「食わねぇの?」
「いえ…食べます…」

昼に迎えに行くという宣言通り先輩は4時間目の終了とともに教室に現れ俺を再び屋上に連行してくれた。
そして現在、俺は今朝母さんが作ってくれた弁当も喉を通らないほど恐怖に苛まれているのに、先輩はもくもくと自分の昼食を食べている。
何が恐怖ってあなた…

「先輩…」
「あ?」
「失礼を承知で…ひとつ聞いていいですか…」
「なんだよ?」
「あの…何で先輩の食べ物は全部赤いんですか…」
「は?」

滝本先輩が美味しそうにモグモグと食されているのが全て赤い食物だということだ。
コンビニのスパゲッティミートソースに、焼きそばパンの要領でナポリタンが挟まっているパンとピザパン、さらに明太子オニギリと梅干オニギリ、あげくそのままのトマト二個にリンゴ一個。
極めつけはトマトジュースだ。
いや、っていうか、え?
トマト接種しすぎじゃない?おかしくない?

「何でって…やっぱ血っつったら赤じゃん。これ全部俺の好物」
「そうですか…」

ダメだこの人きっと宇宙から来たんだぜ…
血といえば赤だから赤い食べ物が好きとか何このキチガイ。恐くて言えないけど。
そう言われるとゴクゴクと美味しそうに飲んでいるトマトジュースが血に見えてきて俺は一層食欲を失くす。
しかしこれ以上自分の弁当に手を付けないで硬直していても何かいちゃもんつけられて最終的に血を見せろとか言って殴られる気がする。
俺は渋々弁当の蓋を開けた。
赤い食べ物が入っていないことが救いだと思った。

「ん、お前手作り弁当なの?」
「え…あ、はい…母親の…」
「へぇ、いいね。うまそー」

赤みが足んねぇけどな、と言って滝本先輩はニカ、と笑った。
ちなみにこの人は壮絶な美形である。
ブリーチで抜きあげた金髪がとても似合うほどに、綺麗な顔をしている。
だから、いくら男でおっかない人とはいえど、そんな風にふいに微笑まれたらちょっとはドキっとする。言っていることは不穏だが。
男にドキッとかありえねぇよと思うかもしれないが、この人はそれが許される人だ。
この容姿だからこそ、総長とかいう恐い人なのに女子の人気はすこぶるものだし、噂では憧れが崇拝レベルに達している舎弟もいるって話だ。

「俺も手作り弁当とか食ってみてー」
「…え、つ、作れませんよ…?」
「は?」
「あ、い、え…あの…一応恋人らしいから…その…」

おもむろに呟かれた先輩の言葉に思わずビクビクと返事をすると、きょとんとした顔とともに首を傾げられた。
血目的とはいえ、一応恋人とかいうことになっている俺の前で手作り弁当食べたいとか、俺に作れということだと思ったのだけれど違ったようだ。
俺は慌てて弁解をした。
そうだよな、この人俺が好きなわけじゃないから俺に手作り弁当とか求めているわけがない。
むしろ俺が手作り弁当なんて作ってきた日には「きめぇ」とか言われて殴られそうだ。っていうか俺自身俺の手作り弁当とか気持ち悪い。俺のバカ

「ぶはっ!そっか、恋人だもんな、俺ら。でもヤローの作った弁当はいらねー」
「で、ですよね…」
「でもお前可愛いとこあんじゃねーか。ちょっと気に入った」

そう言ってガシガシと頭を撫でられた。すごい笑顔付きで。
うわぁなんだこれ天然タラシ。
てっきり何考えてんだ気色悪いとか言われて最悪殴られる覚悟までしたのに。
俺はぐしゃぐしゃにされる髪の毛をそのままに、滝本先輩に対する恐怖が少しひいていくのを感じていた。

「あー、飯食ったら眠くなってきた」
「え?」
「お前さ、弁当作りはいらねぇから、膝枕してよ」

な?と言いながら先輩は突然、体育座りをしていた俺の足を掴んで伸ばし、俺の返事を聞く間もなく俺の太腿に頭を預けて仰向けに寝転がった。
なにこれなにこれなにこれ!?
俺は恐怖とは別の意味でガタガタ震えた。
やだばか恥ずかしいぞこれ!

「あああああの!?」
「かってー…でもこれはこれでアリだな」
「せ、先輩…っ」
「こういうのも恋人っぽくね?」
「っ…」

俺の太腿に頭を預けたそのまま、俺を見上げながらまたニコリと笑う先輩に俺は言葉を詰まらせた。
俺、まだ弁当食べてるし、恥ずかしいし、どいて欲しいのに。
おろおろとしていると、先輩がおもむろに俺の顔へと手を伸ばしてきた。
思わずビクリと震えて目をぎゅ、と閉じると頬にさらりとした感触。

「…っ、?」
「これ、今朝俺がつけたヤツ?」
「え?…あ、…はい」

朝、告白の真相を聞かされるとともに爪を立てられた。
少しだけ流れた血は今はもう固まりかけて、かさぶたになろうとしていた。
その小さな傷口を、先輩は愛おしそうにするすると撫で続ける。くすぐったいです

「やっぱお前いいわー…」
「あの…?」
「あんま傷つけすぎても、せんせーとかお前の親とかに色々言われんだろーけどさ…」
「は、い…」
「もっと、お前の血と…血に染まるお前が見てみてーなぁ」

そう言いながら俺の頬を撫でていた手はスルリと落ちて、先輩からは寝息が聞こえた。
俺は呼吸するのがやっとだった。
ダメだ、この人やっぱりダメ。めっちゃこわい…
血に染まった俺が見たいとか、寝オチ寸前に言う台詞じゃねーよそれどこの猟奇犯?
このままこの人と付き合ってたら俺どうなっちゃうわけ。
笑顔とか、ちょっとした優しさに絆されそうになったけど、この人はそう、俺の血が好きなんだから。
俺はカタカタと手が震えていることに気付いた。
でもきっと別れるだとか離れるだとかそういうことを勝手にしたら、本当に殺される気がする。
これ以上ないくらい血、流すことになる気がする。
もうきっと、この人が俺に飽きてくれるのを待つしか、この人から離れる方法なんてない。
だって俺じゃどう頑張ってもこの人に太刀打ち出来ないし、周り巻き込むのなんかもっとこわい。
当然親になんか相談できるはずもない。ある意味いじめ並の恐怖だよこれ。
俺は恐怖を抑え込むようにカタカタ震え続ける手をぎゅ、とにぎりしめた。




「薫…!!!」
「圭都…」

目を覚ました先輩に解放されふらふらと教室に戻ったのは放課後だった。
誰もいないだろうと思っていた教室には圭都が残っていた。
その顔は蒼白で、俺が教室に入った途端目からボロボロと大粒の涙を流した。

「だ、大丈夫か…!?どっか殴られたり切られたり、してない!?」
「だいじょうぶ…」

朝先輩に連行されて戻った時に頬から血を流していたのを見て圭都は真っ青になった。
だからか、今回も体中を確認するように撫でまわされた。
男に体中触られまくるとかいくら親友とはいえちょっと気持ち悪いのに、今はその圭都の心配が心地いい。

「ふっ、圭都のが真っ青じゃん」
「だ、だって朝は血流して戻ってくるし、昼は連れてかれたまま戻ってこないし、本気で心配したんだぞ!?」
「うん、ありがと…」

圭都は俺の肩をガシリと掴んで訴えてくる。
俺はそれに噴き出して、肩を掴む圭都の手に自分の手を乗せて離させた。

「本当に今回は平気。でも…」
「でも…?」
「俺やっぱやべーかも…。さっき、何もされなかったけど…血に染まったお前が見たいとか…なんか恐いこと言われたんだぜー」

俺はなるべく明るく言葉にした。
圭都は俺より恐がりだから、きっとこんなこと聞いたらまたガタガタ震えて真っ青になってしまうだろうから。

「だからさー、圭都も俺といると巻き添えくっちまうかもだし…もう一緒にいないほうがい」
「何言ってんだばか!!」
「っ!」

俺が全部言い終わる前に、圭都にぎゅ、と抱きつかれた。
あまりの勢いに思わず後ろによろめくがなんとか踏みとどまり圭都を受け止める。
その体はふるふると震えていた。

「け、圭都…?」
「俺ら親友だろ!?お前ひとりで危ないのとか、嫌だし…!」
「…っ」
「俺、めっちゃチキンだけど…いざとなったらちゃんと薫のこと連れて逃げるから、そんな、一緒にいないほうがいいとか言うなよ!」
「けいと…」

ぎゅうぎゅうと俺を抱きしめる腕は力が籠りすぎてて痛いのに、俺は嬉しくて、自分も圭都の背中に腕を回してぎゅ、と抱きしめ返した。
いつの間にか俺の目からもボロボロと涙が零れ落ちていた。

「守ってくれんじゃなくて連れて逃げるかよー、かっこ悪ぃなぁお前」
「うるせーな!俺はビビりなんだからそれが限界!」
「ははっ、でもさんきゅーね」
「っ、かおるー!」
「ばか、苦しーって」

放課後の教室で泣きながら抱き合う男二人とか気持ち悪すぎるけど、いまだけは許してほしいと思った。
俺は滝本先輩に脅かされるこれからの日々も、コイツがいてくれんなら乗り切れる気がした。
友達って、大事なんだな。





持つべきものは親友でした



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