はお年寄りばかりで、奇跡的に木等にひっかかって助かったのだろうということで落ち着いた。
俺は報道などに巻き込まれるのは御免だったので、こそこそと騒ぎになる前に逃げ帰った。
だがその前に俺は見てしまったのだ。

「昨日のバス事故、知ってるよな…今朝もニュースになってた」
「うん。大変な事故だったみたいだね。死亡者が出なかったのが奇跡だってどのチャンネルでも言っていた」
「そう。で、さ…」

皆野は俺の問わんとしていることが全く分からないようで俺の言葉ににこにことしながら応えるが相変わらずきょとんと首を傾げている。
俺は、はーと一度大きくため息を吐いてから、意を決して皆野に向き直った。
そう、俺は見てしまったのだ。

「お前、空…飛べるの…?」
「………え?」

奇跡以外言いようがないあの事故の直後、俺は空に向かって飛び立って行く皆野を見た。
一瞬で空高く舞い上がって見えなくなってしまったけれど、同じ制服を身にまとった、クラスメイトの姿を俺は確かに見てしまった。
俺の言葉に、皆野は一瞬目を見開き驚いたような表情を見せるが、すぐにいつもの爽やかな笑顔に戻る。

「ああ、あの噂のことかな。よく聞かれるんだけど、英くんに聞かれるとは…」
「俺!昨日あの事故、実は巻き込まれてて、現場いたんだ。それで、モロでお前が空飛んでくの…見たんだけど…」

笑顔の皆野の言葉を遮って、俺は強い口調で言った。
俺は現実主義者だ。小説や漫画は好きだけど、あくまでフィクションだと思っているし、お化けもUFOもチュパカブラも、この目で見たもの以外は信じない。
でも俺は確かに見たのだ。空飛ぶ皆野を。
皆野は今度こそ目を大きく見開き、何か言いたそうに色々百面相をした後、はぁああと大きく深いため息をついてその場にしゃがみこんでしまった。

「か、皆野…」
「あ〜…お年寄りだけだと思って油断した…英くんいたのかぁー…」
「う、うん…」

あーあー、と実に悔しいといった声音で皆野はしばらくの間唸っていた。
俺は皆野のその言葉と行動にどきどきとしながら、皆野の次の言葉を待った。
確かに俺は空に飛び立つ皆野を見たけれど、事故後のショックで何かを見間違えたんじゃないのか、とか、ありえないよとか笑い飛ばされたならそれで納得するつもりでいた。
そして変なこと聞いてごめんなって言って、終わるはずだった。
でもこの皆野の行動は、どうやらそういった展開にはならなそうだ。

「あのね、みんなには絶対絶対黙っていて欲しいんだけど、俺、空飛べるよ…」
「…皆野…」
「しかもバスくらいなら、片手で余裕で持てちゃうくらい…力もあるよ」

皆野は気まずそうに俺を見上げながら、小さな声で告白した。
その言葉に、胃がぎゅんっと上がるような掴まれたような、何とも言えない気持ちになってそわそわした。
皆野は俺をからかっているのだろうか?それとも本当に?
俺はそわそわする気持ちを押さえながらしゃがみこむ皆野の前に、しゃがみこんだ。

「…皆野…変なこと聞いた俺のことからかってる?」
「…?どういう…あ!もしかして今のカマかけたの!?」
「え!?」

俺の問いかけに一瞬首を傾げた皆野は顔を赤くして立ち上がり後ろに飛びのいた。
カマかけ?もしかして俺の方が皆野をからかってたのだと思われたのか!?
俺は違うよと叫んで慌てて立ち上がって皆野に詰め寄った。
ああでも、もうこれって確定的じゃないか?
俺にカマかけられたと思って、こんなに焦る皆野。
それってそれって

「あの、か、皆野…昨日のバス事故、助けてくれたの、お前なの…?」
「…………うん」

確認するように問いかける俺に、皆野は目をそらして答えた。
やっぱり、俺の見間違いとか、幻覚とか、そういうのじゃなかったんだ。
俺は力が抜けて、その場にへなへなと座り込んでしまった。
そんな俺に皆野はおろおろと近寄って俺の顔を覗き込んできた。

「だ、大丈夫…?英くん…」
「ああ…ちょっと、驚いたけど…」

へな、と笑う俺に、一瞬きょとんとした後、皆野は笑った。

「英くんは現実主義だもんね」
「そうだけど、見ちゃったものは、現実だ。信じるよ」

俺は皆野の手を取って、ぎゅ、と握った。

「英くん…?」
「ありがとう…本当…ありがとう…」
「…英くん…」

俺の手は震えていた。
現実主義者の俺が、いくら見てしまったとはいえ、わざわざ皆野にこんなこと聞いて確認をしたのは、どうしてもありがとうと伝えたかったから。
こわかったんだ。本当に。
人間いつかは死ぬのだし、とか、明日は我が身、だなんて頭の中では分かっていても、実際自分があんな目に合うだなんて思ってもいなかった。
特にやりたいことがあるとか、大きな未練があるとか、そんなものは無かったはずなのに、死にたくないと心から願った。
平和な毎日で、そんなつもりはなくても命を軽んじていたのかもしれない。死ぬことがあんなに怖いだなんて思わなかった。

「助けてくれて…ほんとに、ありがとう…っ」
「…うん」

事故直後から今まで一滴だって流れなかった涙が、はらはらと零れていった。
皆野がいなかったら死んでいたんだよ。俺は今ここにいなかった。
落ちていくバスの中で、ソローモーションで流れていく景色を目にしながら、声にならない声でただ叫んだ。
誰か助けてって。誰でもいいから助けてって。
助かった後に見た、空に向かって飛んでいく皆野は、子どもの頃夢に見たヒーローそのものだったんだ。

「皆野は、スーパーマンとかなのか?」
「あはっ英くんからそんな言葉が出るなんてそっちの方がびっくりだなぁ」

皆野は俺の涙を、俺に握られている手とは逆の手で拭いながら可笑しそうに笑った。

「俺はずっとスーパーヒーローに憧れていて、憧れすぎて気づいたらこんな力がついてたんだけど」
「…非現実的だな」
「あははっそうだね。でも、だから俺は憧れのヒーローみたいに、空を飛んで助けにいくんだ」

涙の止まった俺に変わらずにこにこと笑いかけながら、皆野は俺の頭を撫でた。
何だかそれは本当にヒーローのすることのようで、やけに胸が高揚した。

「助けてって、声が聞こえるんだ。そしたらすぐに飛んでいく。映画や特撮のスーパーヒーローみたいに悪と戦ったりたくさんの人を助けることは出来ないけどね」
「それでよく教室を飛び出していくのか?」
「うん。おかげで変な噂立てられちゃった」

少し困ったように笑う皆野の手を俺はもう一度強く握り直した。

「英くん?」
「俺の声も、聞こえた?」

俺の真剣な声に、皆野は少し驚いた表情をしてから優しく笑って、俺の手を握り返してくれた。

「聞こえたよ。また助けてほしい時は、いつでも呼んで?地球の反対側にいたって飛んでいく。その代り、俺のことは内緒にしてね」
「変な噂立てられても内緒にするのか?」
「ヒーローってそういうものだろ?」

そう言って悪戯っぽく笑った皆野は、少し哀しそうだった。
そうか、そうだよな。
物語のヒーローのようにたくさんの人を助けることは出来ない。
確かに世界中のどこでも誰でも救えるのなら、色んな、テレビで報道されているような事故とか事件は起きないはずだよな。
俺はたまたま助けてもらえたけど、もしかしたら助けてもらえなかったかもしれなかったんだ。
ヒーローという存在がいることを知っていて、自分が助けてもらえなかったら恨んだだろうか。家族が、友達が、助けて貰えなかったら。
間違いなく、恨んでしまっただろうなぁ。
助けを求めている人間はたくさんたくさんそれはもう数えきれないほどいるけど、ヒーローは一人だ。
ヒーローが秘密主義なのは意外とシビアで現実的な理由からだったのか。

「約束する。死んでも誰にも言わない」
「ありがとう英くん」

スーパーヒーローだなんて非現実的存在のくせに、やけに現実的な目の前のヒーローに少し笑ってしまって、それでも俺はそんな存在と子どもの頃みたいに指きりなんてしてしまった。





「皆野ぉ!!授業中だぞ!」
「トイレじゃないっすかー」
「英!?」
「下痢症なんすでよきっと」

教室からどっと笑いが起きた。
今日も今日とて、唐突に教室を飛び出して行った皆野。
俺はまたさらに変な噂が立ちそうな微妙なフォローを入れながら、窓の外を見た。






go save the World


(スーパーマンは今日も忙しそう)


END







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