ジェット機よりも早く空が飛べて、家を一軒片手で持ててしまうくらいの力持ちで、いつも笑顔で誰にも優しい。
そんなスーパーヒーローを夢見ていた。



子どもの頃は自分が選ばれた戦隊ヒーローだって信じていたし、将来の夢はバイクに乗った仮面ヒーローだった。
なんだか色々矛盾をした思考を持ちつつもとにかく、ヒーローというものに憧れていた。
けれどそんなのはせいぜい小学校1年生までだ。
まぁ人によってはもうちょっとかもしれないが。
ちなみに俺は五歳の時にすでにそんな幻想的存在には失望していた。
ズズズ、とパックのジュースをすすりながら、特撮ヒーローの真似事をして横を通り過ぎて行った少年たちに冷めた目を送ってしまった汚れきった高校2年生の秋。

「で、さ!今日も授業中走って教室飛び出してったんだぜ!やっぱやべぇよ、アイツ」
「皆野飛色の話?」
「そーそ!」
「ていうか名前まじくっそギャグだよな!!俺だったら親恨むわー」
「みんなのヒーローだもんなー」

ぎゃはは、と笑う友人二人。
皆野飛色と書いて「かいの ひいろ」と読むのだけれど、一見どう見ても「みなの ひいろ」である字面とその響きは確かにダジャレだ。
だからと言って俺は皆野の名前に爆笑する友人たちには混ざれない。
何故なら俺の名前は英雄と書いて「はなぶさ ゆう」だが、一瞬の目からの情報では「えい ゆう」にしか見えない皆野にも勝るとも劣らないダジャレ名前だ。
今でこそ親を恨んだりはしていないが、子どもの頃は自分の名前が嫌で嫌で仕方なかった。
当然のようにからかいの対象にはなるし恥ずかしいことは恥ずかしい。
しかも俺がめちゃめちゃイケメンだったりスポーツ万能な、名は体を表すとはこの事だとでもいうような人間だったならばまだマシだったのだが残念かな俺は中の上。
悪くは無いけどイマイチ。クラス中の女子からベストオブイマイチの称号を与えられた男だ。うるせぇほっとけ。
さて俺のことは置いておいて、その皆野だが、そいつが変わっているのは名前だけではなかった。

「でも授業中突然立ち上がって教室飛び出してって、なんかやけにヨレヨレになって帰ってくるとか怖くね?」
「それはほら、あれだよ。ヒーローだから。困った人を助けにだな…」
「いや冗談じゃなく!最初はさークラスの連中もそんなノリだったけど、本当気味悪いんだぜ」
「まじか」

そう、皆野は名前よりもその奇行で有名な男だった。
基本的に誰にでも優しく、いつも笑顔だが特にこれといって親しい人間はいない様子。
授業中に突然教室を飛び出していくことも珍しくなく、いつも一人で屋上で何かをしているという噂だ。
一度皆野が屋上で何をしているのか確かめてやろうと企てた奴がいたらしいが、そいつの話によると、皆野は屋上の柵に足をかけよじ登ったかと思ったら飛び降りてそのまま消えたそうだ。
もちろん皆野はその後も何事もなく登校しているので見間違いか何かだろうとは思うが、何分気味の悪い噂が絶えない男だった。
頭脳は明晰でスポーツ万能。おまけに容姿端麗と女子にモテる要素はモリモリの男なのに、奇行が目立ちすぎて全くモテなかった。実に残念な奴だといえる。

「でもちょういい奴だからさー、気味は悪いんだけどなんかこういじめとか避けるとか出来ないっつーかさー…な!雄」
「そーね」
「雄は興味なさそうだな。同じクラスなのにコイツみたいに気になんないの?皆野飛色のこと」
「面白いなーとかは思うけど…」
「あーあ!もう本当にアイツ、ヒーローだったりして!そんでだから急に抜け出したり屋上から飛び降りたり…空飛んで人助けしてたりしてー」
「ないだろそれは」

友人のヤケクソのような叫びに苦笑して突っ込む。
確かに皆野の奇行が気にならないと言えば嘘だが、誰が聞いても「何でもないよ」と笑顔で返す皆野に真相なんて聞けないのだし、あれこれ考えたってそれらは全部推測の域を脱しない。
それこそ、ヒーローなんて推測も推測、妄想もいいところだ。
ヒーローなんて、現実にはいない。

「じゃ、また明日なー」
「おー、気を付けてなー雄ー」

駅に向かう二人とは別れ俺はバス停に向かう。
よくつるんでいるあの二人は電車通学だが俺はバス通学で割と近くに住んでいる。
今の高校を選んだのは、将来に支障がない程度で、家からもほどほどに近いという理由だ。なんて現実的な俺。
そう、ヒーローなんていない。俺は周りから時々冷めてんなぁという言葉をもらってしまうほどに現実主義者だった。
俺がバス停に着くと同時に俺が乗るべきバスがやって来た。ラッキー。
プシュ、と空気を噴くような音と共に開かれたドアをくぐり、俺はバスに乗り込み最後尾座席の窓側を陣取る。
この時間帯は割とすいていて、客は近所に住むお年寄りばかりだ。
今日も今日とて乗客は俺以外全員じいさんとばあさん。
携帯電話を取り出し、特に何をするでもなくパカパカ開いたり閉じたりしながら、俺はぼんやり窓の外を眺めていた。

「急カーブに入りますので、皆様お座りになるか、吊革におつかまり下さい」

ちょっとした山道を通るこのバスでのお決まりのアナウンス。
確かに結構なカーブで、初めて乗った時は驚くが、慣れてしまえばなんてことなく、このバスをよく使う俺を含めた常連客はこのアナウンスを聞き流す。
俺はバスが曲がって行くのをくぁ、とあくびをしながら感じていると、突然グっと体が横に打ち付けられた。

「!?」

ガタンだとかそんなものじゃすまない鈍い音がして、窓側にいた俺の視界には、ガードレールを突き破って崖下に落ちていくバスの先頭部が見えた。
う、そ…

「きゃぁあああああ」
「うわぁあああぁああ」

車内は悲鳴と混乱に包まれながら、車体は斜めに傾いた。
俺は息がつまったみたいになって、声も出ずにただ落ちていく重力のままに窓に張り付く体を硬直させていた。
ジェットコースターが落下に入る瞬間のあの気持ちの悪い浮遊感とともに、バスは落ちていった。
嘘まじ俺死ぬの?
窓越しに流れていく山の景色はやけにスローモーションに見えて、車内は大混乱になっているはずなのに、俺には俺の心臓の音しか聞こえない。
うそうそうそうそうそうそ
やだ、やだこんなとこで、やだ死にたくない死にたくない死にたく

「誰かっ…たすけ…っ」

悲鳴にかき消されながら、現実主義者の俺から絞るように出された声は、神様に祈るようだった。
もうなんでもいい助けて誰か誰か誰か…!
ぎゅ、と目をつぶった瞬間、ふわりとバスの落下が止まった。

「…?」
「え、なに…」

乗客も全員驚き何事だと息をのみ悲鳴が止んだ瞬間、ガサガサガサという木々をかき分けるような音を響かせながらバスは崖下に到着した。

「……え?」

何が起きたのかまるで分らない。
社内全体がまるで誰も息をしていないかのように静かになった。
しかし誰かが落下時に倒れたのだろう体を起こしながら辺りを見回して、絞るような声を出した。

「た、たす…助かった…のか…?」

その瞬間、車内が再び悲鳴につつまれた。今度は先ほどとは違う、歓喜に溢れた悲鳴だった。
俺は全く何が起きたのか理解できずに、呆然としていた。

「きっと木に引っ掛かったんだわ…!」
「死ぬかと思った…!!でも生きている!生きている!」
「ああああ助かった!助かった!」

じいさんやばあさん達は口々に喜びを声にし、バスの車掌が深々謝罪を述べながら心底安堵した表情を浮かべながら乗客を外に誘導していた。

「さぁ君も早くバスから降りて!」
「は、はい…」

車掌に手をひかれるまま、俺は外に出た。
バスの外装は木々に擦られたのか酷く傷がついていたが、崖から落ちたとは思えない無傷っぷりだ。
手に手を取って生還を喜ぶお年寄りたちを余所に、俺はふらふらと歩き、木々の遮りがない場所に出て、上を見上げた。
そこまで高い位置にあるわけではないが、俺達が放り出された車道のある崖上は、バスで転落しようものならまず間違いなく全国報道レベルの事故になったはずだ。
木に引っ掛かった…?
いや、あれはそんな感じじゃなかった。
もっとこう、ふわっと、誰かが持ち上げたみたいな…
そう、俺が思案しながら視線を上から下ろそうとした瞬間、見てしまった。

「………皆…野…?」

木々の間から、空に向かって飛び立つクラスメイト、皆野飛色の姿を。







i watched Superman fly away


(それは確かに夢見たヒーロー)





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