ジャカジャカと重低音鳴り響く薄暗い元倉庫のような場所。
明るく染められた髪色とスキンヘッド、カラフルなメッシュの入った黒髪しか見当たらない。
室内は薄暗いとはいえまだ明るい時間帯なのに酒の匂いが垂れ込める。
そこら辺中飛び交う汚い言葉と下卑た笑い声。
どうして俺はこんなところに居るんだろうか。
ていうかまじここどこだ。

「薫?飲まねぇの?」
「いや、酒とか何考えてんですか輝くん。俺未成年…」
「ちっちぇこと気にすんな。俺だって未成年だ」
「とにかく遠慮します。オレンジジュースがほし」
「てめぇ!アキラさんがせっかく勧めてくれた酒が飲めねぇってのか!?あ!?」
「ひっ…」

とても柔らかいソファーの上に座り異常なほど縮こまる俺。
隣に輝くんがいることだけが救いだ。

今日の放課後も、輝くんはまた集会に強制連行されることになった。
一緒に帰っている途中だったので、俺は不運にもその連行現場に居合わせてしまい、輝くんにお前も来い、と一緒に強制連行されて輝くん率いる組の集会所とやらにやって来てしまった。
当然そこは一般平凡な高校生たる俺には嫌な意味で眩暈がするような場所だった。
見渡す限りの不良、不良、不良。
制服のようなものを着ている人はいるが皆が皆着崩したりアレンジしたりしていてもはや制服なのかも分からない。
到着とともに逃げ出したかったが、輝くんに腕をがっしりと掴まれていてそれは叶わなかった。
輝くんが連れてきた、ということで手出しはされないが視線は痛いし、態度はさっきのようにちょっとでも変なことしたらぶっ殺すといった風だ。
神経すり減らされる。勘弁してくれよ。
俺は小さくガタガタ震えながら輝くんにベッタリだ。
輝くんだって不良で、しかもこの集団の総長様なわけだけど、俺にとって輝くんはもうなんかそういうの飛び越えた存在だ。
この空間の中で一番怖くない。

「輝くん…なんでこんなおっかない組織作っちゃったんですか」
「俺は作ってない。コイツらが勝手に集まっていつの間にか作ってたんだ」
「…だから集会とかあんま参加しないんですか?」
「だるいっつーのもあるけどな。もともと総長とかそういう気ねぇし。ホラ、俺、血見たさに喧嘩やってっから」
「ああ…」

輝くんらしい返答に変に納得してしまった。
血が見たくて喧嘩とか…この人そのうち殺人事件起こして「血が見たかっただけ」とか供述しながら捕まりそうで怖い。
自分で考えておいてなんだけどそれ笑えないなこれ。しかもその殺人事件の被害者俺の可能性高いよな。
俺は目の前に置かれた、輝くんが下っ端の人達に持ってこさせたオレンジジュースをチビチビと飲みながら一人ぼんやり考えていた。

「アキラさん!こっち来てくださいよ!」
「あー?」
「話あるんすよー」

不良さん達に呼ばれてだるいとかなんとか言いながら輝くんは席を立った。
そうか、集会だもんな。話し合いとかあるんじゃないのか。何のかは考えたくないけどな。
俺はだるそうに歩いて不良達の輪の中に入って行く輝くんをぼっと見つめていた。
一度、キスをされて以来特に何もされていない。
当然だ。
輝くんは血を求めていただけで、別に俺が好きなわけじゃないんだから、何かされるわけがない。
相変わらず切られたり殴られたりはしているけれど。
でも最近ではそれも嬉しくなっている俺はもう末期だ。病院も匙を投げだすレベルだ。
だって、仕方ないだろ。
輝くんは仮にも今、俺の好きな人で、切られたり殴られたりして血を流せばその分あの人に触ってもらえるんだから。
痛いのが嬉しいのではなくて、輝くんに求められるのが嬉しいっていうか、うん。なんかそんな感じだ。

「あんれ、カオリンじゃん?」
「へ、あ、…きょんくん!」

相変わらずちびちびとオレンジジュースを飲みながら輝くんのことを考えていると、突然をかけられ、見るときょんくんが立っていた。
よ、と言いながらニコっと笑ったきょんくんはどさりと先ほどまで輝くんが座っていた場所に腰かけた。

「どうしたのー?カオリンがこんなとこにいるなんて。不良こわいんじゃなかったけ?」
「こわいですよー。でもどっかの変態が無理矢理…」
「ふはっ!相変わらず言うねぇ」

ケタケタ、と笑いながらさっきまで輝くんが飲んでいた酒をぐい、と煽った。

「きょんくんまで酒飲むんですか…?」
「えー?あー、まぁ不良高校生のステータスじゃない?酒とタバコは」
「まぁ分からなくもないですけど…」

そう言ってきょんくんは新しい酒を開けた。
そこでふ、と気づくのは、周りにタバコ吸っている人がいないということだ。

「でも、ここの人吸ってないです」
「ああ、輝がタバコ嫌いだから、輝の前で吸う奴はいないんじゃねぇかな。ブチ殺される」
「へぇ…」
「血がまずくなるとか言ってた」
「……もうやだあのひと…」

きょんくんの言葉に俺は改めて何であの人を好きになったのかと思い、ヤケになって一気にオレンジジュースを飲みほした。
今更、どうしてあの変態をとか、そういうことを色々考えたって好きなものは好きなのだ。
今日だって、こわいけれど、ここに連れてこられて、一緒にいられる時間が増えたことに喜んでいる俺がいるし。
さっきまで隣に座ってここぞとばかりにベッタリできていたことに内心ほくほくしていた俺がいた。
俺も大概だ。
輝くんと違って変態ではないけど、何だこの乙女思考。気持ち悪い。

「…カオリン…?」
「ふぇー?」

オレンジジュースを飲みほしたグラスを見つめながらグルグルと輝くんのことを考えていたら、隣からきょんくんの心配そうな声が聞こえて返事をする。
するが、なんか呂律回ってなくない?俺。あれ。

「ちょ、目据わりかけてるよカオリン!何、飲んでたのお酒だったの!?」
「えー?おれんじジュースですよ…?もってきてくれたの」
「ちょっとそのグラス貸して」
「あー…」

俺はきょんくんの言葉に首を傾げる。
これはオレンジジュースだ。お酒じゃない。
だってわざわざ酒を断って持ってきてもらったんだから、お酒じゃない。絶対にだ。
きょんくんはそう言う俺の手から空になったグラスをとりあげ、逆さにして底に少しだけ残っていた数滴を掌に乗せて舐めた。

「ばっかコレ、スクリュードライバー…!」
「すくりゅー…?」
「酒!カクテル!オレンジジュースは使ってるけどお酒!」
「えええええ?」

酒の名前はよくわからないけれど、きょんくんが何やら焦っている。
俺はどうやら騙されて酒を飲んでしまったらしい。
そうか、だからさっきから頭グルグルしているのか。

「きょんくんどうしよう…!」
「え、何?もしかしてカオリンお酒飲むといけないビョーキとかなの!?」
「俺みせいねんだようお酒のんじゃったよう」
「知るか!俺だってそうだわ!っていうかこの子誰!キャラ変わりすぎなんだけど!?」

きょんくんはいつものチャラチャラとした雰囲気が一変して焦っているようだった。
そんなきょんくんを見ながら俺は未成年なのに酒を飲んでしまった罪悪感で泣きそうだ。
成人するまでは飲まない、せめて大学行くまではって誓ってたのにどうしよう。

「カオリン酒弱すぎ…スクリュードライバーだけでこれって…嘘でしょー」
「うわああんどうしよう俺捕まっちゃうぅ」
「はいはい大丈夫だから。ていうか俺がどうしようなんだけどー」

俺はよくわからないけれどきょんくんに抱きついて泣いた。
きょんくんはそんな俺の背中を呆れ声で優しく撫でてくれた。

「あー…」
「ん?」
「でもさぁ、輝くんいつか変態すぎてつかまるでしょ?」
「え…、や、それは…えっと…?」
「そしたらさぁ、けいむしょまで一緒にいられるから、いっかぁ」

何を言っているのか自分でもよく分からないけれど今度は楽しくなってきたので、えへへと笑った。

「こんな時まで惚気るとはいい度胸だねカオリン…。おい輝ぁ!」
「あ?」

俺の背中をぽんぽんと撫でながらきょんくんが輝くんを呼んだ。
遠くから輝くんの声が聞こえて俺はさらににんまりする。
ぼんやりする視界を声のした方に向けると、輝くんがこっちに向かってくるのが見えた。

「カオリンが大変ーとりあえず早く連れて帰ったほうがいいかもー」
「つーかてめぇ何抱き合ってんだ」
「カオリンから抱きついてきたんだよー羨ましいいだろばーか」

目の前まで輝くんが来て、不機嫌そうな顔できょんくんを睨み付けた。

「薫に何したんだよ」
「ん、さっきまで飲んでたのがオレンジじゃなくて酒だったの。で、カオリンくっそ弱かったみてぇで、で、これ」
「あきらくんだぁ」

俺はきょんくんから離れて輝くんに抱きついた。
いつもの匂いだ。落ち着く。
俺は力を込めてぎゅうぎゅうと輝くんを抱きしめた。

「嘘だろ…」
「ちょう可愛くないこれ。襲っちゃだめだよ輝。血的な意味でも」
「襲うかばか。…ほら薫、帰っから、立て」

そう言って輝くんは抱きつく俺を引きはがそうとした。
俺はイヤイヤと首を振ってなお強く抱きついた。

「ば、ちょ、放せバ薫!」
「やー!あきらくんといる!」
「はぁ…」

輝くんのため息が聞こえたと思ったら思いっきり引き剥がされて、脇下に手が回されそのまま抱き上げられた。

「おー、高いー!」
「黙ってろ。軽くねぇんだから、暴れたら落す。…じゃぁ俺帰っから、あと頼んだ」
「はいはいー。ばいばーい、カオリン!」
「ばいばい!」

ニコ、と手を振るきょんくんに俺も手を振って、輝くんに抱きかかえられたまま俺は不良の巣窟を後にした。
外はもう夕日に染まっていて、キラキラしてなんだかとても綺麗だった。

「夕日きれいだねー」
「あーはいはい」

俺は輝くんの首に腕を回してぎゅう、と抱きつきながら沈んでいく夕日を眺めた。
輝くんは俺の声に適当に相槌を打ってくる。
そんな相槌でも、応えてくれるのが嬉しくて俺はそのまま輝くんの頭にすり寄る。

「おい馬鹿動くな、落すぞ」
「輝くん…」
「あ?」

悪態をつきながら、それでも優しく俺の背中をぽんぽんと撫でるように叩く手が愛しい。
ふわふわとした、頬に触れる金色の髪が愛しい。
息を目いっぱい吸い込めば、鼻腔を埋める、嗅ぎ慣れたこの匂いがとてもとても、愛しい。
大好きだ。
どうしてかわからない、この人が大好きだ。
俺のこと殴るけど、切りつけるけど、大好きだ。
夕日の中、抱きかかえられて全身で輝くんを感じて、俺はふと、この気持ちを伝えたくなった。

「輝くん、おれね、おれ…」
「薫?」
「おれ、あきらくん、すっげー…、き…だ」
「は?」


言葉を全部言ったのか言ってないのかも分からないうちに猛烈な睡魔が襲ってきて、俺は輝くんの怪訝な声を聞きながら、そのままブラックアウトした。





酔っぱらってしまいました



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