俺は衝撃の事実に気づいてしまった昨日。
俺、もしかしたら輝くんのこと好きかもしれないだなんて。
嫌だ…
一千歩…いや、一億歩譲って男に惚れるのはまぁいいとしよう。俺はそういうのにはそこまで偏見はない。まさか俺が当事者になるとは思ってもみなかったがまぁそれは置いておいて。
そう、男に惚れるまでは仕方ないとしよう。性別も越えて相手に惚れるっていうのは素敵なことだ。
だが俺が惚れたのは誰だ。よく考えろ。
血フェチのド変態だぞ。
俺じゃなくて俺の血をオカズにするようなド変態だぞ。
血まみれになった恋人を見ていつか俺も血まみれにしてみたいとか言うド変態だぞ。
つまりド変態なんだ。人間性もクソもあるかってんだよ。
俺は男に惚れてしまった事実よりも、輝くんに惚れてしまった事実に眩暈がしていた。
いや、正確には惚れてしまった「かも」だ。

「で、どうしたらいいと思いますか」
「知らないよ…」

俺は学内でたまたま、本当にたまたまきょんくんを見つけたのでとっ捕まえて空き教室に連れ込んだ。
そして今のこの悩みを聞いてもらった。
親友である圭都に相談するべきかとも思ったのだけれど、あのアホじゃいいアドバイスはもらえなそうだな、と考えた結果きょんくんにした。
きょんくんチャラそうだけど、結構しっかりしている人だし。
そりゃそうだ。幼馴染ってことはそれはもう長い事あの変態の友達でいるってことだ。
ものすごい大人な精神の持ち主であることは明白だ。

「俺本当に困ってるんですよ。何しろ相手があの変態なので」
「まぁそれは否定しないけどー…でも悩んだところで仕方ねぇんじゃんねぇかなぁ」
「え?」

きょんくんもうーんと唸りながら顎に手を当てて困ったような顔をしている。

「カオリンが片想いなんだったら、告白しちゃえよーとか、黙っておいた方がいいよ殺されるよ、とかアドバイス出来るけど、君らもう付き合ってんでショ」
「あー…まぁ、はい…」
「だったらもう悩むだけ無駄じゃない?恋人権限フルに使っていちゃついちゃえばいいじゃん」
「いや、無理でしょう、ソレ…」

なんて簡単に言ってくれるんだ。
しかももう俺が完全に輝くんのこと好きな方向で話すすめてるぞこの人。

「俺だったらここぞとばかりにイチャつかせてもらうよ。しかも恋人になってきてっつったのアッチっしょ?」
「ああ、まぁ…そうですけど」
「それで、そうやってイチャついてる間に絶対あっちだってこっちのこと好きになってくれるって」
「まぁきょんくんの場合はそうだろうね」

その外見持ってればね。
でも俺は平凡なんだ。
そして告白時から俺のことが好きなわけじゃないとキッチリ宣言も頂いている。
おまけに物凄い思わせぶりな態度とか台詞とかめちゃくちゃ吐く人だけど全部俺の血宛てだぞ。
血じゃなくて、俺自身を好きになってくれる日がくるなんて到底思えない。

「あーもうめんどくせぇなぁカオリン。じゃぁカオリンはどうしたいのー?」
「だから悩んでるんじゃないですか」
「えー?」
「別れようとは思いません…そんなこと切り出したら殺されるだろうし。っていうかここぞとばかりに俺のことボッコボコにして血を思う存分堪能しそうだし」
「そうだね。よくわかってるね」
「でも…」

あっちは俺のことどうも思ってないのに、恋人でいるだなんて、とんだ恋人ごっこだ。
しかも俺の方は本当に好きになってしまうなんて、とんだ笑いネタだ。

「惨めじゃないですか、なんか」
「カオリン…」
「相手は俺のこと、見てくんないんですよ。それが分かってるのに、それでも、傍にいなきゃいけないんです」

いっそキッパリ振られて、泣いて、諦められた方がどんなにマシか。
男に惚れてしまった黒歴史として心の深いところに仕舞い込めたら、どんなにいいか。
相手は俺のこと見てくれないのが分かっているのに、離れることは許されなくて、きっと諦められる日なんてこない。
ただ、輝くんが俺の血に飽きて捨てられる日をビクビク待ち続けるだけだ。
そんなの、俺めちゃくちゃ可哀想じゃないか。

「…好きかもしれないどころか…大好きなんじゃん、輝のこと…」
「…そうですよ。悪いですか」
「悪くないよ。素敵なことだと思うよー、俺は。輝も見習ってほしいくらい」

きょんくんは、俯いた俺の頭をワシャワシャと慰めるみたいにかき混ぜた。
声がすごく優しくて、そこにはいつものチャラさなんて感じられなかった。
ああ、きっとこの人は普段チャラチャラだけど、好きな人には誠実で優しい人になるんだろうな、と何となく思った。

「…俺、きょんくん好きになったらよかったです」
「えー、マジでー?今からでも遅くないよー?俺にしとく?」
「遅いです無理です輝くんがいいです」
「おいコイツうぜーよさりげ惚気やがったー殴りてー」

まぁ俺もマジだったらお断りしちゃうけどね!といつものようにチャラく笑いながら言ったきょんくんに、俺も笑い返した。
悩んでも仕方ないっていうのは、一理ある。
相手が俺のこと見てくれなくて、それでも傍にいなきゃいけなくて、惨めになるけど、どうしたって俺が輝くんから離れることなんて出来ないんだろう。
タコ殴りにされるかもっていうことより、俺が、輝くんと離れるなんて今更無理だ。
だって、気づいてしまった。こんなに輝くんが好きだ。
どんなに惨めでも、いつか捨てられるその日まで、輝くんの隣は誰にも渡したくないと思う。
俺にだって、独占欲くらいある。
誰かのものになってしまうことより、滑稽でも傍にいられるならきっとその方が何倍もいいに決まってるんだから。

「愚痴ならいつでも聞いてあげるよ。俺、カオリンのこと弟みたいな感じでちょう気に入ってるから」
「俺も、お兄ちゃんみたいな感じできょんくん好きです」
「えー、もうやだ何この子可愛いんだけど。ぎゅーしていい?」
「あ、まだこの間のリンチされた怪我が治ってないから痛いし嫌です」
「わームカつくよこの子殴りてー」

ははは、と笑いあってきょんくんにうもうひと撫でされる。
とりあえず、俺の気持ちを知っていてこうして話を聞いてくれる人がいるだけ、俺は恵まれている。
と思うことにしておこう。





「輝くん、これいりますか?」
「いる」

弁当にサクランボが入っていたので輝くんに差し出してみたら案の定嬉しそうに受けとった。
赤ければ何でもいいんだろうかこの人は。
けれどそんなところも愛しいだなんて思ってしまっている俺はもう相当やばい。

「お前怪我は?」
「昨日今日で治るわけないでしょ。…本当きょんくんといい…不良さんと平凡男子を一緒にしないでください」
「なんで恭平の名前が出てくるんだ?」

怪我の具合を聞かれてつい午前中のきょんくんとのやりとりを思い出して名前を出すと、輝くんが不思議そうに聞き返してきた。

「2時間目の時に会って、ちょっと相談事があったんで、それで」
「いつの間にお前らそんな仲良くなってんだよ」
「ちょう仲良しですよ。男同士でハグできちゃうくらいに仲良しです」

実際はしていないけれど。
ちょっとヤキモチ妬いてくれないかな、とか無駄な期待をしつつ適当に返した。
まぁヤキモチなんて絶対妬かれないので輝くんの反応はさほど気にせず俺は自分の弁当をつつく。

「っ、痛っ、ぅ…」
「…薫?」
「いひゃ、…かんだ…」

リンチ時に殴られて切れた口内は、口内炎まみれでいまだに痛くてうまくご飯が食べられない。
おかげで咀嚼中に口内炎をさらに噛んでしまうことが増えた。
今もまたがっつり噛んでしまって、口内に鉄の味が広がる。
まずい。
これがうまいだなんてやっぱり輝くんはド変態中のド変態だ。好きだけど

「口開けろ」
「ふへ?」

痛みに唸っていると突然輝くんの手が顔に伸びてきて顎を掴まれる。
なに、と思った瞬間には目の前に輝くんのドアップ。
………………………は?

「っん!?」
「ん、うめ…」
「んぅーっ!?ん、むぅ、っん」

訳のわからないうちに口内にはぬるりとした何とも言えない感触と、俺のと違う温度の動き回る何かがあった。
え、は、嘘何これ。
俺今キスされてる?輝くんに?は?

「は、んぅ、んっ、ふぅ、う…っ」

クチクチという何ともエロくさい水音が口と口の隙間から漏れて、同時にくぐもった俺の声も漏れていく。
いやいやいや何これどういうこと。
暴れ回る輝くんの舌は、俺の口内を貪り尽くすように歯列から上顎、舌の下まであますことなく舐めていく。

「ぁ、き…っく、ん、ぅんっ、苦、くるしっ…は、ぁむ」

まともなキスさえしたことのない俺には深すぎるもので、いい加減苦しくなってきた。
離れて息を思い切り吸いたい。
けれど後頭部と腰をがっちり掴まれていて、俺の力じゃどうしようもない。
俺はとりあえずこの苦しさから解放されたくて輝くんの胸をどんどんと叩く。

「ん、…」
「は、っ、はぁ、はぁ、っは…」

叩いたことで伝わったのかやっと唇が離れた。
俺は半分酸欠のような状態になりながら必死に酸素を取り込む。
あぶねぇ…本当に窒息するんじゃないかと思ったぞ。
なかなか整わない息をそのままに、輝くんをチラリと見る。

「急、っに、…はぁ、はぁ…なに、するんです、か…」

肩を大きく上下させながら問いかける俺を輝くんは冷たく見下ろしている。
え、本当になんだ急にどうしたっていうんだ。

「血…」
「は…?」
「口ん中噛んだんだろ。血、出てっかと思って」
「…………」

ああ、確かにこの人途中「うめぇ」とか何とか零してた気がする。
おいマジか。
口内噛んだだけでこんな激しくベロチューされるとか嘘だろ。
俺はやっと整ってきた息を、ため息とともにまた吐き出してしまった。
勘弁してくれよ…
いや、こういう人なのはわかっていたけどもね。

「…だいたいてめーが…」
「はい?」

俺は本当になんでこんな人好きになってしまったんだとか思いながら頭を抱えていると輝くんが何か言った。
考え事してたせいか聞き取れず思わず聞き返してしまう。
輝くんは俺の血を貪るように堪能しなさったというのにそれはもう物凄い不機嫌顔をしていた。え、なんでだ。

「輝くん?」
「…なんでも無い」
「…はぁ…」

そう言って輝くんはそっぽを向いて昼食をまた食べ始めた。
一体なんだって言うんだ。
俺も首を傾げてつつ、途中だった弁当をまたちまちまとつつくことにした。
血目的だったとはいえ、輝くんとキス出来てしまったことに喜んでしまっている俺がいることは隠しようのない事実で、そのことに俺はまた深いため息を吐くことになった。





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