「輝くん、リンゴ食べますか?」
「…おう」

あの保健室で色んな意味で襲われて以来、また今まで通りの関係に戻っている。
相変わらずお昼は一緒だし、俺を家まで送ってくれる。
ただ、心なしか血を求めてくる回数が減ったような気がしなくもない。
とはいえ、血を求められるのは変わらないので、あまり気にしないようにしている。

「今日、集会、またあっから、さっさと帰るぞ」
「あ、はい」

そして明らかに輝くんの集会参加率が上がっている。
その辺は何故なのか、不良事情はよくわからないけれど、とりあえず以前は放課後連れ回されることもしばしばだったのが、最近はそれも少なくなってきている。
もちろんこれらのことから、ある事に考えが及ばないほど、俺は馬鹿じゃない。

「あの、輝くん…」
「あ?」
「今日、血は…いいんですか?もう前に舐めてから三日以上経ってますけど」
「……いや、いい」

そう、これは、もしかしなくても、俺は飽きられ始めているのではないのだろうか。
そう思ってしまうと、輝くんと目が合うことも減った気がするし、会話も元々そんなにしなかったとはいえ、もっと減ってしまっている気がしてならない。
俺、何かしてしまったのだろうか。
やっぱり、あの保健室での出来事が原因なのだろうか。
輝くんは、「俺以外の奴に血を触らせるな」的なことを言っていた。
それは保健室での出来事以前から言われていたことで、俺がそれをあまりにも守れないから呆れた?
それとも、もう俺の血自体に飽きてしまったのだろうか。
ほら、好きなものだって、そう毎日食べたり飲んだりしていたら飽きるものだから。
まぁ本来血は食べたり飲んだり飽きたりするようなものではないはずなんだけれどね。
でも、以前は俺の弁当に赤いものが入ってたら勝手に取っていっていた輝くんが、見向きもしないでもそもそと自分のお昼を食べている姿を見ると、つきりと胸が痛んだ。
俺に、俺の血に、もう飽きてしまったのかもしれない。
そう思うともう、考えが止まらなくなって不安でたまらなくなってしまった。

「あの…」
「なんだ」
「今日の集会、きょんくん来ますか?」
「……来ると思うけど、何でだ」
「あ、の…ちょっと話したいことがあって…その、集会俺も一緒に行っていいですか?」
「………構わねぇけど」

圭都にこんな話をしたら、余計な心配をかけてしまいそうだ。
そうでなくたって、あの保健室で血まみれで放置された俺を見つけたのは圭都で、以来輝くんを今まで以上に警戒するようになってしまったのだから。
でも誰かに話したかった。
このまま捨てられたらどうしようって。
もう飽きたって、冷たい目を向けられて、名前も呼んでもらえなくなってしまったらどうしようって、不安でたまらない。
誰かに話してどうにかなる問題ではないけれど、言葉にすることで、少しでもこの不安で重苦しいこの気持ちが軽くなるような気がした。
そして、こんな話が出来るのは圭都以外ではきょんくんだけだ。
俺は、食欲がなくなってしまった胃袋に残りの弁当をかきこんで、放課後を待ち遠しく思った。

輝くんが、そんな俺を無表情に見下ろしていたのにも気づかないで。





「アキラさん!お疲れ様っすー」
「ちわっすアキラさん!」

放課後になり、輝くんについて集会の行われている場所にやってきた。
相変わらず重低音が響いてガラの悪い人達ばっかりだ。
ちょうこわい。
俺は思わず輝くんの背中に張り付いて制服の裾を握りしめた。

「薫?」
「あ、っと…、す、すみませ…」

それに気づいた輝くんが眼光鋭くこちらを見てきた。
俺は一瞬ビクリと肩を跳ねさせてから、握りしめていた裾をそっと離した。
なんだろう、一番最初の頃に感じていた不良こわい的な恐怖ではなくて、今は嫌われるかも捨てられるかもとか、そういう恐怖感があって、最近輝くんに強く出られない。
なんだこの乙女思考。我ながら気持ち悪いな。
まぁ今更なんだけど。

「あっれー!カオリンじゃーん!」
「きょんくん…っ」

ビクビクしながら輝くんの後ろを歩いていると正面から求めていた人の声が聞こえて思わず安堵してしまう。
俺は輝くんの後ろからそろそろと出てきょんくんに駆け寄った。

「どうしたのー?カオリンがここ着いてくるなんて酒で酔いつぶれて以来じゃん?」
「あの、きょんくん、相談っていうか…聞いてもらいたいことがあって」
「相談?俺に?」
「う、ん…」

きょんくんは小首を傾げながらもいいよ、とニッコリ笑って人気のない場所へと連れて行ってくれた。
そこはきょんくん専用の場所なのか、きょんくんが一声かけたらパラパラといた他の不良達は退散していった。
ジュースも手に持って、ちょっとボロくなったソファの上に座るよう促され、きょんくんも俺の隣に腰掛けた。

「で、話って何?」
「あの、まぁ、輝くんのことだけど…」
「まぁカオリンが俺に話あるってだけでだいたいアイツのことだろうなーとは思ってたから、うん。続けて?」
「はい…その、なんていうか最近輝くんが、おかしいっていうか」
「輝がおかしいのは今更だけど、どうおかしいの?」

きょんくんはさりげなく輝くんに対して酷いことを言いながらジュースに口をつけた。

「前より血を欲しがらなくなったし、元々少なかった会話も減ったし目も合いにくいし、何より…拘束されてる時間が減ったんです」
「拘束?」
「あ、卑猥な意味のじゃなくて、何ていうか、以前は放課後遊びに連れ回されたり色々してたんですが、それもほとんどなくなったんです」
「それっていつ以来?この前言ってた保健室で襲われてから?」
「…はい」

俺の返事にきょんくんは少し考え込むような動作をした後、ニコっと笑って俺をみた。
そしてその俺よりも大きな手を俺の頭にぽんと乗せてくしゃくしゃとかき混ぜた。

「大丈夫!気にすんなー」
「え?」
「本当に輝が、カオリンの血に飽きたっていうなら、そんな片鱗も見せずにとっくにポイだよ」

ニコニコわしゃわしゃしながらさらりと恐ろしいことを言うきょんくん。

「たぶん、輝の中でも色々変わってきてんじゃない?」
「変わってきてる?」
「うん。まぁそれは俺の口から言うべきではないと思うし、俺もあの変態の考えが全てわかるわけじゃないから適当なことは言えないけどねー」
「そう、ですか…」

俺は俯いて渡されたジュースをごくりと飲んだ。

「俺…」
「うん?」
「俺、こわいんです」
「こわい?」
「輝くんに、飽きられて捨てられてしまうのが」

俯いたままポツリポツリと抱いていた不安を口に出してみる。

「俺が輝くんを引き留めておけるのは、血だけだから、それが飽きられたらもう輝くんは俺を見てもくれない」
「…うん」
「最初は、飽きられるその日まで一緒に居られるならって思ってたけど、もう、輝くんの隣にいることを、俺は知っちゃったから」
「…」
「もし輝くんにもういらないとか、言われたら、どうなっちゃうんだろうとか、もう、わからなくて、こわいんだよ」

想像しただけで、凍りつきそうなほど悲しい。
分かりづらいけど、優しいところとか、一緒にいる楽しさとかを知ってしまったから。
あの人の隣に、いられなくなるのは辛い。
飽きただなんて言って捨てられるくらいなら、いっそ死ぬほど血を求められたほうがきっと俺は幸せだ。
気づいたら俺は、ポロポロと泣き出していて、ずびずびと汚く鼻水をすすっていた。

「泣かないで、カオリン」
「ふ、ぅえ…きょんく…」
「大丈夫大丈夫。きっと、カオリンの考えているような、悲しい結末はないよ」

頭を優しく引き寄せられて、俺はきょんくんに抱きしめられた。
その声は、とても優しくて、少し切なかった。
慰めるように背中を撫でるその手はとても心地よくて、俺は余計に泣けてしまった。

「薫!!」

びすびすと女々しくきょんくんの腕の中で泣いていると、なんだかものすごい怒気をはらんだ声が響いて思わず顔をあげた。
そこにはものすごく不機嫌に顔を歪めた輝くんの姿があった。
なんだどうした、と思っている間に輝くんはズカズカとこちらに歩いてきて、きょんくんに抱きしめられていた俺を物凄い力で引っ張った。

「痛っ…」
「来い!!」
「え、ちょっ…」

俺の腕をぐいぐいと引っ張る輝くんに戸惑いながら、きょんくんを振り返ると、きょんくんはニコニコといつものように笑って俺に手を振っていた。
一体なんだって言うんだ。
涙も鼻水も完全に引っ込んでしまった。
そのままぐいぐい引っ張られて俺は倉庫の裏みたいなところに連れて行かれた。

「あの、あきく…っ痛!」
「何度言ったら分かんだてめぇ」

掴まれていた腕に突然爪を立てられて、痛みにビクリと震えた。

「あ、の…」
「他人に、触らせてんじゃねぇってんだよ!」
「ぅっ…っつ!」

さらにぐ、と爪を押し込まれて血が滲み始める。
いや、え?
確かに触らせるなとは再三言われてきたけどそれって血のことだろ?
さっききょんくんと居た時は血なんて出ていなかったんだけど。
今だらだら出てきてるけどね?

「あき、く…意味わか…な…」

俺は痛みで自然と浮かんだ涙もそのままに輝くんを見上げた。
輝くんは俺と目が合った途端に、その目を大きく見開いた。
え、なんだどうしたんだ。

「っ…」
「輝くん…?」

俺が首を傾げるとバっと顔をそらされて、掴まれていた腕もするりと放された。
突然の行動の変化に俺は戸惑いながらおずおずと輝くんのシャツの裾を掴んだ。

「…だよ」
「え?」
「何なんだよ!」
「っ…!?」

バシ、と物凄い力で裾を掴んだ手を叩き落とされた。
あまりの痛さに叩き落された手を反対の手て抑えながら身をかがめてしまった。
ちょっとちょっと、さっき爪立てられた時より痛いんだけど、どんだけ全力で叩き落してくれたんだ。

「い、た…」
「っ…」

俺が呻くと、頭上で輝くんが息をのんだ音が聞こえ、何だと思って顔をあげた。
いまだに痛みで歪んだままの俺の顔を見て、輝くんが一瞬苦しそうに表情を歪めた。

「あきらく…」
「もういい」
「…え?」
「もう、お前、いいわ。飽きた」

もう一度手を伸ばそうとした俺を避けるように、輝くんは一歩後ろに下がった。
今、なんて、言った?

「お前の血も、お前自身も、もういいや、いらねぇ」
「あき…」
「もう近寄んな」

そう言いながら、輝くんは目を合わせることなく立ち去って行った。
俺は、何だか力が抜けて、膝からかくんと座り込んでしまった。
今、何を言われた?
飽きた?俺の、血に?
輝くんにとって、血しか価値のない俺が、その血さえもいらないと言われてしまった?
だんだんと言われた言葉の意味を理解して、気づいたら、壊れたみたいに涙が零れ落ちて地面を濡らしていた。

「…はは、きょんくんの嘘つきめー…めっちゃ悲しい結末じゃんかー…」

ははは、と目から次々零れ落ちる涙をそのままに、俺は乾いた笑いをこぼした。
いらないと言われてしまった。
もう近寄るなと言われてしまった。

「は、はは…は…、は…ぅ」

血にも、飽きたと言われてしまった。
ただひとつ、あの人の傍にいる方法を、失くしてしまった。
もう、傍にはいられないんだ。

「ひっ、ぅ…わ、ああぁあぁあああ、あぁああ」

ありえないくらいの大声を上げて、その場に泣き崩れた。
いつかこんな日が来ることは予想していたけれど、こんなに悲しいことだなんて思いもしなかった。
だいすきだったんだ、あの人が。





フラれてしまいました



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