いや、まじでこれはまずった…

「ぅっ、…ぐ!」

ガツン、と腹に一発蹴りが入る。
鳩尾ではないにしろ痛いものは痛い。一瞬息が止まる。
膝の力が抜けて、がくりと倒れそうになれば髪の毛を鷲掴まれて無理矢理立たされる。

「は…、ぁ、…」
「ほらー、早く金出せってー」
「だ、から…な…いって…」
「あー何もう一発欲しいってー?しょうがねぇなぁじゃぁ今度は特別に顔にやるよー」
「ぎゃははははっ!何それお前チョーきちくー」
「はいじゃぁいきまーす」

ご、と鈍い音がして左ほほに拳が入った。
そのまま掴まれていた髪も放されて、俺は床に叩きつけられるように倒れた。
うそでしょー…
あちこち痛すぎてもうどこが痛いのかも分からなくて、むしろ痛いっていうより熱い感じになってきてるのはコレ本当にマズイんじゃないだろうか。

「おーい、まだお金もらってないからさぁ、寝るのは早いんじゃないかなーボクちゃーん」
「だ、って…ほんとに…無…」
「あー?もう何言ってっかわっかんねーよー」

そんな状態になるまで殴ったのあなた達でしょうが。
とは恐くて言えない。
でも確かに今の俺の声は掠れすぎて自分でも聞き取れるかきわどいものになってる。
腹に全く力が入らない。視界もぼやけてる。やばいこれ本当やばい。
ここは路地裏もいいところで本当に人が周りに全くいなくて、あたりに響くのは俺をボコボコと愉快に殴っている奴らの下卑た笑い声とかだけだ。
なんでこんな所でこんなことになっているかというと事は数時間前に遡る。

今日の放課後はなんと一人で下校していた。
輝くんが族の集まりに無理矢理連れて行かれたからだ。
輝くんはもともと集会とかにほとんど顔をださなかったらしいのだけど、俺と付き合うようになってから全く顔をださなくなって、今日放課後とうとう族の人達に連行されたとメールが入っていた。
じゃぁ久々に圭都とー、と思ったのだけれど圭都はバイトがあるといい、結局一人で帰ることになった。
で、だ。問題はここからだ。
最近俺は輝くんと下校していた。行動のほとんどを輝くんとともにしていた。
輝くんと一緒だと不良さん方に絡まれることがほとんど…いや全くない。
だから油断していた。
輝くんと関わるまではカモられることもしばしばあって、なるべく危なそうな道は通ったりしなかったのだけれど、最近の輝くんガードに慣れすぎてつい近道を…とか思った結果がこれだよ。
即効捕まってカツアゲリンチだよ。
しかも不運なことに俺今日財布を忘れて輝くんに昼休み借金までした身で、金など一銭も持ち合わせていなかった。
この不良連中も、俺をボコって即効鞄漁ってたからそれは分かってるはずなのに、たぶん腹いせに今俺はこうして相変わらずボコボコボコボコと殴られている。
さすがに骨とかが折れている感じはしないけれど、だいぶやばいのは分かる。
だって俺喧嘩慣れとかしてないし、スポーツとかだって体育でやるくらいしかしていない。
最近血を求める輝くんに殴られたり蹴られたり切られたりしているけど、輝くんはここまで殴らない。

「おいコイツ目ぇ虚ろになってきてねー?」
「えーでも俺らそこまで酷くやってねーだろー」
「ひ弱すぎんじゃねぇのどうせ童貞じゃん?」
「何それ関係ねー!」

ぎゃはははは。
いや童貞ですけど何か。
と心の中で返事をしながら意識は若干朦朧とし始めている。
そうか、コイツら的にはそんな酷くやってないつもりなのか。不良様と一般平凡男子を一緒にしないでほしい。
何かもうとりあえず早く終わりにしてほしい。
俺はもう結構血まみれで、まぁ鼻血とか口切れて出てる血とかで主に顔がだけれど。
血、といえばやっぱりあの人を思い出す。
今の俺の姿みたら輝くん興奮して爆発しちゃうんじゃないかな、これ。
あの人俺の血で勃起するとかめっちゃ怖いこと言ってたし確か。
鼻とか口から流れる血を自分でペロリと舐めてみて、鉄の味しかしないそれを、うまいといって舐めてる輝くんはやっぱり変態だなぁと思う。
俺のこと殴るし蹴るし切るし、あんなに変態なのに、今はどうしようもなく輝くんに会いたかった。

「あっれ、コイツちょっと泣いてね?」
「あー、そうだよねー、ボクちゃんには痛かったよねぇ」
「ママーってかんじ?」
「あはははははは!」

不良達の声を聞きながら、傷口から出る俺の赤い血を嬉しそうに口に含んで、一通り舐め終わった後はちゃんと手当をしてくれる輝くんを思い浮かべる。
やっぱどう考えても気持ち悪いよな、あの人。
でも、今、ママ…つーか母さんとか、親友の圭都とか、そういう人たちより輝くんがいい、って、輝くんに会いたいって思う。
無理だってわかってるのに、つ、と一筋目から溜まっていた涙が流れた。

「あ、きら…くん…」

掠れた声が喉から零れる。

「あ?今コイツなんか言った?」
「さー?知らね」
「だから、ママ―、でしょ?」
「だからもうそれいいって…」

「何してんだ、お前ら」

俺たち以外いなかったその空間に、聞きなれた声が響いた。
俺は閉じかけていた目をゆっくり開いて、声のした方を見た。
ああ、嘘、なにこれ、夢?

「ぁ、き…く…?」
「薫…?」

そこに居たのは会いたい会いたいと思っていた人物で、俺は信じられない思い出その人の名前を呼んだ。
するとそれに気づいたらしい輝くんの視線がゆっくり俺をとらえて、徐々に目が見開かれていく。

「ア、アキラさん!」
「どうしたんすか!いっつも集会とか来ねーのに!」

不良達は顔を輝かせて輝くんの方へと歩み寄る。
その間も、倒れた俺と輝くんの視線は絡んだまま。
そっか、輝くんの族の集会がこの辺であって、アイツらはその仲間とかなのか。
輝くんがここに現れたのが夢なんじゃないかとさえ思った俺は納得した。
ああでもそんな事実はどうでもいい。
会いたいって思った時に会えるってこんな嬉しいものなのか。相手、変態だけど。

「アキラさん?」
「どうしたんすか…黙っ」

ガ、と鈍い音とともに、さっきまで俺を殴っていた不良の一人が倒れた。

「アキラさん!?」
「何をっ…」
「お前ら、アイツに何したの」
「えっ…」

凄く低くて、冷たい声だった。
それは俺が聞いたことのない、輝くんの声だった。

「あの…っ」
「もういい、とりあえず全員しね」
「待っ…!」

ガ、ドカ、ガスッ、という音が連続した後、あたりは静かになった。
俺を殴っていた不良達を全員輝くんが沈めた。一瞬のうちに。さすがだ…
前に妹に読まされた携帯小説の平凡主人公…ただし女子、は自分のために総長様が不良共をボコボコにするのを「もうやめて!」とか言いながら止めていたけれど、俺はそんなこと一切思わない。
ざまぁ、もしくはもっとやれってくらいだ。
だって俺こんなにズタボロにされたし。

「薫…っ!」

輝くんは焦ったような声をあげて俺のもとに駆け寄ってきた。
倒れたままの俺の傍に膝をついて、ありえないくらい優しく抱き起される。

「あきらくん…」
「薫、お前っ、こんなとこで何してんだ!」
「あー…カモられてた…?」

ニヘ、と笑ってそういうと輝くんは顔をものすごい不機嫌に歪めた。

「馬鹿かてめー。お前みたいなのがこの辺うろついてたらカモられんに決まってんだろ」
「うん、ですよね…。ちょっと、最近、輝くんといすぎて…気ぃ抜けてたんです…」

馬鹿とか言われてんのに、輝くんの声がどこまでも心配そうで、俺はニヤける顔を止められない。
心配してくれてるのか。ちょっと嬉しいな。たぶん血の方をだろうけども。

「馬鹿じゃねぇの…他人に血流させてんじゃねぇよ。ころすぞ」
「すみません…舐めてもいいので許してください」
「ったりめーだろ、もったいねぇ」
「本当変態ですね…ん、」

言いながら輝くんは俺の顔に舌を這わせ始めた。
まだ出たばっかりで乾いていない、ドロっとした血をベロ、と舐めとる。
いつもより多く流れるその血を輝くんはゆっくり舐めとっていく。
くすぐったい。
俺はくすぐったさに、輝くんの服を掴んで耐えようと手を伸ばした。
あまり力の入らない手で輝くんの来ているワイシャツをぎゅ、と掴む。

「ふ、くすぐっ…たいです…」
「ばか耐えろ」
「ふぁ、…ん、だって…あははっ」

顔にある血全部舐める気だなこの人。
くすぐったさに身を捩ると輝くんが逃がさないとでもいうようにぐ、と俺を抱き込んだ。ちょっとそこ痛いです。
でも今俺の鼻腔を埋めるのは嗅ぎ慣れてしまった輝くんの匂いで、さっきまであんなに会いたいと思っていた人のもので、俺は満たされた気持ちになった。
今俺の顔中ベロベロ舐めてる変態なのに、会えて嬉しいとか、俺本当にどんどんよくない方向に毒されてるな、と思ってため息が出そうになる。
けれどさっきまで殴られて蹴られて、めっちゃ恐くて、もうだめとかちょっと思ってたのに、今こんなに安心している自分がいるのは確かだ。
俺は服を掴んでいた手を出来る限り持ち上げて、輝くんの首に腕を回した。

「ん、…薫?」
「こわかったです…」
「あ?」
「こわかったんです、俺…」

今更震えてきた。
俺は輝くんの肩口に顔をうずめた。
輝くんは俺の血が好きなわけで、俺のことは好きじゃないのはわかっているから、こんなことされたらキモイかもしれないけど、今だけは許してほしい。
だって、自分でも驚くくらい、ガタガタと震えてきてしまっている。

「輝くんが…来てくれて嬉しかったです…もう、だめかと思いました」
「…馬鹿か、あんなんでダメんなるわけないだろ」
「はい…でも、こわかったです…輝くんに、会いたかったです」
「……」

あれだけ殴られてても出なかった涙が、ポロポロと零れはじめた。
ワイシャツ濡らしちゃいますすみません、と思いながら、輝くんの肩にぐりぐりと思いきり顔を押し付けた。
輝くんは一瞬ビクリと肩を跳ねさせた後、なだめるように俺の背中を撫でてくれた。

「お前のこと、送ってから集会行きゃよかったな…」
「何ですかそれ。俺女の子じゃないんでそういうのいらないです」
「そう思ってたけどさ。こんな震えてんじゃん」
「武者震いです…」
「馬鹿だろお前」

しかも可愛くねー、と言いながら、ぽんぽん、と優しく撫でるその手が温かすぎて俺は余計に泣けてきた。
変態のくせに。
本当は、アイツらがやってくれた以上に、俺のことボコボコの血まみれにしたいと思っているくせに。その優しさはなんだ。
俺は回していた腕に精一杯力を込めてぎゅう、と音がしそうなほど抱きついてやった。





会いたいと思いました



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