10.5


好きな子が泣いていた。
男が動く理由なんて、そんなもんでいいんじゃないだろうか。
結末は、報われないにしても、だ。



「はー…」

とある廃倉庫の、立ち入り禁止看板の前に俺は座り込んで深くため息をついた。
ここからそう離れていない廃倉庫からは先ほどまで叫び声とかうめき声とか殴り蹴るの暴行音が聞こえてきていたけれど、静かになった。

「輝、うまくやったんかな…」

まぁ、あいつなら多少怪我とかはあっても絶対負ける訳はないんだろう。
中で暴れていたのは幼馴染。
恋人を助けに物凄い勢いで単身倉庫の中に飛び込んでいった。
カオリンは無事だっただろうか。
絶対やばい怪我してるだろうなぁ。ああ、俺も中に着いて行きたかった。

「…いや、邪魔になるだけだな」

俺の、好きな子は、幼馴染の恋人だった。
最初は面白い子だなぁ程度で、そのうち弟みたいに可愛くて、気づいたらあー好きだなーとか思うようになっていたのだけれど。
あの子が、輝を大好きなのを知っていた。
輝の恋人として紹介されて出会ったんだから好きだなって気づいた時点で失恋していたようなもの。
それでもわずかにあった付け入る隙を、つけなかったのがあの子が泣いていたから。
あいつが好きだと泣くあの子に、俺が出来ることで笑ってもらえる事があると気付いてしまったから。
それは俺にとって、とても虚しい結果になるとしても、あの子のためならと思うと勝手に身体が動いた。
同時に、あの子のことを泣かせたあいつが許せなくて、一発殴ってやったけど。
好きなくせに、傷つけることばかり気にして引いてしまったあいつを、前に進ませたのは俺だ。
この恋の幕を引いたのは紛れもなく自分。
悲しくないわけじゃない。辛くないわけじゃない。
でもきっと、あの子は笑ってくれる。
それだけで、この俺の失恋の痛みなんてどうでもいいことのように感じられる。
出会うのも気づくのも遅すぎた、最初から諦めたような恋だったのだから、せめて好きな子の笑顔の役に立てたというのなら万歳ってなものだ。
お姫様を幸せにするのは王子様だと相場が決まっている。俺は、王子様にやいのやいの言ってハッピーエンドを見守る王子の友人王子Aってとこか。
なんか時々いるじゃん。そういう端役の王子。うん。

「よし!幸せになってね、カオリン!」

倉庫に向かって、そう叫び立ち上がった。
失恋はしたし、とんだピエロ役をしてしまったけれど、不思議と爽やかな気分だ。
ネチネチ引きずる男は格好よくないしね!

「…ん?」

中は解決した様子だし、早々にここを離れようと一歩踏み出そうとしたら、前方から変な奴が走ってきた。
頭にヘルメットをかぶってモップみたいなものを握りしめ、俺と同じ学校の制服を着た小さいいきもの。
ばたばたと一直線にこちらにむかって走ってきたそのいきものは、俺の姿を認めると、ビク、と体を揺らして一瞬立ち止まるも、すぐに再び走りだし、立ち入り禁止看板を通り抜けようとした。

「ちょーっと待った」
「っひ!」

おそらくラブラブ取り込み真っ最中であろう幼馴染とその恋人の邪魔をさせるわけにはいかないので、通り過ぎようとしたそいつの腕をがしっと掴んで捕まえた。
その反動で持っていたモップをかしゃんと落してしまい、恐る恐るといった様子で俺の方を向いたいきもの。
あれ、こいつ…

「君、カオリンと一緒にいた子ー?」
「っは、は、はいいっ」

俺の問いかけに、顔を青くしながらも答えるいきもの。
掴んだ腕から伝わる、可哀想なほど震えている体に今にもチビるんじゃねぇかってほど脅えた表情。
こんな状態で何しに来たんだこんなとこに。

「君みたいな子がそんなヘルメットとモップ?なんか持って、こんなとこに何しに来たの?ここがどういうところか、わかってんだろ?」
「あ、あの、ああああのっ…」
「ん?」

いきものはぶるぶる震えながら、でも俺の問いかけにギ、と表情を固めた。

「と、ともだちっ…かお、か、薫っがっ、いっぱい、のっふ、ふりょっ不良に、こここ此処に、連れてかれたの、み、みみ見たって、き聞いてっ…」
「うん?」
「たす、助けな、助けなきゃって、だ、って…お、おおお俺っ…っ」

尋常じゃなくどもりながらいきものは訴えた。
どうやら、カオリンが連れて行かれるところを目撃した誰かに聞いてこんなところまで来てしまったらしい。
相変わらずぶるぶると震えて心底脅えた表情をしていたけれど、その瞳からは強い意志が感じられた。

「あの、は、はなっ、は…っはな放してくださいっ…!お、俺薫を、助けに…っ」
「君なんか言っても助ける前に瞬殺されると思うけど…」
「分かってますよ…!」

じわり、いきものの瞳に涙の膜がはった。
そして俺が掴んでいる腕を引きはがそうと自分の腕を無理矢理引き始めた。

「倒そうなんて、おも、思ってません…!でも、でも何とか逃げる、ことくらい、にが、逃がすことくらいっ…!」

いきものはぼろぼろと涙を零しながら、叫ぶように訴えた。
無理に引いて放そうとしているから、腕が赤くなり始めてる。結構痛いだろう。
それでもいきものはぐいぐい引いて、俺の手から抜け出そうと必死だ。
俺は腕をつかみ直して、ぐ、といきものを自分の方に抱き寄せて腕の中に閉じ込めた。

「っ!?な、ななっ何っ…は、はなっ…」
「大丈夫、カオリンのことは、輝が助けに行った。多分もう収拾着いたよ」
「え…」

俺の腕の中に捕まってばたばた暴れていたいきものは、俺の言葉に大人しくなって、きょとりとした表情で俺を見上げた。

「輝は強いから、いっぱいの不良でもちゃんと倒してくれたと思うから、大丈夫。君が行かなくても大丈夫」
「ほ、ほんと…?ほんと…!?」
「うん。今多分、二人で話し合い?かなんかしてんじゃない?輝とカオリンごたついてたからね。でもそのうち出てくるよ」

出来る限りの優しい声で、ニコリと笑いかけながら言ってあげると、いきものの体から力が抜けて、ふにゃりと崩れた。
おっと、と言いながらいきものの体を支えて思わず抱き上げる。軽!

「よ、か…っ」
「ん?」
「よか、った…」

抱き上げたいきものの顔を覗き込むと、ぼろぼろと泣いていた。
先ほどの必死な様子ではなくて、心から安堵した表情で。
いきものは小さな手でぼろぼろ零れる涙をぐしぐしと拭いながらしきりによかったよかったと呟いていた。
俺は片手でなんとかいきものが被っているヘルメットを外して、前髪を掻き上げた。
うっわ、すっごい汗かいてたんだ。

「ここまでずっと走ってきたの?」
「ぅ、は、はいっ…」
「そっか。偉かったね」

俺はよしよし、と頭を撫でた。
するといきものはずっとぐしぐし目をこすりながら泣いていたのをピタ、と止め、途端に見る見る青くなった。

「すすすすすすすっ、すすみませっ…!俺、こんっ、こんな…っ!おり、おおおり、すぐおりますっ…!」
「え、ちょっ、暴れないでっ…ちょっ…と!」
「ひぅっ…!」

突如真っ青になって狼狽えだしたいきものは、俺の腕から降りようとばたばたと暴れ始めた。
いきなり暴れられて思わずバランスを崩しかけた俺は抱き上げたままの状態でいきものをぎゅっと抱きしめた。細!

「大丈夫、恐がらないで。俺、そんなこわくないから」
「は…ぅ、そ…っ、で、ででもっ…」
「カオリンの友達に、酷い事したりしないから。ね。落ち着いて」

宥めるように言い聞かせ、頭を撫でると、強張っていた体からふぅっと力が抜けていくのが分かった。
何か可愛いなこれ。

「輝達出てきたら気まずいことになるだろうから、ちょっと移動しようか」
「…え…?」
「名前教えてくれる?俺は小磯恭平。知ってるかな?」
「し、知って、知ってま…す。お、おれ、俺、っは…室、町…圭都…」
「けーと?」

俺が名前を繰り返すとこくこくと頷いた。
その表情にはまだ脅えと、俺に対する警戒の色が抜けていないけど、先ほどまでの青ざめるほどのものはなくなっていた。
まだ涙跡の残るほほにするりと触れるとビクリと体を跳ねさせた圭都。
うん、可愛い。

「あ、あの…?」
「ん?」
「い、移動し、しようかって、あの…?」
「ああ、落ち着いてどっかで一緒にご飯しよう。共通の知り合いがいる者同士ね。きっと話も弾むよ」
「え!?」

俺はニコリと圭都に笑いかけて、抱き上げたそのまま歩き出した。
俺の言葉の真意が分からないのであろう圭都はオロオロと困惑しつつも、落されないようにか俺の制服をぎゅ、と掴んでいる。
あーやばいなめっちゃ可愛い。
どうしよう、俺さっきまでカオリンに失恋して心痛めてたはずなのに、もうそんなの空のかなたに飛んでったみたいだ。
惚れっぽいってわけではないはずなんだけどな。
まぁでも、お姫様を幸せにするのが王子様と相場は決まっているように、王子様とお姫様の出会いはだいたい一目惚れっていうのもお決まりだ。







そして最後はハッピーエンド!



(けーと恋人いる?)
(?い、いないです…)
(そっか、よかった!輝より先に殺人犯になるわけにいかないもんな)
(!?!?!?(意味わかんないこわいこわい薫ぅうう助けてぇえええ))





END



圭都はバイト先の客が話してるの聞いちゃってバイトほっぽり出して来たですよ



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